第073話 豹変

 ゴーレムが後ずさり、背を壁へとつけた。(※1)

 そして両腕の長剣を胸元で交差させ、脇を締め、徹底した防御の姿勢を取る。

 背面のコアへの、攻め手が失われた。


「……はああああああぁ!?」


 疑問交じりの驚きの声を挙げる、陸軍服の少女。

 慎重に歩み寄って、ゴーレムを槍斧の射程に入れる。

 ゴーレムは微動だにしない。


「ちょ……ちょっと待て! そんなんアリかよっ!?」


 少女は槍斧を短く振り、ゴーレムが構えた剣を数回殴打して様子を見る。

 ゴーレムはさながら、甲羅に閉じこもったカメのようにじっとしている。


「ふ……ふざけるなっ! 前に出ろっ! 前に出ろよぉ! コア狙えないだろ!」


 少女が槍斧の前後を持ち替え、石突で左右からゴーレムを押し、移動を要求する。


「負けそうになったらそれかよぉ! そんなの……わたしが憧れた陸軍戦姫團じゃないっ! 出ろっ! 前にで……」


「失格」


「……あ?」


 それまで終始無言だったゴーレムから、言葉が発せられた。

 明瞭に、事務的に、かつ、隣の部屋へは聞こえない程度の声量で。

 ゴーレムは対戦相手でもあり、試験官でもあった──。


「ゴーレムへの過剰な話しかけ。コア以外の部位への過剰な殴打。反則行為を確認。失格とする。おまえはこの武技試験、無得点だ」


「は? はぁ? はぁ……ああぁ?」


 陸軍服の少女が、信じられないといった表情を浮かべ、泣き声のような甲高い吐息を、細切れに何度も吐いた。

 ゴーレムは両手の剣を下げ、まっすぐ歩きだし、ゆっくりと出口へ向かう。

 力なく、わきへ避ける少女。

 去り行くゴーレムの背中にひとつ残る、赤いコア。

 少女が悔し紛れに槍斧を振り下ろし、それを破壊。

 ガラス片と赤い水が床に飛び散るが、ゴーレムはまったく気にする様子もなく、出口へと向かう。

 少女はようやく、自分が失格だという現実を受け入れた。

 同時に、陸軍戦姫團への憧れと興味を、一気に失う。

 勇ましく着込んだ陸軍服が、急に疎ましく、忌まわしくなり、自分を覆う負のオーラのようにさえ思えてくる。


「ちくしょう……」


 少女は石突を床へつき、崩れ落ちそうな上半身を、槍斧を杖にすることで支えた。

 見学の従者たちは、その一連の様子で、陸軍服の少女の失格を悟る。

 そして多くの従者が、少女の失望と絶望を案じた。

 予備試験不合格時の自分を思いだし、陸軍服の少女へ同調したラネットが、不安げにリムへ問う。


「あの人、失格……みたいだね。ゴーレムの最後の動き。あれ、どういうこと?」


「いまの一戦だけでは、わかりませんが……。恐らくゴーレムは、コアが最後の一つになると、なりふり構わない防御行動に出るのではないでしょうか」


「じゃあ、背中のコアを最後に残しちゃダメってこと?」


「前面のコアも、同じことかもしれません。腹部のコアを残せば、受験者に背を向けて、壁に張りつきそうですね」


「だったら……。最後に残すべきは、完全に隠しきれなさそうな肩のコア?」


「あるいは、2個残したコアを……同時に破壊」


「でも、それってさぁ……。ノーヒントでわかるぅ?」


「……ひとつだけ浮いた、背中のコアの存在にイヤな予感を覚えるか。あとは……。同じ武器が二つずつあることが、コア同時破壊のヒントになっているかもしれません。だとすると、弓が二つあるのが意地悪ですね。両手に弓を持つ人はいませんから、破損時の交換用だろう……と、思考が誘導されます」


 リムは眼下でまだ戦闘中の、ドレスの少女を観察する。

 コアの破壊は、右肩、腹部、そして背中の計3カ所にとどまっている。

 リムの読み通り、ゴーレムの動きに疲れは見えない。


「……ただ、ゴーレムの防御行動には、別の意味もありそうです。コアを五つ破壊できれば十分な点が得られ、ラストの防御行動と相対したとき、いかに取り乱さないかを試されている……という推測もできます。團長が説明で、戦いぶりを見て加点減点すると仰ってましたから」


 ──ヴィイイイイイイイイッ!


 制限時間終了のホイッスルが鳴る。

 ドレスの少女がハァハァと息を漏らしながら、疲れきった両腕をだらりと下げる。

 破壊できたコアは4カ所止まり。

 ゴーレムはいまだ力強く剣を構えた両腕を、ゆっくりと左右へ下ろした。

 前傾姿勢でゴーレムを見上げる少女には、それが鋼鉄の巨人にも思えた。


「陸軍戦姫團の壁……。厚く、高かったわ……」


 少女が剣を所定の位置へ戻し、退場。

 受験者がいなくなった二つの部屋へ女性兵数人が入り、床の片づけ、武器の整頓、刃こぼれした武器の交換を迅速に行う。

 部屋には新たにゴーレムが入り、中央で次の受験者を待った。

 その様子を見て、ラネットたちの反対側のテラス席で観戦していたキッカが、内心で恐怖している。


(……前回の試験では、ゴーレムはあのような挙動はしませんでした! 学問試験の順位張りだしといい、やはり今回の試験は様子が異なります! ああ……イッカちゃんは大丈夫かしら……)


 キッカは隣のテラスにいるエルゼルをちらちら横目で見、頬を染める。


(騒がないように……と、リッカちゃんを部屋へ置いてきたのは正解でしたが、あのゴーレムの動きには、わたしも大声を出しそうになりました。前回を知っているからこその驚きもあるので、わたしも退席したほうがいいかもしれません……)


 そう思いながらもキッカは、エルゼルをちらちら見続ける。

 退席するそぶりは、一向にない。

 もう一方のテラスで、ラネットが神妙な顔つきで、リムに耳打ちをする。


「あ、あのさ……。ボクたちって、知り合って日が浅いから、まだお互いのことよく知らないけどさ……」


「は、はい……」


「ルシャってさ……。いまの軍服の人と、同じリアクションしそうな気がするんだ」


「奇遇ですね……。実はわたしも、同じことを考えていました。アハハ……」


 リムは笑い声を出しながらも、ラネットと同じ神妙な表情。

 そのとき次の受験者二人が、眼下の闘技場へ入場した。

 うち一人が、ラネットたちに聞き覚えのある声を発する。


「──よろしくお願いしますっ!」


「「ひっ!?」」


 そこには、顔をリムに扮した、のルシャの姿。

 ルシャの早々の出番と、その珍妙な格好に、ラネットとリムは思わず両手で恋人繋ぎをしながら驚く。

 中央のテラスで試験官をしているエルゼルは、ルシャの格好と挙動を見て、微笑を浮かべた。


(ほう……。入場時にきちんと挨拶をしたか。ああいう態度が加点の対象になるのだが、果たして何人出ることやら……。しかしあの珍奇な格好は、思わず減点を考えてしまうな。確かにではあるのだが……な。フフッ……)



(※1)近況ノートにて参考画像で解説。

https://kakuyomu.jp/users/ShooSumika/news/16817139555339123641

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