食道楽の冒険者

くろぬか

第1話 ギルド飯


 とある街の冒険者ギルド。

 日が落ちた頃に両開きの扉を押し開いてみれば、そこら中から人々の賑やかな声が聞こえて来る。

 今日の冒険を終え、祝杯を挙げる者。

 渋い顔で、反省会をしている者達など。

 彼等の表情は実に様々だ。

 そして給仕係も随分と忙しそうに、両手に幾つものジョッキを持って走り回っている。

 その内の一人がこちらに気付き、笑顔を向けながら走り寄って来た。


 「おかえりなさい。今日は普通にお食事ですか? それとも料理長にお願いですか?」


 何度も言う様だがここは冒険者ギルド。

 見るからに冒険者という恰好をしていれば、この時間は給仕だろうが受付だろうが、皆“いらっしゃい”ではなく“おかえりなさい”と挨拶する。

 ここの通例だ。

 家族の様にそう言ってくれる存在が居る。

 そう考えるだけで、不思議と生存率が高くなっているという話だから不思議なモノだ。

 かく言う俺も、人の事は言えないのだが。


 「ただいま。今日は良い肉が獲れたから、“お願い”の方かな」


 「相変わらずですね貴方は、面白いです。すぐ料理長に報告してきますから、いつもの席で待っていて下さい!」


 彼女は元気な声を上げながら、カウンターの奥へと引っ込んでいった。

 見ているだけで元気が出そうな後姿を見送ってから、こちらも指定された“いつもの席”に向かう。

 カウンター席の一番奥、ランタンの光りも周りに比べれば少しだけ仄暗い様な席。

 こんな場所に案内されれば、普通なら怒り出すかもしれない。

 だがこの席は、俺と料理長の話し合いの結果用意された特等席。

 だからこそ、俺はこの場所が好きだった。

 喧騒が少しだけ遠のく上に、周りに人が少ない。

 だからこそ、落ち着いて“食べられる”というモノだ。


 「よう、おかえり。今日は“お願い”の方なんだって? どんな土産だ?」


 カウンターの奥から、やけにゴツイ体格のコックが現れた。

 彼は嬉しそうな顔で身を乗り出して来るが、人によっては恐怖だろう。

 身長も髙ければ肩幅も広い、更に頭の上に乗っかったコック帽を合わせたらとんでもなく大きい。

 見上げる程と言って間違いないだろう、こちらが座っている状態ならなおの事。

 とはいえ、俺としてはもう随分と慣れた事な訳だが。


 「今日は黒い牛の魔獣と遭遇した。毛並みも良いし、随分と肉厚だったから旨そうだと思って」


 「ブラックビィフか何かか? 運が良いな、この辺りじゃ珍しいぞ」


 呟く彼に対し、背負っていたデカい麻袋をそのまま渡した。

 本日の獲物の肉を、血抜きなどの処理した状態で運んできたのだ。

 馬鹿みたいに重いので、全てを持ち帰る事は出来なかったが。


 「お、保存状態もちゃんとしてるな」


 「アンタに散々小言を言われたからな。今日は“食いで”があって、見た目も派手な奴が良い。言葉通り、豪華じゃなくて良い」


 「あいよ。兎に角ドカッと食えて、見た目もすげぇ。しかし貴族様が食う様な小奇麗なのはいらねぇと」


 言いたい事は十分に伝わったらしく、料理長はニカッと満面の笑みを浮かべながらカウンターの向こうで料理を始めた。

 最初の頃は血抜きが甘いとか、肉が傷んでしまっているとか色々言われたが。

 今ではこうして、今日狩って来た獲物を目の前で料理してくれるまでに上達した。

 これだけは、長い事冒険者をやって来て一番の自慢だと言えるだろう。

 何てことを考えながら、カウンターから身を乗り出して調理場を覗き込んでみれば。


 「今日は豪快に行くぜぇ」


 そこには、俺が渡した肉に言葉通り豪快に調味料振りかける料理長の姿があった。

 やけにデカい骨付き肉に下味をつけ、油をひいた鍋の中に並べていく。

 ジュゥジュゥと耳馴染みの良い音が聞こえ、腹の虫が鳴りそうな濃厚な肉の香りが漂い始めた頃。

 更に液体調味料を次々と足してから蓋を閉め、やけにゴツイ音を立ててロックする。

