第014話 断髪

 ──メグリの自宅。

 「休業中」の木札を提げた屋台が横づけされた、木造平屋建ての借家。

 屋内は質素で、薄っぺらいベージュの絨毯、使用頻度が低そうな化粧台、上に本を数冊積んだ小さめのタンス、質素な木製のベッドが主な家具。

 部屋の中央には、屋台にあった長イスが持ち込まれている。

 炊事場には、商売用の調理器具や大きめの鍋が洗浄された状態で並んでおり、目方20キログラムほどの小麦粉の麻袋が、壁に複数立てかけてある。

 森から移動したラネットたち3人は、長イスに昨晩と同じ並び──3人を正面から見て、右からラネット、リム、ルシャの順で座らされた。

 ラネットが、ニスでつるつるに加工されているイスの表面を撫でながら、会話の口火を切った。


「……メグリさん。このイス、屋台にあったやつですよね?」


「そうよ。テーブルにもベッドにもなるわ。有能でしょ?」


「イスが有能というか、メグリさんの適応力が優秀というか……。あははは……」


「あー……その『メグリさん』はやめてくんない? 名前呼ばれ慣れてないから、なんだかおもゆいのよね」


「は、はあ……」


「……というわけで、以後わたしを『師匠』と呼びなさい! いろいろ指南してあげる立場だしね! はっはっはーっ!」


「お師匠……ですか。わかりました」


「オレも師匠と呼んでやっていいぜ。剣はつえーし、うめーメシ作るしな」


 他者の下につくのが苦手そうなルシャが、すんなりと受け入れて満場一致。

 ルシャの素直な性根を、周囲に垣間見せた。

 師匠と呼ばれて満悦したのか、メグリが鼻を上向かせ、右手の人差し指を立てて、3人の後ろを右に左に往復する。


「……さて、替え玉受験の下ごしらえといきましょうかね。まず、ラネットとルシャ。ふたりの髪をばっさり切って、リムのヘアスタイルとかっちり揃える」


 ロングヘアー女子に対し、あっさりと断髪を言いつけるメグリ。

 リムが「えっ、えっ?」と取り乱しながら左右に顔を振るが、ラネットとルシャは特に動揺を見せていない。


「……そして、リムの髪と同じ色に染める。同じ顔をみっつ作って、得意な科目ごとに入れ替わるってわけね」


 メグリがリムの背後に立ち、両手を広げてラネットとルシャの頭を撫でながら、話を続ける。


「切った髪で、ウィッグを作る。二人は従者のとき、そのウィッグを被って過ごす。替え玉受験中は、リムが入れ替わってる子のウィッグを被る。これだけ長い髪なら、ボブをすっぽり隠せるウィッグできるでしょ」


 リムは二人の断髪を気の毒に思い、おずおずと左手を上げ、異議を申し出る。

 内気そうな外見ながらも、主張はきっちり行う性格が、他者には見て取れた。


「あの……。わたしの髪型に似せたウィッグを調達して、お二人に被せるというのは、ダメでしょうか?」


「ダメね。城塞へ入る前に、100パー手荷物検査があるわ。そこでウィッグ見られたら、企みバレバレでしょ。でも登城時点でウィッグ着けてたら、まず疑われない。それが従者で、かつ相性抜群の自分の毛のウィッグなら、なおさらね」


「なるほど……」


「それに二人の毛量じゃ、ウィッグに収まらないわ。どの道切らなきゃダメよ」


「お二人は……いいんですか? そんなに立派な長髪を切っても?」


 眉をひそめ、心配げに、交互にラネットとルシャを見るリム。

 その配慮をよそに、二人はのほほんとした微笑を浮かべている。


「ボクならいいよ? 入團試験対策で、伸ばしてただけだもん。このポニテ、村に帰ったらバッサリ落とすつもりだったんだ」


「オレもだ。タダでカットしてくれんなら、逆にありがてーぜ」


「そ、そうなんですか……。では、カットはわたしに任せてください。実家が理容院で腕に覚えありますし、旅先でのお手入れ用にと、道具一式持ってきてますから」


 ほっとした様子で、カッティングを申し出るリム。

 メグリがでかしたとばかりに、リムの頭をなでなでし始める。


「それは助かるわねぇ。自分の髪型は、自分が一番知ってるでしょうし。わたしも少々散髪の心得あるけど、だったらリムに任せるわ。ウィッグは、町の職人に大至急でお願いしましょ」


「眉毛の形も、揃えたほうがいいですね。お師匠様、眉の色はどうされます?」


「その都度、水性の塗料で色着ければいいんじゃない? 前髪下ろしてれば、それで通用するっしょ」


「そうですね。あと……瞳の色が違ってるのが、結構問題だと思うんですけど……。騙しとおせるでしょうか?」


「ふふーん。それについては、秘策があるのよ」


 メグリが化粧台の引き出しから、親指大の白い円形ケースをひとつ取り出し、3人の前でその蓋を開けてみせる。

 中には、3人の小指の爪よりも小さな、正円状で薄緑色の、薄いガラスのようなものが収められていた。

 リムが眼鏡のレンズの縁をつまみながら、それを食い入るように見る。


「……お師匠様、これは?」


「カラーコンタクトレンズ~~~! てってれー!」


「てってれー?」


「……そこは効果音だから聞き流して。これは、カラーコンタクトレンズ。通称カラコン。瞳の色を変える、おしゃれアイテムよ」


「はぁ~。こんなものがあるんですか。初めて見ました。魚のうろこみたいですね」


「わたしの故郷くにじゃ普通に出回ってるけど、ここいらには、まだ伝わってないのよ。つまり、『瞳の色を変えてる奴がいる』なんて、だれも疑わないわけ」


「なーるほど……」


「このカラコン、数はあるんだけど、わけあってこの色しか持ってなくてねー。で、このカラコンとリムの瞳の色が、ドンピシャ。屋台でリムの瞳を見たとき、これなら替え玉受験いける……って思ったのよ」


「……確かに、わたしたち背格好近いですし、このカラコンがあれば見た目を相当近づけられますね。いけそうです!」


 リムが立ち上がり、部屋の隅に置いていたキャスター付き鞄を引いてくる。


「そうと決まれば、ちゃちゃっと切っちゃいましょうか!」


 メグリがベッドのシーツをまくりあげ、ナイフでそれをシュッ……と裁断。

 二分されたシーツで、着席中のラネットとルシャの上半身を覆った。

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