第077話 ルシャ・ランドール(中編)

 破壊すべき対象である、ゴーレムのコア。

 それを傷つけることなく、周囲の固定具を破壊して、一つ手中に収めたルシャ。

 ルシャは槍斧を武器置き場へ戻すと、コアの固定具のネジ穴へベルトを通す。

 ルシャの腹部に、コアが装着される格好となった。

 観戦テラスでは、ルシャの奇行に驚いたラネットとリムが、正面から抱きあう。

 その二人の不安をよそに、ルシャは右掌でコアをぽんぽんと叩きながら、微笑を浮かべて左手に長剣を持つ。


「へへっ……。これで防御一辺倒とは、いかなくなったろ? オレを攻めて攻めて、コアを奪い返さなきゃなぁ?」


 前のめりのダッシュで、一気に間合いを詰めるルシャ。

 右膝のコアを狙った、低い姿勢からの水平斬り。

 ゴーレムはそれを、剣で右方へと弾いて処理。


(くっ……速い! 長剣使いなのは察していたが、露骨にスピードが増した!)


 ゴーレムはわきを締め、防御の構えをわずかに縮める。

 ワンテンポ速くなった攻撃に対応するための、コンパクトな構え。

 ルシャはその構えの変化の意図を、すぐに見抜いた。


「……大切なコアを奪われたってのに、さらにガード固めんのかよぉ。んじゃ……ま。オレが持ってるのを、とっとと最後の一つにすっかぁ! そうすりゃ攻めるしかねぇだろ?」


 ルシャが間合いを詰め、ゴーレムの真正面に立つ。

 そして、セリとの寸止め試合で見せた、円の剣筋による攻めを展開。

 昨日の寸止め試合での狙いは、両肩、両膝。

 その配置で得た攻めの感覚が、いまのゴーレム戦で生きる。


「おらおらおらおらぁ!」


 演武のごとき攻防を繰り広げた、セリとの一戦。

 先手を取ろうと、互いの剣筋をギリギリまで煮詰めあう、円形と方形の戦い。

 ルシャの手に、昨日経験したばかりその感触と熱が、まざまざと蘇る。


「まず……一つっ!」


 ──ガギィン!


 右肩のコアを、右上からの振り下ろしで破壊。

 ゴーレムの受けは間に合わず。

 このときすでにルシャは、前面すべてのコアを剣筋の円内に収め、最も隙がある箇所を即座に狙う流れを作っていた。

 女性兵も、コアを一つ破壊されたことで、それに勘づく。


(……こいつの剣筋、勢い任せではない本格派だ。コアすべてを内包するサークルを構築している。集中力も高い。あとは守りが手薄な順に、破壊していくだけ……か)


 ──ガギィン!


 左膝のコアが、時計回りの弧を描いた振りで破壊される。


「へへっ……二つめ! 次はどれにすっかな~?」


 踏み込んでいたルシャが一歩引き、次に狙うコアを物色。

 女性兵は構えを基本形に戻しながら思慮。


(われわれゴーレム役は、最後のコアをなりふり構わず死守するよう命じられている。言い換えれば、それまではきちんと、コアを狙えるようにしなければならない。受験者へルールを定めているように、われわれにも「ラストコアになるまでは、コアを隠蔽しない所定の構えを維持する」というルールが課せられている……)


 ──ガギィン!


「みっつ! へへっ……動きが単調で、物足りないったらありゃしねぇな。うちの道場のデコイ丸太人形のが、手ごたえあっかな?」


 ゴーレムの双剣の合間を縫い、片手による刺突で、腹部のコアを破壊したルシャ。

 少し遅れてその突きを弾くゴーレムだが、床にはガラス片と赤い水が散らばった。

 両手の剣を左右に大きく開いていたゴーレムは、所定の構えへ剣を戻す。


(こいつ……。そのゴーレムのルールに気づいたなっ!? 体感では、残り時間は3分弱……。この流れならば、恐らく前面のコアは全滅……。問題は……そのあと!)


 ──観戦テラス。


 利発なリム、そして若干の従者も、いよいよそのゴーレムの習性に気づいた。

 リムは汗ばんだ掌でラネットの耳を覆いながら、耳打ち。


「……どうやらゴーレムは、常に一定の構えをするよう命じられていますね」


 ラネットもすでに察しており、頷きながら小声で返す。


「……っぽいね。いまのルシャみたいに、正面から攻めまくったほうが早く気づけるんだよ、きっと。となると、あとは……」


「……ええ。ルシャさんが身に着けているコアの処遇です。ルシャさんの性格ですから、奪い返しにくる攻めっ気のゴーレムと戦いたい……と思っての行動でしょう。試験が中断されていない以上、反則行為でもない……。というか恐らく、試験官の想定外の行動なんでしょう」


「ゴーレムは、最後のコアをなりふり構わず守る……。もしこのまま、ルシャが前面のコアを全部壊したら、どうなると思う?」


「……わかりません。ルシャさんがコアを手中に収めている以上、破壊も同然という解釈で、その時点で全破壊による試験終了……でしたら、個人的にはうれしいですが……」


 ──グギィイ!


 二人の会話を遮って鳴る、これまでと音色が異なるコアの破壊音。

 左肩のコアを、下方からの刺突で捉えるルシャ。

 当たりは浅く、コアは半球の形状を維持しているが、亀裂から赤い水が漏れ、鎧の二の腕へと垂れ落ちていた。

 ルシャが半笑いで、軽く舌打ち。


「チッ……。いまのは壊しなおしたいが、時間もねーししゃーないか。さーこれで、体に残ったコアは一つだなぁ!」


 ルシャのその言葉を受け、ゴーレム内の女性兵が激しく歯ぎしり。


(……そう。ゴーレムの体に残っているコアは、右膝のひとつ。奪取された背中のコアは破壊扱いで、右膝のコアがラスト扱いか? それとも……。受験者の腹にある、あれが……ラストコア? ど、どうなる?  この場合……どう判断するっ!?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る