第010話 替玉

 ──日が落ち、薄暗くなった城下町の外れ。

 とんこつラーメンの屋台では、店内の四隅に提げられたランタンに火が入り、周囲に赤っぽい明かりを漏らしている。

 暖簾の奥では、少女たちが黄色い声を上げながら、舌鼓を打つ。

 ラネットが箸を用いて、口をとがらせて麺をかきこんだ。


「なにこれめっちゃおいしい! スープ浸かってるのに、麺が全然水っぽくない! スープが濃厚だから、べしょべしょ感ゼロ! こんな料理あったんだ!」


 リムがフォークで麺をくるくると絡めとり、それを再度スープに浸す。

 麺の塊へスープをたっぷりとまとわせてから、口内へ運んだ。


「ああああ~♪ なんて濃厚で強烈なスープ♪ 強烈すぎて一瞬下品な印象を抱いたけれど、その実、様々な具材から味を抽出した繊細なバランスっ♪ 好物のオニオンスープ超えかも~♪」


 赤毛の少女が、箸でチャーシューをぶっ刺し、その先で麺を束ねてから、豪快に口へ放り込む。


「うまっ! この肉うまっ! 噛むたびタレがじゅーじゅー染み出て、めっちゃ麺が進む! オレ肉派だけど、これ味濃すぎて、麺で繋がねーと太刀打ちできねぇ!」


 三人の大満足気な様子を見て、目を細める店主。

 ほっぺたを膨らませ、もにゅもにゅと口を動かしながら涙するラネットの前で、カウンターの上で手を重ね、顎を乗せる。


「みんないい反応ね~。普段オヤジしか来ない店だから、すっごい新鮮♪」


「ホントおいしいですうぅ……。予備試験落ちてヘコんでたんですけど、これで生き返りました~。正直、帰りの山中で力尽きるかもって思ってました~」


「若いんだから、戦姫團なんてたくさんある選択肢のひとつじゃない。この経験を、次のチャンスを生かしなさいって!」


「今回の試験……。ボクにとって唯一無二のチャンスだったんです。ここのお城に会いたい子がいて、一次試験に進めれば再会できるかも……って、思って来たんです」


「へー……それは御愁傷様。会いたい子って、片思いの女の子?」


「……ボク、男の子に見えます?」


「それなりに。ふふっ」


 店主が細めていた瞳を完全に閉じ、悪戯っぽく笑う。

 その屈託のない笑顔を受け、ラネットは反論のタイミングを逸してしまった。


「まあ、男っぽいのは否定しないですけど……。会いたいのは、ボクの命の恩人。同い年くらいの女の子で…………あっ、そうだ!」


 なにかを思いついた様相のラネットが、ガラスコップの冷水をぐいと飲み、口内をさっぱりさせてから、微笑交じりの真剣な表情でリムを向く。


「……きみに言伝ことづて頼んでいい? もし、お城の中でトーンっていう女の子に会ったら、ボク……ラネットが『いまでも感謝してる』って、伝えてほしいんだ!」


 唐突に話を振られたリムは、口内の麺を急ぎ飲み下し、その際に跳ねたスープの雫を頬につけながら返答する。


「え、ええと……。伝える相手がトーンさんで、あなたがラネットさんですね?」


「うんっ! トーンはボクたちと同じくらいの年で、髪の毛は白寄りのグレー。色白で、目はちょっと細くて大人っぽい感じ。瞳の色は……きみより少し薄めの緑。たぶん、給仕とかのお仕事してると思う。あと……」


 ラネットが両手で両耳の端をつまみ、左右に引っ張ってみせながら続ける。


「……耳がいいって、評判かもしれない! うん!」


 その一言にぴくりと耳を震わせ、薄く目を開く店主。

 リムが頬のスープをハンカチで拭き取りながら、承諾の返事をする。


「わかりました。その方に会えたら、必ず伝えておきます。もしよろしければ、手紙のやりとりができるよう、ラネットさんの住所も承っておきますけど?」


 リムが背後の鞄から、受験票を挟んだ木製のバインダーを取り出す。

 受験票をめくって、その下にあった白紙を用意すると、ペンを握った。

 「えっ、それじゃあ……!」と、住所を述べようとしたラネットに、店主が口を挟む。


「いい話のとこ悪いけど、続きは食後にしてくれる? 冷めると味落ちちゃうからさ。あと、城塞にはいりする郵便物は全部検閲されるから、そこんとこ注意ね」


「「あ……はいっ!」」


 店主の言葉を受けて、ラネットが再び箸を握った。

 リムもバインダーを伏せて膝の上へ置き、食事へ戻る。

 いまのやりとりを素知らぬふりをして聞いていた赤毛の少女が、独り言を装って、つぶやきを始める。


「オレも一次試験にゃ、進みたかったな……」


 スープだけが残ったどんぶり鉢から顔を放し、後頭部で手を組んで、屋台のひさしを見上げる。


「一次試験じゃ團員とサシでりあえるって噂、聞いてたからさぁ。あーあ、どんなつえぇ奴がいたんだか」


 8割方食べ終えたリムが、フォークの先端をスープに沈め、同じく上を向く。


「……わたしも実は、一次試験突破で貰える教員免許が目当てだったんです。でも、全然合格できそうな気がしなくて……。ちょっと、逃げ出したくもなっていました」


 沈んだ表情をしつつ、形よく尖った顎の先端を、店主へ向けていたリム。

 それが正面へ戻ったときには、笑顔に変わっていた。


「……だけど、ここで美味しいとんこつラーメンを食べて、元気出ました。ラネットさんから言伝頼まれて、自分がお城へ行く意義も増えましたし、頑張ってきます!」


 ちょうど完食し終えたラネットが、最後の麺をちゅるんと吸い込んで会話に参加。


「うん! その意気その意気! ボクの分まで頑張って!」


 赤毛の少女も顔を戻し、両手で握りこぶしを作る。


「……よーし! あした不合格組から強そうな奴見つけて、野試合ふっかけるかぁ。オレみてーに、ほかはダメでも武技つええって奴、いるだろうからさー」


 少女たちの奮起を受けて、元気を分けてもらったかのように身を起こした店主が、 再び麺をお湯にくぐらせ始めた。


「そうそう、女の子は元気が一番! 替え玉で勢いつけな!」


 ラネット側から順次、平皿に盛った熱々の麺を、表面を波立たせることなくスープに沈めていく店主。


「とんこつラーメン界隈では、麺のお代わりを替え玉って言うの。きょうは特別に、チャーシューもつけてあげるわ。内緒よ?」


 またラネット側から順次、チャーシューが2枚ずつ乗せられていく。

 熱とボリュームを取り戻した、とんこつラーメン。

 その表面に、チャーシューから滲み出たタレが広がり、ギトギト感が加算。

 チャーシューには先ほどと違って焦げ目がつけられてあり、味と食感の変化を予感させる。


「「「おおぉおぉおおぉ~!」」」


 瞳をキラキラさせ、口を縦に伸ばし、抑揚に満ちた歓声を上げる3人。

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