第078話 ルシャ・ランドール(後編)
──ヒュッ……スタッ!
観戦テラスで小さく鳴った、風を切る音と、着地音。
中央のテラスにいたエルゼルが、ラネットたちがいるテラスへ跳躍で移動。
空いていたスペースへ、膝を曲げることなく静かに降り立つ。
エルゼルは無言でリムの右隣へ行くと、ルシャがいる闘技場へ声を飛ばした。
「……東のゴーレム! コアはどこへあろうとも、壊れていない限り機能しているものとする!」
「……は! ははっ!」
ゴーレム内の女性兵が、しばしの間を挟んで2度返事。
一方ルシャは、いまのエルゼルの言葉を受けて、腹部のコアを右手でちょんと一撫でしたのちに、ニヤける。
「……こいつを奪いにきてくれるってことか。へへっ、そうでなくっちゃな!」
テンションをいっそう上げるルシャ。
ゴーレムの体に一つ残る右膝のコアを破壊すべく、コンパクトな剣捌きを見せる。
左右2本の剣でコア一つを守るゴーレムだが、先ほどのエルゼルの明言によって、それがラストコアではないこととなり、完全な隠蔽は許されない。
ルシャの剣筋は、右膝のコアを中心に小さな弧を有しており、縦、横、斜め……加えて
いかに現役の戦姫團の兵とはいえ、重い鎧を着てそれを捌くのは容易ではない。
エルゼルはその攻防から一旦目を離し、ラネットとリムへ体を向けた。
「……きみたちは、リム・デックスの従者だな?」
「「は、はい……!」」
声を上ずらせながら、ラネットとリムが同時に返事。
リムは心の中で、返事のあとに「実は本人です、アハハ……」をつけ加えた。
エルゼルは手にしていた受験者たちの資料に目を落としながら、二人へ問う。
「いま、下でご活躍中の彼女だが……。あの動きと剣捌きにも関わらず、予備試験の武技の成績は丙となっている。これについて、心当たりはないか?」
((……きたっ!))
心中で同時におののく二人。
エルゼルの嫌疑は替え玉受験へは及んでいないものの、予備試験の結果と一次試験の内容に大きな隔たりがあれば、不審を抱くのも当然。
ラネットが小さく手を上げ、用意していた言い訳を口にし始める。
「あっ、そ……それはですね。予備試験当日は運悪く酷い下痢ピッピで、歌唱と武技の結果が散々だったみたいですよ。おなかに力を入れたら即決壊しそうだったって、リム言ってました。朝、宿で飲んだ牛乳が古かったようです」
ラネットとルシャがふざけて考案した、予備試験と一次試験の結果の差の言い訳。
あらかじめ用意されていたため、ラネットの口からすらすらと出てきて、エルゼルに違和感を与えなかった。
聞いたエルゼルが、眉をひそめながら苦笑する。
「フフッ……なるほど。だが、体調管理も試験の一環。『運悪く』ですませてはいけないな」
「あ、はい。本人に伝えておきます」
ラネットが恐縮しながら一礼。
そのわきで話を聞いていたリムが、二人に背を向けてうるうると涙を流す。
(本人聞いてますぅ……。ううぅ、下痢の裏設定が、とうとう公式設定にぃ……)
──ガギィン!
ゴーレムの双剣の隙間を縫い、縦一直線の斬撃でコアを切り裂くルシャ。
瞬間、ゴーレムが一歩踏み出し、ルシャの長剣目がけて双剣を振るう。
「ゴーレムは能動的に攻撃しない」のルールに反する、イレギュラーな動き。
女性兵はゴーレム付属のコアがすべて破壊されると、よどみなくそのイレギュラーな挙動へと移行した。
(……ゴーレムはラストコアを死守! コアはどこにあろうと生きていると、團長からお墨付きが出た! だが、受験者を傷つけることは……許されじ!)
ゴーレムがさらに一歩踏み込み、ルシャの肉体へ至らない剣筋で、ルシャが握る長剣を狙う。
(……ならば受験者の剣を弾く、ないし折る! そして、武器の持ち替えを阻止する! コアは通常、素手では壊せん。時間いっぱい奴の剣をコアへ向けさせないことが、ラストコアを守る唯一の
女性兵はヘルメットの内部で、顔中に汗の玉を浮かべながら必死の形相。
対するルシャは、ゴーレムの双剣を満面の笑みで弾き返す。
「うはっ、すげえ! 受けるたびに手がビリビリしやがる! さっすが現役戦姫團! 重い剣だぜ!」
ルシャは後方へ1メートルほど跳躍して間合いを取り、開始時に槍斧を手にした武器置き場を背にしながら、これまで左手に握っていた長剣を、両手に握り直した。
ゴーレムが重い足音を立てて間合いを詰め、右手の剣を体の外側から内側へ水平に振る。
ルシャの長剣だけを狙った、寸止めの振り。
受けたルシャの体が、反動で若干左に傾き、武器置き場から半歩遠のいた。
(……武器の持ち替えはさせんぞっ! いま握っている剣、ボロッボロに刃こぼれさせて、コアを破壊できんようにしてくれる!)
