百合+1

秋登

百合+1

「ずっと、ずっと前から貴女のことが好きでした」


 一枚のドアを隔てて声が聞こえる。透き通ったクリスタルの様な声の持ち主は神無月 かんなづき つむぐ、その声の様に美しい美女である。


「___私も。……私も紬ちゃんのことが好きです。良かったら、貴女の彼女にしてくれませんか」


 子猫の様に愛らしい声の持ち主は鷲尾 小夏わしお こなつ、その声に見合う可愛い少女である。


 気持ちが繋がり、感極まった二人のすすり泣きをバックに私は密かにガッツポーズをかます。それはもう、試合終了間際に点を入れたサッカー選手並みの高らかなやつを。


「私はやったんだあーっ!」


 小声での勝利宣言も忘れない。これがプロの流儀。


 ___え?私は誰かって?……ふっ、説明しよう。我が名は鈴屋 奈桜花すずや なおか》。先程成立したカップルの恋のキューピッドにして、二人の幼馴染である。

 まあ、あれだ。三人いた幼馴染の内二人がお互い恋に落ちて一人が当て馬になる奴の百合版だ。いや、私は当て馬じゃないけどね。寧ろその逆というか、二人は前々から滅茶苦茶に応援していた。分かりやすく言えば、___幼馴染相手にはどうかと思うが、___彼女たちは所謂なのである。なのでくっつけられてめっちゃ嬉しい。

 いや、だってね?見てみ、二人のルックス。マジでヤバいから。一般的には中の上くらいには見える私でも月と鼈。というより最早キッチンの黒い悪魔と女神だから。

それくらいヤバいから。しかもそれに加えて頭脳明晰、質実剛健よ。どこのなろう系ですか?って言いたくなっちゃうよ。


 まあ、そんなハイスペックでも一人の乙女。恋心には戸惑ってしまうらしく、中学の頃揃いも揃って私の元へ相談に来た。私も私で百合漫画を参考にし幼馴染百合にハマり、徐々にいい雰囲気になるよう二人にアドバイスを授けてきた。そして文化祭や受験、卒業式、夏祭りにクリスマス。青春イベントの紆余曲折を経て、二人は今日2月14日、バレンタインに結ばれたという訳である。いやあ、中三の秋から一年半、良く頑張ったよ私。


 さてそろそろ腕が疲れたから帰ろうとガッツポーズを解いたとき、教室の中から声が聞こえた。


「あ、なおちゃんにお礼言わないと」


 いそいそと壁に耳をつける。


「奈桜花に?何で」

「実はね、今までなおちゃんに相談してたんだ、紬ちゃんのこと」

「そっか、小夏もなんだ。……私もね、同じ。ずっと奈桜花にアドバイス貰ってた」


 そうだよ。恋のキューピッドだよ。いやー、嬉しいなあ。目が潤んできちゃったよ。


「紬ちゃんも?じゃあ、尚更感謝しないとだ」

「うん。大切で大好きな親友だしね」

「そうそう。紬ちゃんとおんなじくらいね」


 そんなに?というか本当泣くよ。


「ふふ、そうだね。奈桜花とは一生親友だもんね」


 …………ヤバい。嬉しすぎて泣くわ。というか泣いてる。なんであんなうれしいこといってくれんの?

 ……ってかヤバい、気づかれる前にはやく帰らないと。でも泣き過ぎで足に力入んない。壁伝っても立てない。

 どうしよう、ヤバい、どあ開いて___


「うわっ、奈桜花?」

「え?___なおちゃん!どうしたの⁉なんで泣いてるの⁉なんかやなことあった⁉」

「だい…じょ…だ、ぅ」

「奈桜花。なにやられたの。言える?」

「なん、何も、な…ぃ」


 必死にしゃべろうとするけど、喉が引き攣って声がでない。ただただしゃくりあげるばかりで、私の喉はおかしくなっている。

 仕方ないからスマホのメモ機能を使って話そうとするけど、目は潤んで、ぼやけて、温かい雫が三人が映ったロック画面を台無しにする。


 ヤバい、早く誤解を解かないと。誤解を解いて、二人で幸せに帰ってもらわないと。恋人になった日が、好きな人にプレゼントと思いを渡す日が、こんな最悪なことで塗り替えられないようにしないと。


