チームとんこつ
第012話 確認
──翌日の朝。
兵舎で一夜を明かしたラネット、リム、ルシャの3人は、屋台の店主に指定された集合場所にいた。
昨晩屋台があった場所に近い森。
その少し奥にある、円形に拓かれた、背の低い雑草が茂る一帯。
そのエリアの端で、ラネットが歌声を上げている。
「────────♪」
予備試験で歌わされた課題曲。
この国の多くの学校で、音楽の授業に採用されている、メジャーな合唱曲。
ラネットから1メートルほど間を置いてリムが並んでおり、手にしたバインダーに鉛筆を走らせている。
拓けた一帯の中心部では、ルシャが大声を上げていた。
「おらぁあああああぁああっ!」
ルシャと店主が、木剣を交わらせている。
ルシャが木剣を力強く振るい、右から左から、俊足を交えた攻撃を繰り出す。
──ガッ! ガッ! ガッ!
一方の店主は、ルシャの攻撃を最小限の動作で打ち返す。
前後左右にわずかに足を動かすものの、その体幹はまったくぶれを見せない。
「……守り固ぇな。おばちゃん、素人じゃねーだろ?」
「そういうあんたもね。力任せの剣じゃなく、ちゃんと腰と手首の回転乗せてる。型からしっかり学んでる、重い剣じゃないのさ」
「けっ! 上からモノ言うんじゃねーよ!」
徐々に全力へとシフトしながら打ち込むルシャに、明らかに五分、あるいはそれ以下の力で捌いているふうの店主。
両者の力の序列は、剣の素人であるラネットとリムにも一目瞭然だった。
店主の技量に、驚きの声のひとつも上げたいラネットだが、「周囲の状況に惑わされず、フルコーラスをきちんと歌いきりなさい」という店主の命令に、愚直に従っている。
「────────♪」
ラネットの弾む歌声を楽しみつつ、リズムを動作に取り入れるかのように、店主が軽快に木剣を操る。
「いい声ね、ラネット。さすが甲判定の喉! ほらほらルシャ、もう2番のサビに入ってるわよ。ラネットが歌い終える前に、一本くらい入れなさいよ?」
「うるせえっ!」
ルシャは相手の側面や背後を捉えようと、振りと移動を同時に行って惑わし、時にフェイントも交えた。
──ガッ! ガッ! ガッ!
しかし、木剣が音を立てるたびに、店主が真正面に立っている。
「チッ……打ってこいよババア。オレが疲れるの待ってんのならムダだぜ。なんせ、アンタよりずっと若いからよ!」
「んー……いまんとこ、打つ気にさせてもらえないわねぇ。うっかりカウンター決めちゃったら、骨砕いちゃいそうだし」
「抜かせっ!」
年齢を用いた挑発にも乗らない店主を見て、攻撃を再開するルシャ。
右上からの大振りの袈裟斬りを店主に受けさせると、その反動を利用して間合いを取り、すかさずダッシュで間合いを詰めての上段打ち。
それを、木剣の両端を握って受ける店主。
ルシャは剣が交わったところに注力し、垂直に飛び上がって、左足で蹴りを放つ。
「もらったああああっ!」
しかしその渾身の蹴りは、宙をスカった。
「……おっ?」
ルシャの腹部に着いた靴跡。
ルシャの目に映る、突き出された店主の右足。
そして店主のスカートの奥にある、使用感に満ちた、着古した白い下着。
店主は先に蹴りを放っており、それが入ると同時に剣を押し返して、ルシャの腹部へのダメージを軽減させていた。
後方へ押し飛ばされたルシャは、長い対空時間を経て、肩甲骨から落ちる。
「────……………………♪」
同時にラネットが、フルコーラスを歌い終えた。
店主は尻もちをついた格好のルシャの前に立ち、木剣を地面に突き立て、柄の端を両手で覆い、手の甲へ顎を乗せる。
「……あらあら、受け身は下手そうね。真剣持った状態で五点着地できないと、戦姫團にゃ通用しないよ~?」
「うるせぇ!」
尻もちをついた姿勢のまま、いらだち混じりに店主の木剣を蹴るルシャ。
──ゲシッ!
しかしその木剣は、まるで巨木のごとく、ぴくりとも揺れなかった。
「……ひっ!?」
足の裏に得体の知れない悪寒を覚え、ルシャがすぐに木剣から足を離す。
剣を交えていたときには感じられなかった、殺気、剣圧が、そこにはあった。
「顎カックンしたかった? 残念でした~♪」
悪戯っぽく微笑む店主だが、地に立てた木剣からは、「逆らうな」「従え」という圧がビリビリと発せられている。
ルシャは、打ち込まれていたら自分の身が危なかったことを、しぶしぶ悟った。
「…………おばちゃん、もしかして戦姫團上がりか?」
「いーや? この程度でわたしを戦姫團と勘違いしちゃうようじゃ、全然ね」
「ちっ……」
「とりあえずルシャ? これでわたしの話を素直に聞いてくれるっしょ? あんた、『オレより弱い奴の命令聞かねえ!』って顔してるからさ。ふふっ」
「へっ……。わかってんじゃねーか……」
吐き捨てるように言ったルシャだが、すぐに笑顔を浮かべ、左親指を立てた。
「……だから乗ってやるぜ! おばちゃんの替え玉受験作戦によ! でも、その前に……」
「ん?」
「おばちゃんの名前、教えてくれ。
「あれー? そういやまだ、名乗ってなかったっけ?」
剣圧を解き、背筋を伸ばす店主。
ラネットたち3人が視界に入る位置へ移動して、肩に木剣を乗せ、ウインクをする。
「わたしはメグリ。メグリ・ホシガヤよ」
「……ヘンな名前」
「よく言われるわ。遠い国の出なもんでね。……さ、不合格組の力量も確認したことだし、わたしんちで作戦開始といきまっしょい!」
腰を落としたままのルシャへ、手を差し伸べるメグリ。
その向こうで、鉛筆を走らせていたリムの手が止まった。
「……っと、できました。ラネットさん、いかがでしょう?」
バインダーに挟まれた紙には、美しい少女の肩から上が、写実的に描かれていた。
ラネットから伝えられていたトーンの特徴を元に描いた、現在のトーンの想像図。
絵を受け取ったラネットは、バインダーの両端を握りしめ、食い入る。
「ありがとう! うん! トーン、きっとこんな感じになってると思う! っていうかリム、絵めっちゃ上手!」
「ふふーん、絵心には少々覚えがありまして。教員免許が貰えたら、美術の先生もいいかな……って思ってます。エヘッ♪」
アンニュイな顔つきの、肩の後ろまで髪を伸ばした少女の鉛筆画。
灰色の髪、碧眼、赤い唇が、濃淡でうまく表現してある。
睫毛とふれあう前髪などは、まさにラネットの記憶の中のトーンそのものだった。
ラネットは腕を伸ばし、真上に近づき始めた明るい太陽に、その絵をかざす。
7年前、松明を背に現れ、滑落した自分を見つけだしてくれたときのトーンの顔を、ありありと思いだすラネット。
「トーン……本当にお城にいるのかな。会いたいな……。会えるといいな……」
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