一次試験・学問 終了後

第058話 大食漢

 ──東棟、食堂。


 学問試験を終えた受験者とその従者が、100近くある席をまばらに埋める。

 チームとんこつの3人は通路わきのテーブルへ横並びに座り、とんこつラーメンセットが載ったトレーを並べる。

 通路側から、ラネット、リム、ルシャ。

 リムはラーメンの旨味に頬を緩ませながら、フォークで麺をすすっている。


「まさか城塞の食堂でとんこつラーメンが食べられるとは……はふはふ……思いませんでした~。ああ~、この野性的な味つけの濃ゆ濃ゆスープが、疲れきった脳を元気づけてくれます~♪ はふはふっ♪」


「このチャーハンっていうのも、すごい美味しい! パリッパリに焦げたお米がこんなに美味しくなるなんて不思議! 半分と言わず、もっと食べたい!」


 半チャーハンの皿を早々に空にし、唇の端に米粒をつけてご満悦のラネット。

 リムもラーメンを満足気にすすってはいるが、箸が進んでいない隣のルシャへと、ちらちら目を配っている。


「ラネットさん……。どうしてルシャさんは、ああなっているのでしょう?」


「さ、さあ……。なんか、衝撃的な体験でもしたんじゃない? あははっ……」


 リムの左隣に座るルシャは、目の前のとんこつラーメンセットに手をつけることなく、どんぶり鉢から立ち上る湯気を顔に受けながら、ぼーっと宙を眺めている。

 セリとの濃厚なキスのショックが、時間差で訪れていた。


「ルシャさ~ん? 大丈夫ですか~?」


 ルシャに顔を寄せて、様子を伺うリム。

 ルシャは心ここにあらずといった気抜けた顔で、ゆっくりとリムのほうを向く。

 焦点が定まらないルシャの瞳に、リムの眼鏡だけがぼんやりと映り、その眼鏡を起点に、セリの幻想が広がっていく。


「……ルシャさ~ん?」


 ルシャの瞳には、名を呼びながら顔を近づけてくるセリのイメージが映る。

 幻想のセリの唇へ吸い寄せられるように、ルシャもふらふらと顔を近づけていく。

 リムは「?」と顔を近づけるのを止めたが、ルシャは構わずリムに唇を重ねようと顔を寄せていく。


「きゃっ……!?」


 リムはすんでのところで顔を引き、キスを回避。

 ルシャもその黄色い声でわれに返り、幻とはいえ、自らセリと口づけを交わそうとしたことに激しく動揺する。


「……うわっ!? オレいま、なんかしようとしたかっ!?」


「キ……キスですっ。わたしにキス……しようとしてました……」


「しっ……してねぇしてねぇ! なんかの間違いだ。食いモンある方向間違えただけだっ。ずずっ……ずずずるぅ!」


 苦しい言い訳からのラーメンの頬張りで、ごまかそうとするルシャ。

 リムは不審そうにルシャを見るが、食欲はしっかりありそうだと、ひとまず安心することにした。

 内心はどうあれ、昼食を頬張る3人のわきへ、メグリがふらりと現れる。


「おおっ、いい食いっぷり! さっすが、わが愛弟子たち!」


 通路側のラネットが代表して、座ったままで対応。


「あっ、お師匠! チャーハンってめちゃくちゃ美味しいですね! 半分だとちょっと物足りないんですけど……おかわりって、できます?」


「うれしいこと言ってくれるじゃないの。チャーハンもラーメンもギョーザも、なくなるまでおかわりしていいわよ」


「ホントですかっ!?」


「ええ。つーか、とんこつラーメンセット、がっつり余っちゃってるのよ……。かなりマイルドな味付けにしたんだけど、それでも『食べたくない』『においが無理』って子が多くてねぇ。いま厨房スタッフが慌てて代わりのメニュー作ってくれてるとこ。迷惑かけちゃったわ」


 メグリが両肩をすくめて苦笑い。

 一方ラネットは、瞳をキラキラさせながら、トレーを持って立ち上がる。


「じゃあボク、さっそくおかわり貰ってきます!」


「うれしいわねぇ、その反応。今度ラネットには、こっそりカレーチャーハン作ってあげるわ。アレの味覚えたら、白いごはんに戻れないかもよ。ふふっ」


「カレーチャーハン! ボク、カレーも大好物ですっ! その二つが混ざってるだなんて、名前だけでも美味しそ~!」


 言いながらラネットは、トレーを持ってチャーハンのおかわりを貰いに行く。

 その後ろ姿を目を細めて眺めながら、メグリがだれにも聞こえないようにぼそりとつぶやく。


「……さてと。そろそろ、わたしの隠し子疑惑の子と、対面といきますかね」


 食堂の端の列のテーブル。

 アリスが「メグリの隠し子」の疑いをかけたステラが、とんこつラーメンをフォークで食している。

 テーブルの上には、スープまで空にしたどんぶり鉢が大量に置かれ、黒いメイド服を着た従者の少女二人が、それを5段ずつ縦に重ねていく。

 ステラはフォークに麺を巻きつけて小さな塊を作り、さっと振ってスープを払い、口に運ぶ……という動作を、無表情で淡々と繰り返している。

 小さな体に小さな口、そして落ち着いた動作での飲食にも関わらず、どんぶり鉢の中身がみるみる減っていく。

 まるでステラの周囲だけ、時間の流れが狂っているようにも見える。

 麺と具が尽きると、ステラはテーブルに広げたナプキンへフォークを置き、どんぶり鉢を両手で抱え、息継ぎなしでスープを完飲。


「……ふぅ」


 終始無表情のステラだが、完食後の吐息には、満足気な響きが籠っていた。

 ステラの完食を見定めたメグリが、声をかける。


「異国の大衆料理ですが、舌にあいましたかな?」


 後ろ手を組み、不敵な笑みを浮かべながら、ニヤリと微笑むメグリ。

 ステラが顔を上げ、数秒メグリを見たあと、瞳をほんの一回り大きく開く。


「戦姫……ステラ?」


「えっ?」


 次の瞬間。

 ナプキンの上に置かれたフォークを、ステラが瞬時に掴み取り、メグリの心臓目がけて突き出した──。

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