第045話 モーニングティー

 ──東棟宿舎・イッカ・ゾーザリーの部屋。


 当人は学問試験中で室内におらず、従者である長女のキッカ、三女のリッカ、そして遊びに来ているラネットが、テーブルを囲んでモーニングティーを楽しんでいる。

 長いすに座るラネットの股の間へ小さなヒップを置き、背中を密着させるリッカ。

 ラネットの両腕はベルトのようにリッカの腹部へ回り、左右に開いた両脚は、リッカの両脚を覆うようにして、くるぶしを合わせている。

 ご機嫌な笑顔のリッカが、両足をぷらぷらと後ろに振りながら、首をひねって肩越しにラネットを見上げた。


「ねえ、ラネットさん。リッカが大きくなったら、お嫁にもらってくれる~?」


「ええ~? ボクがもらうほうってことは、男扱いなのぉ? これでもけっこう、胸あるんだよぉ? ほらほらぁ?」


 ラネットがリッカをぎゅっと抱き寄せ、その後頭部に自分の胸を押しつける。


「きゃっ! ラネットさんのえっちぃ! でもリッカだって、ちゃんと育ってるもーん! ね、ラネットさん。今夜おふろで比べっこしよっ!」


「ええっ、おふろかぁ……うーん。こう見えてボク、いろいろ忙しいから約束はできないかなぁ。ボクもリッカちゃんと一緒に入りたかったけどね。あははは……」


 いま着けているウィッグを濡らせないラネットは、入浴をリムの姿で行わなければならず、リッカの要求には応じられない。

 ラネットは申し訳なさそうに断りながら、リッカの裸体を無意識に想像する。


「え~~? つまんな~~い!」


 リッカが不機嫌そうな様子で身をよじり、上半身をラネットへこすり合わせる。

 ラネットは裸体の二人が、湯船で乳房を合わせていると空目してしまう。


「……わわっ!?」


 背もたれのない長いすに座っているのを忘れ、思わずのけぞってしまうラネット。

 背後の二段ベッドへ頭をぶつけそうになるが、向かいあっていたキッカが瞬時に身を乗り出して、リッカの襟首を掴んでリッカごと引き戻し、転倒を防いだ。


「……リッカちゃん、ラネットさんを困らせないの。さあ、離れなさい」


「は~い」


 長女に叱られて、しぶしぶリッカはラネットから離れ、一人分を空けて着席。

 ラネットは頭をぶつけずにすんだことに胸をなでおろしながら、裸体を妄想した自分に危機感を抱いた。


(……うわ。リッカちゃんとおふろ入れなくて、本気でがっかりしてるボクがいる。早くトーンと再会しないと、ちっちゃな女の子好きの大人になっちゃう……?)


 身を戻し着席したキッカは、紅茶を少し口に含んで、乱れた息を整えた。


「……ほっ。でも、ラネットさんみたいな中性的美形に目をつけるとは、さすがわが妹です。うふふっ……」

 

「さすがわが妹……って。もしかしてキッカさんの家系、みんなそんな感じなんです?」


「あら、ずいぶんと見当はずれなことを。うちの家系がすべてそうなら、わたしたち姉妹は、そもそも存在していませんよ。うふふっ」


「そっ、そうですよね。女同士で家系はできませんよね。あはははは……」


 苦笑しながらラネットは、「ここ笑うところかな……」と冷静に自問。

 キッカは穏やかな笑みを浮かべたまま、話を続ける。


「わたしも前回の入團試験で、登城時に見たエルゼル様に一目惚れ。いまイッカちゃんが受けてる学問試験では、壇上のエルゼル様ばかりを見て、問題そっちのけで恋文をしたためました」


「きょ、強烈なエピソードですね……」


 その恋文がお笑いグッズとして戦姫團に残り、立派な額縁に入れられて、現役團員が詰める西棟の休憩室に飾ってあることは、キッカは知る由もなかった。


「おかげで一次試験を越せませんでしたが、悔いてはいません。もし入團できて、エルゼル様と同じ環境で過ごしていたならば……。わたしは早々に失血死かショック死していたでしょう。贔屓として活動しているいまですら、頻繁に卒倒していますから……うふっ」


「は、はあ……。イッカさんも、同じにならないといいですね……。今回もエルゼル團長が、総試験官だそうですから」


「あの子は、そのへんしっかりしてますから。あ、でも……。イッカちゃんにも、憧れのお姉様がいましたわね」


「そうなんですか?」


「わたしが受験したときの、受験仲間です。そのときイッカちゃんは、いまのリッカちゃんと同じ12歳。その方は、エルゼル様の虜になって腑抜けたわたしの代わりに、イッカちゃんの面倒をよく見てくれました。えーと……」


 キッカは右上方へ両目を向けて、左目の下に人差し指をとんとんと当てながら、件の人物を思いだそうとする。


「左目の下に、目立つ赤いホクロがあってぇ……。髪は癖毛でぇ……。えっと、名前は確か……」

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