第080話 ステラ・サテラ(後編)

 ──ガキイイイィン!


 ステラの剣跡を、鈍い金属音が追う。

 観戦中の従者、試験官、エルゼル、アリス、そしてゴーレム内の女性兵──。

 そのすべてが、音より先にステラが動いていたような錯覚に陥った。

 唯一、メグリだけがかろうじて、ステラの動きと音を同調させて認識。


(ははっ……やるやるぅ! やっぱりあの子にも、があるようね! わたしと同郷じゃなさそうだけど……どういうからくりかしらね)


 ステラはゴーレムの剣を上方へ振り払ったあと、垂直に跳躍。

 小柄なステラと、大柄な女性兵の目線が合う。

 女性兵がヘルメットの金網越しに見たステラは、宙をゆるりと浮遊しているかのように、滞空時間が長めに思えた。

 ジャンプの頂点で、ステラの黒いドレスのスカートが、ふわっと花開く。

 それが合図かのように、ステラが長剣を水平に振った。


 ──ガッガッガギッガッガギッ!


 コアが壊れる際の、厚いガラスの断裂音。

 それが響きを重ねながら、連続で鳴る。

 ステラはゴーレムの正面で落下しながら、流れるように剣を「乙」字状に一筆いっぴつ

 ゴーレム前面の五つのコアが、ほぼ同時に破壊された。

 コアの破片と内部の水が、キラキラと輝きながら宙へ飛散。

 あたかもそれを目くらましに使ったかのように、ステラの姿がゴーレムの前から消える。


(あ……? あぁ……?)


 女性兵がとっさに、自身の足下を確認。

 床にはコアの破片が、赤い水たまりの中に、大量に散らばっている。

 そこにステラの体はなく、代わりに長剣が置かれていた。

 ゴーレムの背後から、ステラの掛け声が短く生じる。


「……ハッ!」


 ステラはコアの破片が床へ散らばる前に、小柄な体を生かして、ゴーレムの股をスライディングでくぐり抜けていた。

 そして、くぐり終えた直後に垂直ジャンプ。

 宙で体を回転させて蹴りを放ち、ゴーレム背面のラストコアを、踵で破壊した。


 ──ガギャッ!!


 コアの破砕音こそ響いたものの、ゴーレム内の女性兵に、振動はほぼ伝わらない。

 厚いガラス製のコアが、麦の穂を刈り取るかのように、しなやかに破砕された。

 ゴーレムの正面に回ったステラは、内部の女性兵へ一礼。

 観戦テラスを見上げ、師と仰ぐメグリの姿を見つけ、一礼。

 床に置いた剣を拾うことなく、闘技場をあとにする。

 その背中を女性兵は、全身を衝撃で硬直させたまま見送った。


(厚いガラス製のコアを破壊するとは、なんという鋭い蹴り……。前面のコアを破壊した際に強度を確認し、蹴りでもいけると判断して、剣を置いて最短経路を通ったのか……。バケモノか……あいつは……)


