予備試験

第005話 開場

 ──予備試験当日、朝。

 城下町西側の山裾にある、横方向に長く伸びる三角屋根の木造平屋建て。

 陸軍の訓練時に使われる兵舎で、戦姫團の入團試験では予備試験会場となる。

 ラネットは町中の見物もほどほどに、建物の前に立った。

 「予備試験会場」と書かれた横断幕の下にある両開きの門は、まだ閉じている。

 口内に緊張時の酸味を覚え、閉じた口をぐにゃぐにゃと歪めるラネット。


「いよいよ……かぁ。うぅ……緊張するぅ……」


 門の前には、既に数十人の受験者が、張られたロープに沿って並んでいる。

 端正な顔立ちと起伏ある体型を持つ、大人びた少女。

 丸い目をくりくりと遊ばせる、まるでぬいぐるみのように愛らしい小柄な少女。

 緊張からか、生まれたての子ジカのように震えている、ボブカットの眼鏡少女。

 絵本に登場するお姫様のように着飾り、長い髪を幾層にも盛り上げた少女。

 同郷の村娘としか交友がないラネットにとって、その様は壮観だった。


「さすが、かわいい子多いな~。もはや合格者……って感じの子がいっぱい」


 町の中心部からも、いかにもな風貌の少女たちが、ぞくぞくと集ってくる。

 ふくらはぎまで垂れたおさげを揺らす、あどけなさと精悍さを顔に併せ持つ少女。

 ジト目をせわしなく左右に動かし、他の受験生の動向を伺う少女。

 褐色の肌にビキニじみた軽装をはべらせる、肉感的な高身長少女。

 そして、メイド服の女性従者2人を付き添わせ、ゆっくりと進んでくる、一人乗り用の閉鎖的な籠馬車……。

 褐色肌の少女がラネットの前を通る際、そのスイカを二つ並べたかのような豊満な胸が、窮屈な衣類の中でぶるんと縦方向に反発しあった。

 ラネットは思わず自身の胸元を両腕で覆い、後ずさりしてしまう。


「む……胸の大きさって、評価に影響するのかな……?」


 続々と集まってくる少女が、磁石に吸われる砂鉄のように、待機列と一体化する。

 整った容姿の少女の群れに、ラネットは徐々に気後れしていった。


「あそこに並んだら、ボク浮いちゃいそう。それにお化粧と香水のにおい、ちょっとキツいかも。受け付け始まるまで離れとこ……」


 ラネットは後ろ歩きで待機列から距離を取り、近くの林に半身を入れるようにして、辺りを伺う。

 同じ心境なのか、ラネットと同じ位置取りをしている少女が、ポツポツと点在している。


「ここらにいるのは、ボクと同じ体力派かな……?」


 ラネットが視線を左右にちらちら泳がせていると、一人の少女と目が合った。

 大きな石に腰掛けて片膝を立て、手の甲に顎を乗せている赤毛の少女。

 ノースリーブの白いシャツに、袖口がボロボロの半袖の上着。

 両太腿辺りで破れたジーンズと、それを固定する太いなめし革のベルト。

 その少女は、ラネットには興味なさげといった様子で、すぐに視線を外した。


「本当にいろんなタイプの子が、あちこちから集まってるんだな~」


 ラネットはふと、試験会場の背後にそびえるツルギ岳へと顔を上げる。

 兵舎の裏手からツルギ岳の中腹へ続く未舗装のつづら折りが、森の隙間から見え隠れしている。

 山に慣れ親しんだラネットには、樹木の植生からつづら折りの全容が透けて見通せた。


「……あの道の先に、トーンがきっといる。この予備試験、絶対合格するんだ!」


 ラネットのその決意に応じるかのように、兵舎の門が開いた。

 受験者たちが小鳥の群れのように、黄色いざわめきを立てる。

 門の中から、陸軍の制服をまとった武骨な大人の女性が一人現れ、声を発した。


「これより陸軍戦姫團入團試験、その予備試験を行う! 志願者は受験票を持ち、2列を作りて、速やかに受け付けをすませよ! 会場内では私語を慎み、試験官の指示に従うこと!」


 離れているラネットにも一字一句鮮明に聞こえる、高く力強い号令。

 受験者たちのざわめきをかき消し、辺りに静寂をもたらす。

 それまでざわめきに埋もれていた野鳥のさえずりが、チチチ……と長閑のどかに響いた。

 その静寂に逆らうかのように、ラネットのそばにいた赤毛の少女が立ち上がり、拳と掌をバシッと合わせ、白い歯を見せてニヤける。


「ひゅーっ! 強そうなネーちゃん出てきたじゃねーか! 戦姫團入ったら、毎日あんなのとれんのか!」


 赤毛の少女が右足を一歩前に出して膝を曲げ、高い瞬発力をもって列へ駆け出す。

 ラネットはその野生動物じみた初速に度肝を抜かれた。


「速っ!」


 赤毛の少女の姿が、受験者たちで彩られた人波に溶ける。

 体力を心のよりどころのひとつにしていたラネットは、一人震撼する。


「そ、そっか……。かわいい子ばかりじゃなくて、強い子もいっぱいいるんだ。さすがエリート軍團の入團試験……。受ける前から臆してちゃダメだね!」


 ラネットは肩幅に足を開き、握りこぶしを左右に突き出し、胸を反らせて叫んだ。


「いっくぞおおおおおぉおおおっ!」


 その叫びは、号令をかけた女性兵の鼓膜を震わせた。

 兵舎の背後にそびえるツルギ岳へ登りそうな勢いで、ラネットは駆け出した。

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