第100話 メグリ・ホシガヤ(後編)
「……ちいっ!」
エルゼルが両手で槍を水平に掲げ、とっさに防御姿勢を取る。
これまでの攻防から見てそのメグリの一撃は、防がれること前提の、次の攻撃への流れの一環であると、エルゼルも観戦者も察する。
しかし槍が受けたのは、双節棍のチェーン部。
そこを支点に、チェーンから先の棍が、エルゼルの頭部へと振り下ろされる。
「くっ……! こういう武器かっ!」
エルゼルはとっさに首を傾け、棍による打撃を肩で受けた。
「つうっ……!」
右肩へダメージを負いながらもエルゼルは、すぐさま槍を横転させて、チェーンを絡め取る。
風車のように回った槍が、双節棍のチェーンを完全に巻き取って、それを無力化。
メグリは双節棍を放棄し、右踵のみのバックステップを数歩踏み、槍の間合いから手ぶらで逃れる。
「さっすが團長様! 肉を切らせて武器を断ったわね!」
「抜かせっ! 頭部への一撃……緩めただろうっ! 本来よけきれぬはずだった!」
「だってあんたの顔に傷つけたら、大勢のファンから恨まれちゃうものねぇ」
「その点貴様を刺しても……。恨みを買うのは古ギツネと弟子ですみそうだなっ!」
メグリの手加減が、エルゼルのプライドを深く傷つけた。
エルゼルは槍へ絡まっていた双節棍を振りほどいて床へ捨てると、メグリの利き腕である右肩を狙って、高速の投擲。
これまでの戦いからして、メグリが槍を難なく避けるのは、エルゼルも織り込み済み。
(……さあ、左方へ避けろっ! その隙を突いて、
しかしメグリはその読みに反し、槍を避けるそぶりを見せない。
「よっ……と!」
右腕を伸ばして、槍の穂先の付け根を掴み取るメグリ。
そのまま槍をバトントワリングのように回転させ、穂先をエルゼルへ向けて、投擲の姿勢を取った。
「くっ……!」
エルゼルはとっさに身を斜め下へ転がし、1メートルほど左手へ移動。
相手にさせたかった挙動を、自らするはめになった。
しかしメグリは投擲に移らず、石突で床をコンと突いたあと、槍を床へと放る。
そして、ニッと笑みを浮かべた。
「……勝負あったわね」
「なにっ……?」
メグリが腰で手を組み、エルゼルへ横顔を見せながら、右手へ2メートルほどゆっくりと移動。
エルゼルの視界では、メグリの背後から、扉を背にしたムコの姿が現れた。
「……はっ!?」
しゃがんだままの姿勢で、エルゼルが背後を見る。
先ほどまで自分が立っていた位置の、後方の壁際──。
そこには、ゴーレム役の女性兵がいた。
女性兵が重鎧をまとっているとはいえ、守るべき者の盾になったメグリと、保身のために守るべき者を危険に晒したエルゼル──。
その勝敗は、だれの目にも明らかだった。
エルゼルがよろよろと立ち上がり、ゴーレムを一瞥したのち、感情の抜けた顔でメグリを向く。
「……これは確かに、一團の
「組織の規律ってのもあるでしょうし、まぁしゃーないわね。じゃあ代わりにさ、この三つ編みちゃんの身柄、しばらくわたしが預かってもいいかしらん?」
「……勝手にしろ」
「さんきゅっ♪」
メグリが再びニッ……と笑い、恒例のウインク。
扉の前へ立つムコへと向き直り、その左肩へ優しく手をかける。
「つーことだから、しばらく厨房手伝ってくれる? もうしばらくここにいたい事情、あるんでしょ。三つ編みちゃん?」
それまで緊張と不安を入り混じらせていたムコの表情が、安堵の色を浮かべ、こくんと縦に一往復。
生みの親、育ての親、村民以外で、初めて出会った味方の存在に、熱い涙が湧く。
「わたし、三つ編みちゃんではなく……ムコです」
「あら? 立派なフルネームが、あるんじゃなかったっけ?」
「……っ!」
メグリが右目を伏せ、力を入れないウインクをしながら微笑。
ムコが両目を閉じ、左右の目端から涙を垂らし、鼻の頭を赤くしながら不器用に笑う。
「は……はいっ! わたしは……ムコ・ブランニューですっ!」
テラスで二人のやりとりを見ているアリスが、日傘を畳みながら、苦笑で溜め息をついた。
(……またメグリに、ファンが増えちゃったわね。妬けるわぁ。わたしが惚れたときも、きっとあの子のような
アリスがテラスを退席。
合わせるように、メグリもムコの肩を抱いて闘技場を出る。
エルゼルはその二人の背を見ながら、神妙な顔つきで思慮──。
(タヌキ女が先ほど言った、軍隊狸とやら……。そんな与太話は、信じぬが……。あのメグリ・ホシガヤという女は、それに近い存在なのかもしれぬな……)
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