第049話 読解(※横組み閲覧推奨)

(……登城は、予備試験の成績順で行われました。ビリのわたしは、35番で登城……)


 リムは時計を見るふりをして、堂内のいすの数を、見える範囲で再確認。


(堂内の席は、縦6席、横6席……。全部で36席……。左側の空席から、入堂順に詰めて着席…………あっ!?)


 リムの脳裏に、問題用紙が配られる前の様子が思いだされた。

 右列最後尾の隅の席へ、セリが着席する映像が浮かぶ。

 この場に顔見知りがセリとイッカしかいないリムには、隅の席に着席するセリの端正な横顔が、鮮明に記憶されていた。


(この試験会場……36席、すべて埋まってる! それって変! 一次試験受験者は、35人だもの! 一人多い! どうしてっ!?)


 それまで見つめていた文章問題から目先を外し、問題用紙の余白にいったん視線を置いて、受験者数の不整合を考えるリム。


(受験者が一人……増えた? 予備試験の不合格者が、一人不正に潜りこんだ? さすがにそれは無理よね。だったら、團側がこっそりと……一人を復活させた? でも、なんのために?)


 リムは問題用紙をぺらぺらとめくって、最終問題に目を向ける。

 なにか考えがあったわけでもなく、ただ「1」という数字繋がりによる行動。


(いちたすいち……。この問題も「1」絡み。それにしても、この最後の問題はホント異様……。問題の内容もだけれど、用紙の真ん中に1行だけ、ぽつんと問題文が……。まるで、登城時に書かされた署名の用紙みたい……)


 リムは先ほど、登城時に呼ばれた番号を思いだしたことで、最終問題のページの体裁が、登城時に書いた署名用の用紙に似ていることに気づく。

 受け付けで署名をし、ぐるぐる眼鏡のシー・ウェスチなる怪人物が筆跡鑑定を行い、そのシーが幌馬車へ同乗してきて、メグリの手紙を預かってくれる……という、一連の流れを回想する。


(…………ん?)


 いまの回想に引っかかりを覚え、リムはもう一度最初から思いだす。


(署名、筆跡鑑定、幌馬車、手紙……)


 シーの笑顔が、「にししししっ!」という笑い声とともに思いだされる。


(シーさん……眼力……筆跡鑑定……………………あっ!) 


 回想、熟考、閃き──。

 リムは問題用紙をぱらぱらとめくり、これまでの問題文の字面を追った。


(……やっぱり!)


 そして再度、最終問題を凝視する。


 ──「問3.|+|=」。


(これ……「1+1」じゃない! ほかの問題文に出てくる「1」と書体が違う! 「1」じゃなくて……縦の線! 縦の棒!)


 最終問題の「|」には、「1」の上部の跳ね、および下部の横線がない。


(筆跡の照合を思いだしたから、「1」と縦の棒の違いに気づけました……。と、言うより、筆跡鑑定を連想させるための、この体裁なのかも……。とりあえずこの問題、「いちたすいちはに」という、単純なものではないことが確定。そして、ここまで手のこんだ問題だから、きっと得点配分高い! はずせません、この問題!)


 ──「問3.|+|=」。


(うう……。でも、じゃあ、縦の棒たす縦の棒って……なに? 少し前進したけれど、意味不明なのは変わらず……)


 問題文からいったん視線を外し、残り時間を把握すべく、顔を上げて時計を確認。


(……いま、午前10時40分。10分延長だから、残り1時間半。まだ時間に余裕あるとはいえ、この最終問題にかかりきりはダメね。ほかの問題を片づけてから!)


 問題用紙へ視線を戻し、解き終えていない問題へページを戻そうと、用紙の端をつまむ。


(…………!)


 ほとばしる閃き。

 リムはすぐまた顔を上げ、時刻を再確認。


(……見つけた! 棒2本!)


 時計の短針と長針を凝視するリム。


(……あの時計、よく見たら短針と長針の長さが同じ! つまり「縦棒たす縦棒」は、まっすぐに立った短針と長針が……重なるとき! 正午! そして、ヴァンさんの前に発覚した不正者……。あれは、團側が用意したニセ受験者! この問題……解けましたっ!)


 リムは最終問題の問題文わきに「正午に確認!」と書き添え、未解答の問題がある国語のページへと戻る。


(それにしても……。なんという、手のこんだ出題……。もし、こういったトラップ染みた要素が、武技や歌唱の試験にもあるのなら……。ルシャさんとラネットさんは、わたし以上に大変な思いをするかもです)


 ──そのころ、フィルル。

 ヴァンの異臭騒動の前に全問を解き終え、いま、再確認をもすませようとしていた。

 その細い目で最終問題を眺めながら、くすっ……と喉で笑う。


(「1」ではなく直線……ね。「1」はわたくしから見れば、睫毛が整った瞳のようなもの。問題の意図は、すぐに読み取れました。受験者がひとり増えていたのと併せて考えれば、最初の不正者が茶番なのも自明の理。悩ましいことと言えば、あと1時間以上、退席せずに待たねばならないことでしょうか)


 フィルルは問題用紙と解答用紙を裏返し、その上に鉛筆を置いて、背筋を伸ばす。


(自己採点では満点……。ステラさん、もちろんあなたも、解き終わっているわよね? あのカメムシ女の告発は、残りの待ち時間、異臭に晒され続けるのがいやだった……。でしょう?)


 そのフィルルの読み通り、ステラはヴァンの告発前に全問を解き終え、再チェックまでもすませていた。

 現在はフィルル同様、用紙を伏せて手を膝の上に置き、背筋を伸ばしている。

 最終問題を看破した者が着席で正午を待つ中、初の自主的な退席者が出る。

 セリである。


 ──ガタッ…………カチャッ……バタン。


 席を立つ音、それにドアの開閉音が続く。

 それを耳にした受験者の中には、「早くも全問を解いた者が出た」……と、焦りを抱える者も出た。

 一方で、イッカのように「しめしめ」と、ほくそ笑む者もいる。


(……だれだか知らないけれど、正午前に退席するとは、最終問題を読み解けなかったのね。いまので、「正午前に全問解ける」という誤解が広まってくれれば、しめたものよ。うふふふっ……)


 一人廊下に出たセリは、そんなイッカの思惑などどこ吹く風で、ルシャのことを考えていた。


(ルシャに会えるとするなら……。やはり、武技堂か?)




(※)現在の状況を、近況ノートにて図面で解説。

https://kakuyomu.jp/users/ShooSumika/news/16816927862407467441

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る