 通称魔法鍋。

 本来なら物凄く時間の掛かる煮込み料理などが、ほんの数十分程度で出来てしまうという不思議な鍋だ。

 あれを使ったという事は、あの骨付き肉にご対面するのは後になりそうだ。

 少し残念に思いながらも、次の料理に注目する。


 「まぁ、インパクトがあるといやぁコレだわな」


 そう言ってこちらにウインクをかまして来る料理長は、分厚い肉を豪快に鉄板に放り込んだ。

 アレは間違いなくステーキ、そうに違いない。

 しかも一番旨そうな所を厚切りにして、豪快に焼いているのだ。

 周囲に漂うその香りは、もはや暴力と言って良い。

 肉の脂が鉄板に広がり、一緒に焼いている野菜やニンニクの匂いも香ばしい。

 広がり出た脂をヘラで掬い、再度肉に掛けるなんて工程をしてみれば、ぶわっと香りも広がり、鉄板に流れた脂もジュワジュワと音を立てるのだ。

 鼻も、目も、耳も満足させてくれる。

 料理上手な人が作る飯ってのは、作っている時から芸術だと思う。

 今この瞬間でさえ脳みそは「早く食わせろ」と叫び、味を想像しながら口の中には唾液が溢れる。

 舌はその味を想像し、唇は料理の熱さを思い描きながらキュッと力を入れる。

 やはり、飯ってのは活力だ。

 生物は生きる為に食う、食べるから明日を生きる事が出来る。

 そして旨いモノを食いたいから、今日の仕事を頑張れる。

 非常に単純明快。

 それで良いんだ、人間の生きる意味なんて。

 先の分からぬ不安や、金の計算ばかりしていては疲れる。

 だから俺は食う為に仕事をする、そしてせっかくなら旨いモノが食いたい。


 「ホラよ、まずは一つ目だ。パンかライスは要るか?」


 「いや、まずはそのままコイツを味わいたい」


 「だったらそのままだ、お待ち。“ブラックビィフのお好みステーキ”だ」


 カウンターの向こうから突き出された皿に乗っているのは、まごう事無きステーキ。

 これだけなら別に珍しくも何ともないだろう。

 しかし、俺は豪華じゃなくて良いと言ったのだ。

 その結果なのか、幾つもの後付け調味料が入った器が並んでいる。

 高い金を払って食うステーキってのは、肉の質だったり調理法だったり。

 後は火の通し加減か? それも調理法と一緒な訳だが、まぁレアやミディアムみたいなアレだ。

 貴族連中は半生みたいな、随分と柔らかい状態を好む。

 しかしそれは状態が良く、脂がのって、更にナイフが通りやすいという条件の元。

 さて、ではコイツはどうかな?


 「いただきます」


 「おうよ、召し上がれ」


 一声上げてから、俺の顔くらいありそうなデカさの肉にナイフを入れる。

 なるほど、肉自体は柔らかい。

 しかしながら、表面だけは少しだけ違う。

 最後にほんのわずかな時間、強火で焼いたのだろう。

 切り分けた一切れに噛みついてみれば。


 「おぉ、おぉ!」


 表面は少し硬い。

 このままお貴族様に出せば、何だコレはと怒られてしまうかも知れない。

 だが俺は庶民だ、冒険者だ。

 固い肉を喰らう事なんぞいつもの事だ。


 「どうだい? 結構色んな調味料が手に入ったから、端から試してくんな」


 そう言って笑う料理長に頷いて返してから、もう一口そのままで頂いた。

 少々固い表面、だからこそ齧り付く。

 ソレを狙ったのだと思う。

 勢いよく噛みつけば、中は随分と柔らかい肉の食感が広がり、口の中には肉の脂が溢れ出した。

 豪快に喰らうと予想したからこそ、コレなのだろう。

 中と外で食感が違い、下手すれば「外側が口に残る」なんて言われてしまいそうなソレだが。

 ハッキリ言おう、そんな奴は白湯でも飲んでろ。

 歯ごたえのある表面に対し、驚く程旨味の詰まった肉の内側。

 ソレを同時味わえる上に、良く焼きの部分を何度も噛む故に満腹感も増す。

 下味もしつこすぎず、十分に肉の旨味を出していると言えるだろう。

 では、他の調味料はどうだ?

