第079話 ステラ・サテラ(前編)

 ──チームとんこつの自室。


 化粧台に座るルシャのメイク落としを、ウィッグを外したリムが進める。

 同じ髪型、同じ顔の少女が、顔をつきあわせているものの、メイク落としが進むにつれて、徐々に違う顔へとなっていく。

 カラーコンタクトレンズを外し、眉毛の着色を取り、瞳周りの塗りを落とす。

 落ち着いて手を動かすリムに反し、ルシャは踵を上げ下げして落ち着かない様子。


「……にしてもゴーレムのコア、最後の一つで防御に徹するってマジかぁ。それはそれで見たかったな。ほかの奴ら、どう対処するんだか」


「少なくともルシャさんと同じ手を使う人は、もう出ないと思います。アハハ……」


「ラスト二つを連撃で破壊か、同時破壊か……。いずれにせよ、背中のコアを最後に残しちゃダメってことか。面白い試験考えるモンだなぁ」


 「ルシャさんはそれを上回る面白さでしたけど」という言葉を飲みこみ、粛々とメイク落としを続けるリム。

 ルシャは両手の人差し指を立てて、それを宙で動かしながらゴーレム戦の動きをシミュレート。

 観戦したさから、その指の動きが徐々に速くなる。


「……おいリム、早く化粧取れよ。ゴーレムの試験終わっちまうぜ」


「ルシャさん二組目でしたから、まだまだたくさん観戦できますよ。だからそんなに焦らないでください。メイク落としはていねいにしないと、お肌傷めますから」


「……ああっ、もういい! 濡らしたタオルでごしごしすっから! オレぁ肌傷めてばっかの人生だし、ていねいじゃなくていいよ! いつまでもこんな顔、してられるかっつーの!」


「こんな顔で悪かったですね!」


「あああ……わりぃ! リムの顔がどうこうじゃなくて、この厚化粧がだな……」


「……わたし厚化粧じゃありませんっ! セリさんの試合見たいのわかりますけど、少し落ち着いてくださいっ!」


「はあぁ!? だれがエロ眼鏡見たいって言ったよ! オレぁいろんな奴の戦いぶりを見ておきたいだけだっつーの! あーわかったわかった! おまえの好きなように、腰を据えてやってくれ!」


 ルシャが不機嫌そうに腕を組み、瞳を閉じてどっしりと座る。


(フフッ……。セリさんの名前を出せば、こうなると思いました)


 ほどなくメイク落としが終わり、二人は衣類を交換。

 ルシャは自毛のウィッグを着け、メイド服を身に纏い、従者の姿に戻る。


「……じゃあな、リム。あんがとよ! なんか、試合終わった奴は部屋で待機らしいから、ここでおとなしく待ってな!」


「わかりました~! いってらっしゃ~い!」


 受験者から従者へ戻ったルシャが、部屋を飛び出す。

 衣装を交換し、体操服姿になっていたリムが、手を振ってルシャを見送る。

 ルシャが部屋を出て数秒後、リムははたと気づく。


(……わたしが体操服これを着る理由、なかったですね)


 体操服から私物のワンピースへ、リムがもぞもぞと更衣。

 そして退屈しのぎに、間近で見たエルゼルの全身像を、バインダーのメモ用紙へ描き始めた。


(さすが熱狂的なファンを持つ麗人。間近で見ても粗がまったく見当たらない、完璧な容貌でした。でも中性的な魅力という点では、個人的にはラネットさんのほうが好み……ですかね。アハハ……)


 リムは一人照れながら、エルゼルの全身像をラフに描き上げる。

 そしてその隣に、ハーフパンツ姿のラネットの姿を、さっと描き添えた。


 ──従者用の観戦テラス。


 ルシャはリムから教えられた順路をたどり、試験の疲れが残る脚で、テラスへと駆けこんだ。

 傍目には、一旦テラスを離れたルシャが、また戻ったようにしか見えない。

 ルシャはラネットの右隣へ行き、同じくリムから教えられたとおり、小声で話しかける。


「……おいラネット! もう終わったか!?」


「終わったって……だれが?」


「ぐっ……!?」


 自分で話を振っておきながら、返答に詰まるルシャ。

 その様子を見てラネットは、ルシャのお目当てが昨日キスをしていた相手……セリだとすぐに察した。


「んー……。だれかはわかんないけど、眼鏡かけてる人はまだ見てないなぁ。あと、青い長髪の人も、まだ見てないかなぁ。だれかはわからないけど」


「う……うっせえな! ターンだかテーンだかって女追ってきたおまえに、からかわれたかぁねーんだよ!」


「……なんかもう、わざと間違ってるよね? それよりもっと静かに……。従者は大声出しちゃいけない決まりだから、せっかく自分でもぎ取った得点、失格でゼロになっちゃうよ?」


「むぅ……」


 ルシャは口をへの字に曲げ、それ以上の言葉を飲み下し、赤い顔を眼下へ向ける。

 いままで自分が戦っていたフィールドを上から見るのは、少し不思議な感覚。

 そして、受験者の中で唯一それができる自分に、軽く優越感を抱いた。

 ゴーレムとの戦いで熱を持っていたルシャの体に、テラスのそよ風が心地いい。

 ほどなく二つの闘技場へ、新たな受験者が入る。

 ラネットたち東テラスの下の闘技場には、予備試験首位通過者にして、新たにメグリに弟子入りしたステラが、普段の黒いドレス姿で入場。

 ステラは武器置き場から、迷いなく長剣を右手に握る。


「……………………」


 ゴーレムの正面へ静かに歩み寄り、無言で一礼。

 ゴーレム内の女性兵は、ヘルメットの金網越しに、ステラを睨みつける。


(こいつが、ステラ・サテラ……。登城時と学問試験時に、エルゼル團長を愚弄したという……。こいつには、コアを一つもくれてや……)


 「やるものか!」……と、女性兵は気炎を上げる

 その時点で既に、ステラはゴーレムのすぐ正面へ移動していた。


(は……? い、いつの……)


 「いつの間に……」と、女性兵が内心で驚き終わる前に、ゴーレムの両腕は上方へ薙ぎ払われていた。

 ステラが下方から曲線を描いて、長剣を一閃。

 半月状の白い光が、一瞬宙に生じた。

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