第059話 収斂進化
──ギンンッ!
残響を帯びた鈍い金属音が、小さく鳴る。
ステラがメグリ目がけて、モーションもなく一瞬で突き出したフォーク。
その先端が、黄土色の塗り箸で挟まれ、二人の中間で止まる。
いつの間にか右手に箸を携えていたメグリが、にやけたままで左目を伏せる。
「……寸止めわかっちゃいるとは言え、いい気しないわねぇ。ま、わたしのラーメンこれだけ食べてくれたことに免じて、許しちゃうけど」
「……っ!?」
ステラが顔を軽く傾け、視線をテーブル上のナプキンへ下ろす。
自分がフォークを掴んだとき、隣にあった塗り箸がなくなっている。
その事実に気づいたステラの瞳が、再び一回り大きくなった。
「あなた……は?」
質問を受けてメグリは、握手をするように箸とフォークを上下させながら、左手の指を3本立てる。
「……3択問題よ? 1、塚原卜伝。2、宮本武蔵。3、食堂のおばちゃん」
「やはり、戦姫ステラ……か。わたしと同じ名前の、伝説の武人……」
ステラはメグリの選択肢を無視し、自分で答えを出す。
メグリは表情を渋くさせると、箸の先をこねくり回してフォークを絡め取り、左手に没収する。
「あー……。女が選択肢を並べたときはねぇ、それ以外の答は聞きたくないってことなの。わたしは三十路の食堂のおばちゃん、メグリ・ホシガヤよ」
「メグリ・ホシガヤ……。三十路……」
名前と年齢をなぞったステラは立ち上がり、メグリに正面を向いて深々と礼。
銀色の光沢を帯びた水色の髪を、ふさぁ……と宙に泳がせる。
数秒頭を垂れたところで礼を解き、メグリの瞳をまっすぐ見つめて口を開く。
「……弟子にしてください。ホシガヤ様」
「えっ……?」
「あなたはわたし以上に、戦姫ステラに近い存在。わたしは幼きころ、自身と同じ名の戦姫ステラを知り、その伝説に心を打たれ、戦姫ステラに成らんとして、研鑽を重ねました。ホシガヤ様、いまのわたしに足りないものを、どうかご教授ください。お願いします」
ステラが再び、腰を直角に曲げて礼。
真摯な動機、まっすぐな瞳、敬意に満ちた所作。
メグリも
「ちょ、ちょっと待って。いきなり弟子って言われても……ねぇ?」
「いまこのご縁を逃せば、わたしは一生後悔するでしょう。どうかわたしに、ホシガヤ様を『お師様』と呼ばせてください」
「お、お師様……。わたしの性癖くすぐる呼び方してくるじゃない……。でも弟子なら、もう間に合ってるのよねぇ……。ねぇ?」
この騒ぎを見て、周囲に集まっていた受験者たち。
その最前列に、ラネット、リム、ルシャの姿がある。
ラネットはおかわりしてきたチャーハンを、むしゃむしゃ食みながら傍観。
メグリはその弟子3人を、チラッ、チラッ、チラッ……っと、目でロックオン。
「既得権益を主張して追っ払ってよ!」と、助け舟を求める。
しかし鈍感なラネットは意を汲めず、ルシャはまだ半呆け状態。
唯一メグリの意図を汲んだリムも、「予備試験成績最下位のわたしが、トップ通過のステラさんに意見は無理です~。さっきの学問試験では、助けてもらいましたし~」と内心で言い訳をし、苦笑いで拒否。
ステラが目線を逸らすことなく一歩メグリへ歩み寄り、語気を強めて懇願。
「……姉弟子も敬います。どうかわたしを、弟子の末席へ置いてください!」
「うぅ……」
若干15歳の少女の、背水の陣を構えた真剣な願い。
それを「面倒くさい」という理由で無下にできるほど、メグリも達観してはいなかった。
「そ、それじゃあ……弟子見習いってことで、いい? 入團試験が終わるまでは、日常会話程度のつきあいってことで」
「構いません。ありがとうございます、お師様。では今後、よしなに」
ステラが顔を上げ、再度深々と礼。
身を翻し、従者とともに空のどんぶり鉢を抱えて、返却口へと向かう。
メグリはその姿を見ながら、「はーっ……」と感嘆の息を漏らす。
(……アリスが言った通り、わたしの少女時代に見てくれは似てたわ。でも中身は全然別物。伝説のヒロインに憧れて、その像に少しでも近づこうと、努力を重ねてきた模範的勤勉少女。わたしに容姿が似てるのは、変則的な
メグリは去っていくステラの背中を眺めながら、優しく微笑む。
(……つきあうのは面倒そうだけど、あの子……嫌いじゃないわ。姪っ子くらいの距離間で、つきあいましょうかねっと)
すっかり保護者ヅラになって、顔の筋肉を緩ませるメグリの横顔を、ラネットがチャーハンを食べ続けながら眺める。
──チーン!
全チャーハンを半チャーハンまで減らしたところで、ラネットがスプーンで皿の縁を軽快に叩いた。
(……わかった! 登城のとき、ステラって子の横顔に見覚えあるなぁ……って思ったんだけど……お師匠だ! ステラはお師匠に似てる! ボクはトーンの成長した姿を、7年間ずーっと想像してきた。だからわかったんだ! あのステラって子は……成長したらお師匠似になるってことに! まさか……二人って親子!?)
アリスが抱いた勘違いを、そのまま繰り返してしまうラネット。
メグリの知らないところで、説明の手間が2倍に増えていた。
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