 幾つも並んでいる小鉢に、ちょいちょいと肉を付けてみる。

 一つ目は見ただけで分かる、溶かしたバターだ。


 「あぁ、そのままでも旨いが……ステーキにバターは良い」


 じんわりと広がるバターの柔らかい旨味を感じながら、その後には先程の肉のパンチが効いてくる。

 大正解、と言う他ないだろう。

 さぁ、次だ。


 「チーズか、やはり肉とチーズは友好関係が深いな。高い肉にチーズを使えば安っぽいと思われる事もあるが、そんな事はない。コイツ等はとても仲が良い、もし違うならチーズ選びを間違っているだけだ」


 合わせるなら、間違いなくパンだろう。

 今は溶かされたチーズにつけて食べているが、パンにはさんで食べたりするなら固形のモノでも旨いだろう。

 それくらいに、相性は抜群だ。

 そして次、今度は塩だろうか? 舐めてみたが、普通の塩よりも口に広がる味は柔らかい。

 綺麗な色をしていたので、後付け専用とかなのだろうか。

 ソイツにちょいちょいっと、肉に付けて口に運べば。


 「凄いな、塩の味で舌が敏感になると同時に唾液が溢れて、次に来る肉の旨味が口の中に広がる様だ」


 他の物に比べれば“さっぱり”という表現が正しいのだと思うが。

 これだけで食べればまた印象が変わる。

 むしろこの塩のおかげで、今まで以上に肉の旨味と肉脂が口内に染みわたる様だった。


 「あとは……辛味と、ネギ塩などなど。この辺りは正に酒場メニューという感じだな」


 「嫌いじゃないだろ?」


 「そうだな、大好きだ」


 赤い香辛料に肉を付けパクリ、旨い。

 香辛料の辛さと、肉の甘みとも言える脂が非常に合っている。

 いくらでもエールが入ってしまう感覚に陥ってしまいそうだ。

 そしてネギ塩、こちらはどうやら柚子なんかも入っている様だ。

 爽やかな香りとネギの辛み、そしてしっかりとした肉の味わい。

 味が分かれているからこそ、ちゃんと両方を味わえる。

 見事という他ないだろう。

 しかし、酒が飲みたい。

 スッと手を上げてみれば、料理長からニカッと笑みを返されてしまった。


 「はいよ、エールお待ち。そんでもって、コイツも出来たぜ?」


 そう言って差し出されるのは、先程魔法鍋に放り込んだであろう骨付き肉が並んだ皿。

 どうやら随分とステーキに時間を掛けてしまった様だ。

 味わいながら食べていたのもあるし、単純に分厚いせいで時間が掛かったのもあるのだろうが。

 目の前に置かれたコイツもまた、凄かった。


 「やっぱ豪快に喰うなら、柔らかいばかりじゃな。さっきと似たような感じになっちまったが、“齧り付く為のスペアリブ”。お待ち」


 まごう事無きスペアリブ、骨付き肉だ。

 しかしながら、先程と同じ様に表面は炙ってあり香ばしい匂いを放っている。

 高級店などでは「焦げている」と表現されてしまいそうな程、カリカリに焼かれているソレ。

 だが生憎と今の俺はナイフとフォークで、お上品にコイツを食うつもりはない。

 その名の通り、齧りつけば良いのだ。


 「いただきます!」


 再度声を上げてから、骨を掴んで肉に齧りついた。

 それはもうガブッと、豪快に。

 するとどうだろうか?

 カリッと歯ごたえの良い表面、これは後焼きだからこその歯触り。

 表面にも多めの胡椒が振られており、甘辛なタレも一緒に焦がされている為口内から鼻に抜ける香りが段違い。

 しかしながら、その表面を突き破ってみればどうだ。

 非常に柔らかい肉の食感は、ホロホロと口の中で溶けるかの様。

 更には酒やショーユといった調味料が非常に染みわたっており、甘辛な味わいとエールが良く合う。

 思わず大きく一口で肉を齧り、ガブガブとエールを飲んでしまう。


 「旨い! いくらでも食えそうだ」


 「そいつは何よりだ、こっちも試してみてくれるか?」


 そう言って差し出された器に入っていたのは、やけに茶色いソース。

 ふむ? と首を傾げながらちょいちょいっと肉を付け、そのままパクリ。

 すると。


 「これは……ソースが独特な味だ。それに負けることなくこの肉の味わいが押し寄せて来る。いやしかし、このソース旨いな。しっかりと甘辛な味を主張しているし、安物の肉でもコレなら美味しく頂けそうだ。だがコレを付けるなら、もう少しゴマの香りが欲しいな」


