第004話 防火帯
──ナルザーク城塞。
ツルギ岳を背にして、標高約350メートルの高台に築かれた陸軍の防衛拠点。
若き女性のみで編成される特務部隊、戦姫團の居城。
連峰による天然の外壁と、周囲の深い森によって、その外観は容易に望めない。
ラネットの下山と同じころ、森の中に一人の女性兵の姿があった。
戦姫團の團長、エルゼル・ジェンドリー。
2年任期の團長を3期連続で担う、24歳の才媛。
ナルザーク城塞の城主に相当する。
「あすは入團予備試験……か。早いものだ、フフッ……」
日の差し具合によって金髪にも見える、光沢溢れる銀髪のウルフカット。
切れ長の目の中で輝く、淡い山吹色の眼球。
色味薄めの形の良い唇は、男女を問わず吸い寄せられそうになる。
すらりとした長身を覆う白い軍服はスリムスーツのような仕立てで、エルゼルの長い手足をくっきりと浮かび上がらせている。
肩、肘、膝、胸部に白銀の防具を備え、その下へ上手く服の遊びを収納。
生地も柔軟性と強度を両立させた特注品で、直線的な印象の見かけに反し、自由自在な
いかにも男装の麗人といった風体のエルゼルは一人、ナルザーク城塞の周囲に敷かれた、幅4メートル弱の防火帯を行く。
「わたしの最初の配属地……。ここを歩いていると、胸を躍らせて城の門戸を叩いたのが、つい先日に思える」
防火帯とは、山火事の延焼を防ぐために森林が伐採されたエリア。
樹木の再生を阻害するため、伐採後に大きめの石がばら撒かれることもある。
ナルザーク城塞の防火帯は地表の土がよくならされており、遊歩道と遜色ない。
見張り兵が常駐する木造の詰め所前に着いたエルゼルは、新緑薫る森の空気を軽く吸うと、やや低音寄りの凛々しい声を上げた。
「……戦姫團團長、エルゼル・ジェンドリーだ! 異常はないか!?」
エルゼルの声に応じ、詰め所の扉を開けて二人の女性兵が現れる。
二人はエルゼルの正面に並ぶと、かかとを揃えて直立し、声を揃えて返答した。
「「はっ! 異常ありません!」」
「……よろしい。雨季明けは例年、ツルギ岳へ登りたがるクライマーが増える。見つけ次第捕らえ、速やかに麓の警察へ引き渡せ。奴らの言い訳を聞くのは警察の仕事。きみたちが耳を貸す必要はない」
「「はっ!」」
「まったく……。不法侵入のクライマーには、いつも手を焼かされる。大手を振って登れる日を遠ざけているのはほかならぬ自分たちだと、一向に理解しない。愚かしい。ああ、それから……」
「はっ!」「はっ!」
不機嫌そうな物言いからの「それから……」で、間を与えられた二人。
緊張によって、その返答にわずかなズレが生じた。
エルゼルは左靴の裏で地面を数回擦ったあと、不意に笑みを浮かべる。
「……よく巡回してくれているようだな。均一に踏みならされた地表から、きみたちの日々の勤労が伝わってくる。感謝する」
「はっ!」「あ……ありがとうございますっ!」
「ところどころに水を撒き、表面を柔らかくするのも忘れずにな。なにしろ奴らは、足跡をあまり残さない。ささいな努力の積み重ねこそ、この城塞……ひいては、この国を守るのだ。防火帯は防禍帯……肝に銘じよ」
「「はいっ! 心得てますっ!」」
再び二人の声が揃う。
返答のあと、一人が恐る恐るエルゼルへ話しかける。
「あの……團長こそ、此度の試験官統括の任、お疲れさまですっ! 2回続けての統括任命は、戦姫團史上初の快挙と聞き及んでいますっ!」
「フフッ……ありがとう。わたしも戦姫團に身を置けるのは年内まで。軍のお偉方が気を利かせてくれたのだろう。もっとも前回は、『不合格者を出しすぎだ!』と陸軍大臣からお叱りを受けた黒歴史だがな」
「いえっ! 不正をはたらいた者が不合格に処されるのは当然ですっ! 前回の入團試験、毅然とした態度で不正者を裁く團長のお姿に、受験者だったわたしは檄をいただきました!」
言い終えた女性兵は、吹き出物が目立つ頬を真っ赤に染め、視線を逸らし、唇を真横に閉じた。
「そうか。試験官は憎まれ役だと思っていたが、励みにしてくれる者もいるのだな。少し気が楽になった。規則を破る者さえいなければ、わたしもきみたちも、少しは楽になるのだが……な」
エルゼルが小さく溜め息をつき、身を翻す。
「では、これで失礼する。申し訳ないが、先の詰め所の者にもよろしく伝えてくれ。久しぶりに一周したいところだが、試験会場の設営が途中でな」
「「はっ! お疲れさまでしたっ!」」
二人の視線を背中に感じながら、来た道を戻るエルゼル。
詰め所が視界から外れて数分経ったところで、ふと歩みを止めた。
防火帯の右手わきには、城塞地帯標。
「ナルザーク城塞第一地帯標」と刻字された標石。
エルゼルの意識はその背後にある、樹木とツル植物からなる藪へ向けられている。
エルゼルは腰の剣の柄に軽く左手を乗せ、藪に向けて気と声を発した。
「……ハアッ!」
──ザザザザザッ!
藪の中で、エルゼルの太腿の高さから、草木を分ける音が立つ。
音は右往左往しながら、すぐに藪の奥へと遠ざかった。
「野ブタ……か」
剣の柄を人差し指でトンと叩き、四肢から力を抜くエルゼル。
しかしその表情から、警戒心は消えていない。
「
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