第076話 ルシャ・ランドール(前編)
ルシャが選んだ武器は槍斧。
全長約2メートルの、先端に穂と扁平な斧が取りつけられた、金属製の武器。
樹脂製のグリップを、ルシャは薄手の革製グローブで握る。
それをテラスから見たラネットとリムは、声を殺して驚いた。
((……さっき失格になった人と、同じ武器選んでるぅ!))
コア一つ残し、からの悪態で失格……の再現を案じたラネットとリムは、いまだに続けていた恋人繋ぎをぎゅっ……といっそう絡めて、顔をひきつらせた。
対してルシャは、偽装中のリムの顔を、すがすがしい笑顔で輝かせる。
「そんじゃま……。現役戦姫團の、お手並み拝見といくかぁ!」
まずは挨拶と、一気に間合いを詰め、軽く跳躍してから、右肩のコアへ向けて槍斧を振り下ろす。
ゴーレムはそれを、冷静に下方からの振りで弾き返した。
兜に張られた防護用の金網越しに、女性兵がルシャの動きを冷静に観察。
(……速いな。動きも振りも。そして剣圧も高い。パワーファイターではなさそうだが、速さを力に変える術を持っている)
弾かれた衝撃でわずかに後方へ飛ばされたルシャは、着地と同時にすばやい摺り足で突きを放ち、腹部のコアを狙う。
ゴーレムの防御は間に合わなかったが、突きの狙いは固定具へと逸れる。
すぐさまルシャは、両膝のコア狙いへ移行。
突きの連撃を、左右に散らす。
女性兵は冷静にそれを弾きながら、ルシャの実力を測った。
(……一応すべて弾いてはいるが、槍がコアを捉えているのは3回に1回程度。時間めいいっぱい使って、アウトレンジでちくちく攻める気か? だが、そのスピードで長い得物を振り回せば、疲労も激しいぞ?)
ルシャは一旦ゴーレムの背後へ回り、背中のコア狙いへシフト。
移動しながら数回槍斧を繰り出したが、すべて固定具に着弾。
キンキンと、金属同士がぶつかり合う音が辺りに響く。
女性兵は、右足を軸に体を回転させ、ルシャに正面を見せて背中のコアを守った。
(……こういう瞬発力がある受験者相手には、背中のコアは温存しておきたい。前面だけを残してしまうと、ラスト二つを連撃で仕留められる恐れがある。今回は、ラスト一つになったら壁際での防御を……と命じられているが、壁際への移動は隙を生むからな。そこで連撃を食らうのは避けたい)
そこからルシャとゴーレムは、相対してしばし攻防。
再びルシャが背後へ回り込み、背中のコアを狙う。
ルシャのすばやい移動により、ゴーレムの背中がガラ空きになる時間が数秒生じるものの、焦りがあるのかコアに嫌われ、周囲の固定具へと狙いが滑る。
その間にゴーレムが体を捻り、正面をルシャへ向けた。
(……移動しながらの攻撃は不得手か。挙動から見て、恐らく長剣使いなのだろう。このゴーレムの威容を恐れて、不慣れな槍を選んだか。それはこの武技試験において、最たる失着……!)
再び正面からの攻防となる、ルシャとゴーレム。
ルシャは突きと振りを織り交ぜながら攻めるが、コアを捉えられない。
観戦中のラネットとリムが、汗ばんだ掌をぎゅっと密着させながら、顔を近づけてひそひそ話を始める。
「ねえリム……。まだ一つもコア壊せてないけど……。だ、大丈夫かなぁ?」
「……わかりません。あくまで先ほどの試合からの目安ですが、そろそろ制限時間の半分ほどになるかと……」
「ボクたち、ルシャの戦いはまだ、お師匠との木剣しか見てないよね……。実はルシャ、槍は苦手なんじゃないかなぁ……」
「それも……わかりません。わたしたちもっと、お互いを知っておくべきだったかもしれませんね……」
まるでつきあい始めて日の浅い恋人同士のような会話を交わしながら、ラネットとルシャが深刻な表情で身を寄せ合う。
そんな二人の様子に構うことなく、ルシャはうれしそうにゴーレムを攻めた。
(ははっ……楽しいぜ! さすが現役の軍人。おおげさな鎧着てても隙は見せねぇ。剣も軽々と振る……ときたもんだ。だが、防御一辺倒なのは、やっぱ不満だなぁ! そろそろそっちから……攻めてきてもらうぜっ!)
ルシャが再度、ゴーレムの背後へ回り込む。
これまでで一番の俊足。
ルシャの速力を把握しきったと慢心していた女性兵は、虚を突かれた。
(こいつ、まだこんな脚を残して……。いや、まさか……。速力を見誤らせるために、八分の力で駆けていたというのか!?)
──カッ! ガンッ!
相変わらず響くのは、刃先がコアの固定具に当たる音。
背面のコアの周囲に、摩擦で生じた火花が飛び散る。
しかしゴーレムはもう、反転のそぶりを見せない。
女性兵はルシャの俊足ぶりと残り時間を踏まえ、方針を変えた。
(……フン、さっさと当ててくれ。背中のコアはやる。おまえはそこ止まりだ。体感もう5分超。おまえのその狙いの甘さでは、正面からの打ち合いで得点は積めないだろう。おまえの俊足を生かせない、真正面の攻防に絞らせてもらう)
──カッ……キィン……ガキッ!
高めの金属音が、短い間隔を挟みながら、数回鳴った。
これまで闘技場内で鳴ったコアの破砕音とは、明らかに異なる響き──。
(……むっ!? なんだいまの音はっ!?)
女性兵はなんらかの異常を察し、とっさに足下を見る。
コア破壊時に散らばる赤い水は床に垂れておらず、ガラス片も散乱していない。
しかし、なんらかの破砕片が、わずかに床に見受けられた。
(なんだあの鉄粉は……? 奴はコア以外のなにかを……壊したのか?)
ゴーレムが挙動に焦りを含ませて、ルシャへ巨躯を反転させた。
そこにはルシャの、してやったりの満面の笑みがあった。
「オレが狙ってたのは、コアじゃなくてこいつさ……。へへっ!」
ルシャが直径5センチほどの金属片を、親指で弾いてゴーレムの足下へ飛ばした。
ゴーレムのつまさきに、鎧へコアを取りつけるための固定具の、ネジが転がった。
正確には、破断したネジの頭部──。
「バ……バカなっ!?」
女性兵が思わず声を発し、ルシャの顔の上へ視線を向ける。
ルシャが垂直に立てている槍斧の穂には、未破壊のコアが、その周囲の固定具ごと、引っかけられていた──。
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