第060話 額縁


 ──チームとんこつ、昼食後に宿舎の自室でミーティング。


 テーブルを囲んで、ハーブティーとビスケット2枚を各自が手元に置く。

 話題は、リムが学問試験で苦戦した、変則問題の数々。

 こうしたトラップじみた要素が、あすのルシャ担当の武技試験、あさってのラネット担当の歌唱試験にも、組み込まれるのではないか……と、リムは力説する。


「例えばこちらの、額縁に飾ってある團歌ですが……。もしかすると、裏面になにか書かれていたりとか、別の紙が収まっていたりとか……も、考えられます」


 リムが長いすをドアの前まで引きずり、その上に立って、ドアの上に掛かっている團歌入りの額縁に手をかける。


「ふぬぬううぅ……ぬううぅうぅんっ!」


 掛け声の重苦しさに反し、非力なリムでは横に長い額縁は持ち上がらず、細い両腕が震えるのみ。

 ラネットとルシャは無言で顔を見合わせたのち、テーブル上のティーカップと小皿を端に寄せ、リムの左右に並んで額縁を抱え上げる。


「裏返して……テーブルに置いて……ください……。ふぅ……」


 上辺にほこりを蓄えた額縁を裏返し、静かにテーブルへ置く3人。

 リムが留め具を外し、裏蓋を持ち上げる。

 中には、筆と墨で歌詞が直書きされた、黄ばんだ上質紙が一枚。

 それ以外には、なにも収められていなかった。


「怪しいところは…………なさそうですね」


 上質紙の裏を、隅から隅まで舐め回すように見るリムだが、特に情報らしきものは拾えなかった。

 リムは額縁の蓋を閉じ、二人へ向き直る。


「……いまの作業は無駄骨でしたが、これくらいの用心が常に必要だと思います。いえ、このような作業を無駄骨と思わない心構えこそが、必要かと」


 真剣な顔つきのリムに対し、ラネットとルシャはいまいち真剣みのない表情で、「そこまで気張らなくても……」的なオーラを滲ませる。


「へっ……。武技の試験にこざかしい仕掛けがあっても、オレのパワーとスピードで、ねじふせてやるよ」


「歌の試験に仕掛けって言われても……ちょっと思いつかないなぁ。学問の試験だから、頭を使わせてきただけじゃないの?」


 なかなか危機感を得ようとしない二人。

 試験会場の緊迫感を伝えきれていない自分にも問題があると、リムは一旦、この話題を仕舞うことにする。


「まあ、わたしの杞憂ならよいのですが……。お二人には、予想外の出来事への警戒を、強くお願いしておきます。ところで、このあとはどうされますか? わたしは自分の担当課題を終えたので、以後はお二人のサポートか、城塞内の観察を行いますが……」


 リムの問いかけに、ラネットが額縁を表に返しながら答える。


「んー……。だったらリムに、歌見てもらおうかなぁ。團歌の歌詞はきっちり覚えたけれど、メロディー合ってるか自信なくってさ。楽譜だけだと、いまいちメロディー掴めなくて。音楽堂に防音室あるから、そこで」


「わかりました。でも音感ゼロのわたしが、お役に立てるかですねー……あはは。ルシャさんはどうします?」


「オレ? あー……きょうはもう部屋にいるわ。午前に体動かしまくったから、ここで体ほぐしとくよ」


 ルシャのその言葉を受けて、ラネットがにやにやと笑う。


「へ~。あの眼鏡さんと、体いっぱい動かしたんだぁ?」


「お……おいっ! 誤解生むようなこと言うな! エロ眼鏡と寸止めの打ち合いやっただけだよ!」


「寸止めかぁ……。ボクにはがっつり密着してたように見え……ゔぉふっ!」


 ラネットの鳩尾みぞおちに、ルシャのほんぬきが刺さる。

 力を込めない軽い突きだったが、ラネットを黙らせるには十分な破壊力だった。

 腹部を押さえて小さく咳き込むラネットと交代して、リムが会話を続ける。


「エロ眼鏡って、セリさんですよね? 午前中にセリさんと会ったんですか?」


「ああ。試験は途中で投げたってさ。一応、答は全部埋めたみたいなこと言ってたけど」


「そうですか……。途中退席ということは、午砲の問題は解けなかったのですね」


「あ、それからさぁ。そのエロ眼鏡なんだけど……」


「……はい?」


 ルシャが話題をふって、リムがその続きを待つ。

 頬を赤らめ、無言で口を縦に広げたり横に広げたりを、数秒繰り返すルシャ。


「…………悪い。なんでもない」


「はあ……」


 ルシャは照れ隠しのため、いまだ腹部をさするラネットのわきを抜けて、一人で額縁を戻す。

 天井と壁を見上げながら、先ほど飲み込んだ言葉を反芻した。


エロ眼鏡あいつは結婚の無理強いから逃れるために、戦姫團入りを望んでる。もし力になれそうなことがあったら、助けてやってくれ……。二人にそう言ったところで、もう意味ねえよな。あいつペーパー試験落としちまってるし……。でも、いやいや結婚させられるってのは、ちょっと助けてやりてぇなあ……)


 ルシャはぼんやりと、セリを実家の道場へかくまってはどうかと思案。

 セリにその話を持ちかける場面を妄想する。


「……なあエロ眼鏡。入團試験落ちたんなら、しばらくうちの道場で面倒見てやってもいいぜ。おまえの腕なら指導員やってけるしさ。つってもまぁ……出せるのは三度のメシと、寝床くらいだけど」


 すると妄想の中のセリの衣装が、純白のウエディングドレスへと変化。

 妄想のセリが微笑を浮かべて、ルシャに近づいてくる。


「わたしを嫁として向かえてくれるのか! うれしいぞ……ルシャ!」


 ──ガンッ!


 突然の大きな音に、ティーセットを片づけていたラネットとリムが振り向く。

 手元を滑らせて、額縁を手前に倒したルシャ。

 その頭部に、額縁が激しく打ちつけられていた。

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