第007話 不合格

「……落ちた」


 ──予備試験終了。

 夕日に染まるツルギ岳。

 ラネットは試験会場から出て数十歩進んだところで、立ちすくんだ。


「歌唱……甲。学問……丙。武技……乙。華麗………………乙」


 直立のままこうべを垂れ、へその高さに持った受験票記載の試験結果を声に出す。


「甲、丙、乙、乙! 何度数えても、甲はひとつだけっ! あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……これじゃトーンに会えない゛い゛い゛い゛い゛ぃ!」


 軽いパニックを起こし、上半身を後方へのけ反らせるラネット。

 しかしほどなく持ち直し、前傾姿勢にシフトする。


「そ……そうだっ! 合格の条件勘違いしてるかも! 甲ひとつだったかも! いやいや、乙ふたつだったかも!」


 試験結果の上に記載されている、合格条件を再確認。


「4科目中2科目で『甲』を得た者が合格とされ、一次試験へ進める……。4科目中2科目……。2科目……」


 再度、試験結果に注視。


「歌唱甲っ! 学問丙っ! 武技乙っ! 華麗乙っ! 何度数えても甲ひとつっ! ダメだあああぁあああぁ!」


 ラネットは力なく両膝をつき、背筋を伸ばしたまま放心した。

 その周囲には、同じように悲しみに打ちひしがれる少女が多数。

 ラネットの耳に、感情剥き出しの少女の叫びが、矢継ぎ早に飛び込んでくる。


「どうしてっ! どうしてわたくしの華麗が乙なの!? 試験官見る目なさすぎよ! いいえっ、これはインチキよ! 茶番よ詐欺よぉ!」


「わたし勘違いしてた……。わたしかわいくなかった……。どのツラ下げて帰れっていうの……。わたしかわいくないないないない……」


「甲ひとつもないって……どういうこと? アタシ……村一番の優等生でしょ?」


「ざけんなっ! 軍の登用試験だろうが! なんで歌の試験あんだよクソがっ!」


「バカばっかり! 軍なんてどうせのうきんびいきでしょ! いいわよ、わたし政治家になって、軍人顎で使ってやるから!」


 絶望、羞恥、自虐、憤怒、責任転嫁……。

 様々な感情を露にした不合格者の群れが、試験会場の出口を端緒に、扇状に広がっている。

 その数、数百。

 ラネットの目には、朝に見た待機列とほぼ変わらない人数に見える。


「……みんな、村長さんや町長さんから、限りある推薦状を貰った子たち。言わば、地方予選を勝ち抜いてきた子たち。それでも不合格者がこんなに……。戦姫團入りの壁って、こんなに高いんだ……」


 ラネットは山吹色に染まるツルギ岳を見上げてから、再び不合格者の群れへ視線を落とし、力なくつぶやく。


「うん……そうだね。戦姫團に憧れてきた子たちがこんなに落ちてるのに、別目的で来たボクが、受かるわけないよね……」


 よろよろと立ち上がるラネット。


「トーンに会いたいっていうのも、しょせんボクの独り善がりだし……。トーンがボクとの再会を、喜ぶかもわかんないし……」


 膝頭についた土と小石を、ささっと右手で払う。

 それから受験票を四つ折りにし、お尻のポケットへとしまいこむ。


「トーン呼ぶのをやめる、いいキリかもね。ボクの暮らしから、日課がひとつ消える……ってだけの話」


 ラネットの脳裏に、背負子に並んで座ったトーンの顔と言葉が蘇る。

 ──飽きたらやめていいから。


「……飽きたわけじゃないよ。きみはずっと、ボクの命の恩人。それは変わらない」


 瞳を閉じてふるふると顔を振るラネットの背後で、兵舎の門が開く音がする。

 それから、朝に号令をかけた女性兵の声が続いた。


「兵舎に夕食と寝床を用意しているっ! 宿の当てがない者は、必ず来るように! 野宿や夜間の帰郷は、絶対にせぬようっ!」


 それを聞いて不合格者がぽろぽろと、先刻まで試験会場だった兵舎へと、力なく向かう。

 しかし、その場にうずくまったままの者も多数。

 いましがた自分を排除した建物へ暖を取りに戻るのは、エリート志願の年ごろの少女たちには、難しいことだった。

 程度の差はあれ、それはラネットも変わらない。


「……落ちた以上、路銀はできるだけ節約しなきゃだし、宿はここに甘えるかな。でも夕食くらいは、せっかくだから町で食べたいな」


 気分を少しずつ切り替えながら、城下町へと歩む。

 町の中心部では、飲食店の扉や窓の隙間から、縮んだ胃を刺激するにおいが流れてくる。

 ラネットがそばにあったレストランを窓から覗くと、恐らく合格組であろう少女たちが、笑顔で談笑する姿が飛び込んできた。


「ここはちょっと無理かな……。料理喉通らなさそ……。はは……」


 空いている店を求めて、ラネットはふらふらと町をさまよう。

 次第に家屋がとぎれとぎれになり、町の外れが近くなっていた。

 このままでは町を出てしまうと、きびすを返そうとしたラネットの視界の端に、一軒の屋台が見えた。


「屋台……。なんの料理だろ……?」


 3人程度が座れる長イスを備えた、こじんまりとした三角屋根の屋台。

 その至るところから、白い蒸気がもうもうと立ち上っている。

 藍色の暖簾のれんの隙間から漂ってくるにおいには、じゅうにくくささとあぶらくささが多分に含まれているが、その強烈な臭気は濃いうまを期待させる。

 ラネットにとって、ここまで通りすぎてきたどの飲食店よりも食欲をそそった。

 暖簾には、店名とも料理名ともわからぬ文字列が、白い塗料で殴り書きのように連ねてある。


「とんこつ……ラーメン?」


 客の姿がないその屋台へ、ラネットはふらふらと吸い寄せられていった。

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