第099話 メグリ・ホシガヤ(前編)
「武器が並べられているこの闘技場で……持ち替えに異存はあるまいっ! はあっ……はあっ……!」
エルゼルが立ち上がり、槍を正面に構える。
息を切らし、上半身を重そうにもたげるその姿は、生粋の武人でもあり、健気でもある。
その真摯な姿に、メグリももうしばらく勝負につきあうことにする。
「……いいわよ。ただし、こっちも武器を変えさせてもらうわ。この剣もう刃がボロボロで、ノコギリ状態なのよ」
メグリはもはや破断寸前の長剣を武器置き場へ立てかけ、唇へ人差し指を添えながら、新たな得物を物色。
エルゼルへ息を整える時間を与えるかのように、ゆっくりと見て回る。
「……モーニングスターが人気だったから、わたしもあやかろうかしら?」
──モーニングスター。
スティック、あるいはチェーンの先端に、無数のトゲを生やした鉄球を備えた、打撃と刺突を兼ねる中距離戦の武具。
それを隠し玉として用いたルシャ。
長いチェーンと組み合わせて独自の武器を作り上げたディーナ。
鉄球部を握りしめて打撃を繰り出したナホ。
床へ置き、鉄球部を踏ませてゴーレムを転倒させたカナン。
ユニークな使途を導き出した受験者が続いた、今回のゴーレム戦。
観戦者、ならびにエルゼルは、いよいよメグリがまっとうにモーニングスターを振るうのではないか……と、想像した。
「よいしょ……っと!」
メグリが左右の手で同時に、二つのモーニングスターを固定具から引き抜いた。
それらを壁際で、石壁に打ちつけるようにして同時に振る。
右手のモーニングスターの鉄球で、左手のモーニングスターのチェーンを破断。
左手のモーニングスターの鉄球で、右手のモーニングスターのチェーンを破断。
それが同時に行われ、左右の鉄球が揃って床へ落ちた。
メグリの剣技を盗もうと目を凝らしていたルシャが、瞳を細めて呆れる。
「師匠……。剣だよ、剣。剣握ってくれよ……」
メグリの手に残されたのは、モーニングスターの柄2本と、それに付随していたわずかなチェーンのみ。
メグリはそのチェーン同士を、指先でごりごりと繋ぎ合わせる。
鉄球を捨て、柄2本を短いチェーンで繋ぐという、周囲の予想の斜め上を行く武器が誕生した。
エルゼルが槍をやや上方へ構え直し、その武具への警戒を強める。
「初めて見る形状だが、即興の玩具……というわけでもなさそうだな」
「奇遇ね。わたしも初めて使うわ。
メグリは双節棍の一方の柄……あらため棍を握り、武器全体を縦軸に横軸にと、器用に高速で振り回しながら、エルゼルの槍の間合いへ入る。
エルゼルはメグリの右膝を狙い、両足を固定したまま腰から上の力だけで刺突。
踏み込んだ足で狙いを絞られるのを嫌っての、モーションの小さい一撃。
「……やっ!」
銃弾のような速度の突きでありながら、メグリは側面から棍を当てて反らす。
穂先を弾かれたエルゼルは、その勢いを丸々利用して槍を回転させ、石突でメグリの頭部を側面から叩きにいく。
即しゃがんで回避したメグリは、双節棍を水平に振ってエルゼルの膝を狙う。
「……ていっ!」
エルゼルは瞬時に垂直に跳躍し、それを回避。
滞空時や着地時の無防備なところを狙われないよう、双節棍を回避できるギリギリの高さの跳躍に留め、次の攻撃がくる前に着地を終えて、槍を防御気味に構える。
メグリも一旦双節棍の回転を止め、顔の前で水平に伸ばした。
「……やるぅ! 人間限定で言えば、いままで戦ってきた中で最強よ、あんた」
「フン……。お返しに褒め称えたいところだが、貴様は武人としてはもう、下り坂だろう。ピーク時の相手に認められなければ意味はない。それよりいま、人間限定と言ったが……。年齢的に前世代の蟲と、交戦経験ありか?」
「残念。前前前前世代よ。つまり52年前ね?」
ニマっと笑って、癖のウインクをするメグリ。
その返答としぐさがエルゼルの癇に障り、戦いを再開させた。
エルゼルが両奥歯を噛みしめた憤怒の表情で、刺突の連撃を始める。
「……茶化すなっ!」
「マジなのに……ほんと石頭ね。これでもやれるだけ、手の内明かしてんのよ?」
メグリは的確にエルゼルの連撃を弾き返し、隙を突いて棍で打突、または殴打。
エルゼルもそれを槍の柄できっちり受け、防御時の動作をそのまま次の攻撃の始動として、攻守を入れ替える。
元より殺し合いまでするつもりはない二人だが、互いが無傷でいられない熟練者であることも承知している。
必然、狙いは肩、肘、膝などの、骨が固く、かつ、破壊と同時に勝負が決する部位となる。
二人の間に、徐々に阿吽の呼吸のようなペースが生じ、攻防をより流麗に、スピーディーにと練り上げていく。
観戦者たちは息を飲み、目を凝らして二人の戦いを追う。
イクサとシャロムは、左右からルシャへ腕を組んでギュッと抱きつき、
ルシャの背後にいたエルゼル信者のキッカは、エルゼルのピンチとチャンスに目を白黒させ、半失神状態でルシャの両肩を掴み、その頭部へ顎を預けた。
ルシャはそれらを気にすることなく、メグリが剣を持たないことへの不満も捨て、一流の武人の攻防に、瞬きもせずに見入った。
「くっ……。ふっ……ふうぅ……」
息切れを起こしていたエルゼル。
槍を手元に戻した際、ほんのわずか、息を長めに吸いこむ。
メグリがその虚を突き、エルゼルの頭部へ双節棍を振り下ろした。
「……隙ありっ!」
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