ゴーレムは次に、ルシャと武器置き場の間の空間に、右手の剣を縦に振り下ろす。
ルシャを武器置き場へ近づけないための牽制。
続いて左手の剣を体の外側から振り、もうひとつの武器置き場へ回り込めないように囲いこむ。
その振りを、体の外側へ弾き返すルシャ。
「……っらあ!」
ルシャは剣を受けた直後、両手で握る剣を右手のみに持ち直す。
そして一瞬身を屈め、よろよろと後ろ歩きで立ち上がり、さらに数歩下がった。
ゴーレムは左右の剣を下方に広げて構え、ルシャを部屋の隅へと誘導していく。
(さあ、もう時間だ! そろそろコアを外して、剣で叩き壊すつもりだろう。その剣を、弾き飛ばしてくれるっ! それで時間切れっ! コア全破壊……ならずだ! わたし……いや、陸軍戦姫團をおちょくったことを後悔しろっ!)
直後、女性兵の思惑どおり、ルシャが左手を後ろに回してベルトを外す。
空いたネジ穴にベルトを通していた固定具が、コアを下へ向けて床に落ちる。
ルシャはつま先でコアを蹴って上向かせ、破壊すべく右腕で剣を振り下ろす。
同時にゴーレムの左腕が、体の内側から外側へと、鋭く振りきれた。
「させるかぁあああっ!」
最後の最後、思わず女性兵が声を発する。
──ガキィ!
──バギャッ!
ルシャの長剣を、ゴーレムが勢いよく弾き飛ばした際の金属音。
……それに、コアの破砕音が続いた。
二人の中間の床の上では、ラストコアが粉々に砕け散っている。
コアを破壊したのは、ルシャが左手に握っている、モーニングスター。
その鉄球部。
ゴーレムのヘルメットの金網越しに、女性兵と目を合わせてニヤけるルシャ。
「へへっ……。楽しかったぜ!」
──ヴィイイイイイイイイッ!
制限時間終了を告げるホイッスルが鳴る。
女性兵は金網の奥で、目を最大限に丸くした。
(バ……バカなっ! あのモーニングスターはどこから湧いたっ!? 武器の持ち替えはさせなかった! いったい……どこから!?)
女性兵は、そばの武器置き場へと目を向ける。
(弓が2、モーニングスターが1、槍斧が1……。槍斧は奴が初めに選び、長剣に持ち替えた際に、長剣のそばに置いた。モーニングスターは……)
そこで女性兵は思いだす。
ルシャが入室してすぐ、モーニングスターをぶらぶら持ち歩いていたことに。
(あのとき奴は……。モーニングスターを床に置いて、槍斧を最初の武器に選んだ。モーニングスターはそのまま床に…………ああっ!)
女性兵の疑問が、解氷に至った。
(さっき奴がかがみ、剣を右手へ持ち替えた際に、左手でモーニングスターを拾い、背中でベルトに差し、隠したか! どうりであのとき、奴の動きが鈍った! 思えば奴は、開始時からずっと左手で剣を握っていた……)
ルシャが使用した武器を所定の位置へ戻すのをよそに、女性兵は記憶をたどり続ける。
(剣を右手に持ち替えたのは……撒き餌! わたしにわざと剣を弾き飛ばさせ、安堵……油断を誘った! そして、利き腕でゆうゆうとモーニングスターを振るい、コアを……破壊した!)
すべてを悟った女性兵の前に、片づけを終えたルシャが直立し、一礼。
「……ありがとうございましたっ!」
念願の、現役戦姫團との打ち合い──。
変則ながらもそれをやり遂げたルシャは、爽やかな笑みを浮かべていた。
それまで釈然としていなかった女性兵も、ルシャの笑顔を受けて、息を大きく吐いたのちに微笑。
おちょくられていたという認識を、彼女は彼女なりに戦いに真摯だった……と、あらためた。
観戦テラスでは、ラネットとリムが再び恋人繋ぎをし、顔の端々にわずかに緊張を残しつつも、笑顔でルシャを見つめている。
テラスへ顔を挙げたルシャは、リムへ向けて親指を立て、それを横へ反らす。
「……部屋まで来い。衣装交換すっぞ!」の合図。
それを正しく読み取ったリムは、急いで自室へ戻ろうとする。
「あ、あの……。わた……オレ、リムのケアに行ってくっから!」
慌ててルシャのまねをし、反転してテラスを去るリム。
エルゼルはそれに特に口を挟むことなく、跳躍で中央のテラスへと戻った。
(リム・デックス……。面白い受験者ではあるが、敵で遊ぶのは大きく減点だな。だが最後の機転は、われわれの欲する資質……。プラマイゼロで、コア全破壊のみの得点としておくか。フフッ……)
隣りの闘技場では、サーベル両手持ちの受験者が、腹部のコアを残していた。
ゴーレムが部屋の隅で四つん這いになり、徹底してコアを守る姿勢を取っている。
その受験者は、「コア以外への執拗な攻撃」による失格を恐れ、なすすべなく立ち尽くしていた。
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