 それでも涙は止まらなくて、喉は震えて、まともに見えない中、二人が困惑する姿だけがはっきり映って。それで、足もすくんで、下しか見れなくなったときに、___目の前が暗くなった。後頭部がやんわりと抑えられて、何が起こったのか全然分からない。頭はパニックで、無理矢理状況をねじ込もうとする。

 そんな頭に何かが触れた。大きくて、優しいもの。それは背中にもきて、優しく撫でてくれる。背中を通るたびに気持ちを落ち着けてくれる。


「奈桜花、大丈夫だよ。ほら、手に集中して」


 透き通った声に諭されて、ようやく抱き締められてることに気が付いた。


______________________________________

「い゛ゃー。ごめいわぐをおがけじましぁ」


 ヤバい。声ガラガラ、死にそう。


「落ち着いて良かったよー。で、なおちゃん、何あったか言ってくれるかな」

「あ゛ー。それ゛にかんじてはですね゛ー」


 喉の調子を整えつつ、二人に顛末を説明する。最初は心配そうな顔だったのが段々緩んできて、小夏は苦笑に、紬は呆れ顔になった。なんでじゃ。


「つまり、私達が気になって盗み聞きして調子乗ってたけど、どう思ってるか聞いて嬉しくて泣いたと」

「いえーす。大正解」

「もー!心配したんだからね。なおちゃん泣き始めたら直ぐにパニックになっちゃうんだから」

「昔っからそんなんだから、変なところが変わんないね」

「いやー、何分ガラスのハートの持ち主なもんで」


 二人が顔を見合わせて笑い合う。なんじゃなんじゃ。


「それじゃ困るかな。せめて鉄くらいにはなってくれないと」

「そーそー。耐えらんなくなっちゃうよ?」


 え?私苦行でも強いられんの?我が天使達は悪魔だった?


「うおー。どうか御慈悲をー」

「何いってんの。変なこととかしないよ?」

「え、でも耐えらんないって」

「そんなに泣くならね。これからはもっと色んな場所付き合ってもらうし」


 ………?


「……why?」

「ビコーズ、デートもいっぱいしたいけど3人で遊ぶのも楽しいから」


 いや、最後まで英語じゃないんかい。……じゃなくて、


「え?え?駄目だよ、神聖なる幼馴染百合に違う人挟んじゃ」

「また変なこと言ってるし。あのさ、幼馴染っていうんなら奈桜花もそうだから」

「いや、そうだけどそうじゃないっていうか。……、そう!尊くないんだよそんなこと。やっぱ、私なんかは置いて二人で愉しみまくったほうぎゃ!?」


 二人で片方づつ思いっきり頬を抓られた。そしてそのまま言われる。ヤバい、目が据わってる。怖い。


「だからさ~、デートは別でするって。そのうえで3人で遊びたいの。わかる?」


 ブンブン首を振る。はい、わかります。小夏様のおっしゃる通りです。


「てか、尊いって何。そんなんで親友やってないでしょ」


 はい、そうです紬様。私は正真正銘二人が大好きで親友です。

 二人がほぼ同時に手を離して、呆れ顔で紬が続ける。


「あと、恋人だけが尊いじゃないでしょ。親友同士でも尊いでしょ」

「そうだよ。親友っていうのはね、何十億分の1でしかいないんだよ」


 そうなんだ、知らなかった。……あれ?そんな人が二人いる私って最早神なのでは。

 浮かれる私に、二人が手を差し伸べる。


「だからさ、奈桜花とは小夏くらい仲良くしてたい」

「私も、何時までも三人がいい」


 真剣な目に、思わず照れる。こんなんじゃもう、愛の告白だ。じゃあ、二人が大好きな私はどうしたらいい?

 ___そんなの、もう決まっている。


「不束者ですが、お願いします」

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百合+1 秋登 @kurokku

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