 いまだ両腕を上げて静止したままのゴーレムは、まるで内部に人がいない、がらんどうの置物。

 静まり返っていたテラスの従者たちの間から、ぼそぼそと雑感が漏れ始める。


「……なにあれ? 合格枠一つ埋まってるようなものじゃない」


「……宙に浮いてるように見えなかった?」


「……あれでまだ15歳ですって。あと1年遅く生まれてくれれば、ウチらがかち合わずにすんだのに……」


「……一振りで両肩のコアを壊していましたが、それって首を避けたってことでしょう? そんな剣筋……ありえないわっ!」


「いますぐ病気にかかって棄権しろ病気病気病気病気……」


 強大な存在へのやっかみ、恨み節。

 ネガティブな反応が観戦テラスに蔓延する。

 ステラのあまりにもな輝きを、すなおに褒め称える従者はいない。

 ルシャも闘技場を呆け顔で見下ろしたまま、ぼそぼそとつぶやき始める。


「……リムにもっとゆっくり、化粧落としてもらうべきだったな。イヤなもん、見ちまったわ……」


 ルシャは口内へ溜めこんでいた唾液を一気に飲み下し、続ける。


「たった数秒で、オレのいままでの努力……。全否定されたみたいだぜ……」


「ルシャ……」


 心配そうにルシャを覗きこむラネットへ、ルシャが真顔を返す。


「……いや、わかるよ。あいつもあいつで、死ぬほど努力してきたってことは、さ。死ぬほど頑張った奴でも、数集まりゃそこに順位ができちまうってのは、当たり前。その当たり前、すっげえ残酷だよなぁ……って、いまさら思っただけだよ。ふぅ」


 ルシャが眉をひそめつつ、諦観の微笑を浮かべて、言葉をつけ足し始める。


「……世界ってやつはひれぇなあ、ラネット」


 ラネットもその表情を真似て返答。


「……だね。どうする? もう観戦やめる?」


「いや、最後まで見るわ。さすがにいま以上の奴は出てこないだろ? あれが最後だったら後味すっげー悪かったから、さっさと見れてラッキーだったぜ」


「ははっ……だね。ボクもつきあうよ。見ておきたい人も、何人かいるし」


「トーンって女は、探さなくていいのか?」


「ほら~、やっぱわざと間違えてたぁ。……うん。このテラスにいれば、ひょっとしてトーンから目にしてくれないかなぁ……って思って。ボク、顔の印象昔とあまり変わってないしさ」


「……なるほどな」


 ルシャは組んだ腕を柵の上へ置いて、正面にあるツルギ岳を見上げた。

 鋭く尖った連山が、いくつもの巨大な剣のように思える。


(オレぁ毎日、朝から晩まで剣剣剣で、周りもそういうのばっかだったからさ……。ラネットやリムみたいな、はなから競う必要がない仲間ってのは、新鮮だなぁ)


 思えど口には出さず、代わりに顔を穏やかにするルシャ。

 遠く及ばないステラの存在が、「競わなくていい気楽な関係」という新たな価値観を、ルシャに芽生えさせていた。

 そのころ、隣りのテラスで観戦していたエルゼルは、ステラの強者ぶりを複雑な心持ちで認めていた。


(フッ……。口だけでなく、しっかり腕も立つ……か。ステラ・サテラ……そりの合わぬ女だが、團員として迎え入れる存在だと、構えておこう)


 同じテラスのアリスは、口元を扇子で隠し、隣のメグリへ小声で話しかける。


「いまの子が、そら恐ろしいのは……。相手の股下を躊躇なくくぐったことね。あれだけの力と技を持つエリートなら、敵の股をくぐるなんて屈辱的な行為、絶対にできないわ」


 その疑問へメグリは、特に声量を下げることもなく答えた。


「そういうこだわり、ないんでしょうね。最短ルートを通っただけ、とっとと終わらせたかっただけ、みたいな。意思疎通がめんどい寡黙ロリかと思ってたけど、わたしはがぜん、親近感を覚えたわ」


「……ええ。あなたに通ずるところが多い子よ。ねぇ、メグリ……。やっぱりあの子、あなたの隠し子ではないの? いまの戦い方……。やけに滞空する跳躍とか、軌跡が光る剣とか……。昔のあなた、そのままじゃない?」


「まだ疑ってんのぉ? だったらここで、納得するまで妊娠線探してちょうだいよぉ。ほらほらぁ?」


 メグリが上着をまくり上げ、でっぷりとした腹回りを披露。

 わしわしと両サイドから掴み上げて、アリスへと押しつける。


「ちょっ……ちょっとやめなさいよメグリ! こんなところでっ!」


「こんなところがダメなら、どんなところだったらいいわけぇ? うりうり~!」


 たるんだ腹部を楽し気に見せるメグリを、エルゼルが冷ややかなジト目で追った。


(まさにタヌキ女……だな。警戒するに足る存在なのか、いささか疑問が湧いてきたぞ……)

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