第011話 奸計
ラネットと赤毛の少女が背を丸め、チャーシュー付き替え玉へ食いつく。
その狭間でリムは、眼鏡を湯気で曇らせ、口の端から涎を垂らしつつ、葛藤で身を震わせている。
「あ、あの……。わたし……一次試験があるので、これ以上の食事は……」
リムの脳内で「食べたい」という文字が無数に乱舞しているが、その中心には「意思」と書かれた鋼の柱がそびえ立っている。
その思考を読んだかのように、店主が悪戯っぽい笑みを浮かべて、リムに囁く。
「ブタの軟骨ってね……。コラーゲン……っていう美容にいい成分が、たっぷり含まれてるのよ。たーっぷり……ね」
──ガキイイイイイィン!
リムは生まれて初めて、「鋼の意思が折れる音」を聞いた。
眼鏡の曇りをハンカチで拭き取り、フォークを手にすると、左右の二人に追いつけとばかりに、替え玉をがっつき始める。
店主はいすへ腰を下ろし、食事に集中する3人の姿を、やや神妙な面持ちでじっと眺める。
「ほーん。あんたら揃って、一次試験で満足なのね。そんで、全員左利き……と」
……ほどなく3人が、申し合わせたように麺と具を駆逐。
揃ってどんぶり鉢を抱え、替え玉によって消費され、残り少なくなったスープを、喉へと流し込む。
最初にどんぶり鉢を置き、完食報告をしたのは、赤毛の少女だった。
「ぷはーっ! うまかったー!」
次いでラネットがどんぶり鉢を置き、満面の笑みと、唇の端のネギを披露。
「ごちそうさまぁ! 最っ高においしかった!」
最後にリムが、再び眼鏡を湯気で曇らせながら、どんぶり鉢を置いた。
「ごちそうさまでした! 元気と栄養、たくさんいただきました。アハッ♪」
それらを受けて店主がうんうんと頷き、ピッチャーで食後の冷水をグラスに補充。
3人に水を配り終え、ピッチャーをしまった店主が、含みのある笑顔で話しだす。
「……ね。あんたたちの受験票、見せてくんない? 見せてくれたら、それおごりにしてあげるわ」
その提案にいち早く飛びついたのは、路銀の節約に余念がないラネット。
「えっ、いいんですか? ホントに!?」
赤毛の少女も、遠慮の欠片も見せずに話に食いつく。
「マジかよ! そんな紙クズでよけりゃいくらでも見せるぜ!」
リムだけは遠慮がちに、そしていぶかしげに、断りを申し出る。
「あ……あの、それは悪いです……。このお料理、結構高そうですよね? おかわりまでいただいてますし……。それに受験票って……」
しかしその遠慮がちな発声は、左右二人の大声にかき消された。
そしてリムが話を終える前に、左右二人がなぜかちょっと誇らしげに、不合格の結果が記された受験票を、上辺を掴んで掲げる。
ラネットがお尻のポケットへ四つ折りで入れていた受験票には、くっきりと十字の折り目が刻まれており、赤毛の少女がズボンの前のポケットから取り出したそれは、くしゃくしゃに丸められた際の皺が走りまくっている。
リムは、不合格の二人が抵抗なく受験票を取り出したのを見て、膝の上に置いていたバインダーをおずおずと同じ高さに掲げた。
店主がラネット側から順に、名前と結果を読み上げていく。
「……ラネット・ジョスター。甲、丙、乙、乙」
「……リム・デックス。丙、甲、丙、甲」
「……ルシャ・ランドール。丙、丙、甲、乙」
「ふんふんふん……。容姿以外は、いい感じに得手不得手がばらけてるわね。じゃあ次、まっすぐ立ってみて。全員」
「「「えっ?」」」
「いいから立つ!」
──パンッ!
聞いた側さえも手が痛くなりそうな、手を打つ音。
姉御肌の雰囲気を持った店主による、覇気のある命令。
3人の体が、思わずピンと垂直に立つ。
店主はルシャの頭頂部の高さに掌をかざすと、それをリム、ラネットへと水平にスライドさせていく。
「背格好は……まあまあ誤差の範疇。胸も大きすぎず小さすぎずで……全員80センチ弱くらい?」
80弱という数字を受け、ラネットが両手で、リムがバインダーで胸元を隠した。
その赤い顔には、明らかに「図星」「的中」というニュアンスが混じる。
ルシャはバストのサイズなど意に介さないといった様子で、直立したまま。
店主は3人のバストを確認し終えると、ニンマリ笑みを浮かべた。
「これはいけそうね。な・に・よ・り……!」
店主がカウンターを両手で叩き、身を乗り出して、リムの顔を覗き込む。
リムの薄緑色の瞳に映りこんだ店主の姿が、ぐにゃりと
「リムの目の色、いい! すっごくいい! 運命を感じるわ!」
店主の茶色い瞳に映り込んだリムが、ちょっと引き気味に返答。
「そ……そうですか? あ、ありがとうございま……す?」
店主はリムから顔を少し離し、視線を両わきへ交互に振る。
「ラネットとルシャも、すてきな髪の長さよ。いいウィッグ作れそ!」
その言葉を受けて、ラネットは腰まで伸びる自身のポニーテールを、ルシャは太腿まで伸びる自身のストレートヘアーをチラ見し、顔を正面に戻してから呆けた表情を浮かべる。
「「……は?」」
「わたしが言わんとすること、まだわかんない? ここ見なさい! こーこ!」
リムが胸元に持っている、バインダーに挟まれた受験票。
その補足事項の一文を、店主が指さし、話を続ける。
「一次試験以降は従者を二人まで同行可……ってあるでしょ? リムは、ラネットとルシャを従者として採用してあげる! ラネットとルシャは、そのお礼に歌唱試験と武技試験を引き受ける! これで
いまだ要領を掴めていない……といった表情のラネットとルシャの間で、一人店主の意を察したリムが、目を丸くして、声を詰まらせる。
「あ、あ、あの……。それって……もしかして……!?」
待ってましたとばかりに店主が左手を腰に当て、人差し指を立てた右手を前に突き出して、不敵な笑顔を浮かべる。
「そう! 科目ごとに変装しての、替え玉受験! 不正! ズル! インチキ!」
「「「ええぇええぇええーっ!?」」」
3人の驚きの声が、屋台の屋根を吹き飛ばしそうな勢いで、夜空に響いた。
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