第046話 看破
(……ギャン・ダットさん!)
イッカは空席となった隣を横目で見ながら、不正騒動を起こした女の名前を、胸の内で呼んだ。
(左目の下の、赤っぽい泣きボクロが印象的で、よく覚えてるわ。キッカ姉さんに同行していた12歳のあたしを、よく構ってくれたお姉さん……)
前回の入團試験時、キッカの従者として同行した際の記憶が、イッカに蘇る。
エルゼルに一目惚れして上の空のキッカは、およそ姉の体をなしておらず、逆にイッカが先導せねばならない始末だった。
(きょう、隣に座ってきたときは、あたしと同じで妹さんかとも思ったけれど……。周りより老け……もとい大人びた顔と、癖が強いウェービーヘア。それに、こだわりのある太眉で、すぐにギャンさん本人だとわかったわ)
当時16歳だったギャンの顔を、おぼろげに思いだすイッカ。
キッカを含む周囲の受験者たちがイッカを見下ろす中、ただ一人、しゃがんで目線を合わせてきたギャンの笑顔は、優しさと頼りがいに満ちていた。
(……戦姫團の入團試験は4年に一度。対象は15歳から18歳まで。一生に一度しか受けられない仕組み。ギャンさんが今回、受験者としてここにいるのはありえない。それって、つまり……)
最終問題を眺めるイッカの瞳が、カッと見開く。
(……ギャンさんは戦姫團の一員! そしていまの不正騒動は、團側の仕込み! かつ、出題の一部! 不正騒動が仕込みとわかれば、イミフな最終問題「いちたすいち」も、解けたが同然!)
イッカは最終問題のわきに「あとで」と走り書きをし、問題用紙を最初から見直し始める。
(さてさて、いまの茶番が最終問題のヒントだってことに気づくの、何人いるかしらねぇ……。ただのアクシデントだと勘違いして、調子崩された人もけっこういるんじゃない? うふふっ♪)
そのイッカの読み通り、受験者間には動揺が広がっていた。
筆記用具を机からうっかり落とすだけでも、不正行為と受け取られかねない……という懸念から、鉛筆を握るのですら慎重になってしまう者が複数出ている。
(実を言えばね、ギャンさん……。あなたとの再会は、入團試験の大きなモチベーションだったの。あのときあなたへ寄せていた信頼が、あたしの初恋じゃなかったか……って、思ったりもしたのよ)
甘酸っぱい感覚を、ほのかに喉の奥に生じさせるイッカ。
しかしすぐに気を引き締め、唾液を飲み込んで、その甘さを胃へ押し流す。
(……でも幻滅! 二十歳にもなって痛々しいツインテして、大勢の年下の前でギャン泣きなんて! イヤイヤやらされたのかもしれないけれど……思い出ぶち壊しよ!)
人と人との縁によって、最終問題の解法を得たイッカ。
一方、それとはまったく異なるアプローチで、最終問題を看破したのがフィルル・フォーフルール。
(ウフフッ♪ この美しい細目を長年ケアしてきたわたくしには、出題の作為がすぐに見抜けてよ? 不正騒ぎまで仕込むとは、まだ一次試験だというのに大がかりですこと)
会場の右前隅に座るフィルルは、最終問題をちょんちょんと鉛筆で叩きながら、ほくそ笑む。
(……とはいえこの最終問題。解けるのは、せいぜい数人でしょう。その中に当然、入ってきてくれますよね……ステラさん!?)
眼球をギリギリと左端へ移動させ、自分の位置から見えるはずもないステラを睨みつけようとするフィルル。
(入堂時、あなたが左後ろの隅にいたのを確認済みよ。対角線で結ばれるとは、やはり宿命的なものを感じますわ。あなたを叩き潰すのは、直接剣を交える二次試験の武技……。こんなつまらない問題で、つまずかないでくださいな!)
最終問題を看破しつつも、まだ解答の記入には至らないイッカとフィルル。
しかしこの時点でただ一人、最終問題の解答を記す者がいた。
セリ・クルーガー。
ルシャが「エロ眼鏡」と呼ぶ少女。
強者争いの一角を担うかのように、右後ろ隅の席に着いている。
(……ふむ)
セリは小さくうなずきながら、最終問題の解答を、解答用紙へ記入した。
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