 「そういう意見を待ってたんだ」


 そう言いながら、料理長はもう一本スペアリブを焼き始める。

 この“齧りつく為のスペアリブ”なら、表面を軽く焦がす程度で済むはずなのだが。

 今度は随分と柔らかいゴマの香りが漂って来た。

 コレは良い、非常に鼻に優しい匂いというか。

 思わず行儀よく待ってしまいそうな香りが漂ってくる。


 「今度はゴマも一緒に焼いたから、また違う味になっているはずだ。一回食ってみてくれ。そのソースをつけるなら、たっぷり付けて食うのも試してみろ」


 何てこと言いながら差し出されるスペアリブを受け取り、まずはパクリ。

 凄い、凄いぞコレは。

 肉の香りとゴマの香りが交じり合い、兎に角口内を支配する。

 しばらく噛みしめていれば、やがて肉の旨味が口内に充満し、ゴマの残り香が鼻に抜ける。

 これは素晴らしい、が。

 多分好みが分かれるだろう。

 そんな訳で、先程のソースにチョイチョイ……じゃなかった。

 たっぷりと掛けろと言われたんだった。

 器をひっくり返して、ダバッと肉にソースを掛けてから口に運ぶ。

 すると。


 「なるほど、美味い。いや面白いというべきか……この味と香りを知ったら、まずこのソースが欲しくなるだろう。やはりソースの味が強い、ゆえに安物肉でもこの味が出せる。しかしこの肉の旨味と炙ったゴマの香り。ソースの味を表面に置きながら、食感も香りもとても印象に残る。ソース単体でも、ギルドでしか食べられない料理も、両方売れると思う」


 「おっしゃぁ! そういうのを待っていたんだ」


 料理長はガッツポーズを浮かべながら、やけに嬉しそうだ。

 とは言え、コレは旨い。

 庶民料理と言われてしまいそうではあるが、それがどうした。

 俺は庶民だし、彼の売り手は大体庶民なのだ。

 要は、安くて旨いモノが食べられれば良い。

 たまの贅沢でこの料理を食べたいと思わせれば、料理人としては勝ちなのだろう。

 そんな事を思いながらスペアリブに齧り付き、エールを煽っていると。


 「おい、牛タン食いたくねぇか? 食いたいよな?」


 「食いたい」


 短く答えてみれば、彼は意気揚々とカウンターの奥へ向かう。


 「今日持って帰って来た肉では駄目なのか? 一応舌も切り取って来たが」


 「色々とあるんだよ。今出してやる事も可能だが、結構掛かるぜ? 酒だけ飲んで待ってるか?」


 「あぁ、いや。ソレは困る」


 「だったら今日はお前が獲って来た奴は我慢するこった。今度食わせてやるよ」


 なんて事を陽気に語りながら彼は奥に消え、奥から肉の塊を持って帰って来た。

 その手にあるのはまごう事無き牛タン。

 ドカッと豪快にまな板に放り出してみれば、薄切りと厚切りの両方を切り分けていく料理長。

 ソレを綺麗に並べ、下味をつけてから。


 「“焼き”で良いか? 今からスモークなんて言われても困るが」


 「焼きで。結構カリカリに頼む」


 「好きだねぇ」


 カッカッカと、豪快に笑われてしまったが。

 肉は良く焼きが美味い。

 高級店などで食べる肉も、確かに旨いが。

 そこはやはり庶民舌なのだろう。

 表面はカリッと、中からジワリと広がる肉の旨味というのが、俺は一番好きだった。

 アレが一番食いでがあるし、何より満足感が違う。

 カリッ、ジュワーってやつだ。

 普段食べられない様な高級なモノを食べるのも一興、それは確かだ。

 たまには贅沢するのも良いし、そういう場所で食べる食事も雰囲気からして違う。

 しかしながら、何度も味わえる程の金を持ち合わせていない俺は庶民味の方が合うと言うモノ。

 それこそ今度自分でも作ってみようと思わせてくれるのも、庶民料理の魅力なのだろう。


 「はいよ、おまち。“おつまみ牛タン特盛セット”だ」


 カウンターから出て来たのは、ズラリと並ぶ焼き牛タン。

 ユラユラと湯気が立ち上るソレは、まさにおつまみ。

 しかしながら、ゴクリと喉が鳴る。


 「料理長、コメと……」


 「ウイスキーのソーダ割りだな? 分かってるよ、ホレおまち。俺も飲むぞ? 良いな?」


 牛タンなら、カリッとするまで焼いてからレモンを付けて食べるのが好きだ。

 皿に乗ったレモンを絞り、まずは単体で頂く。

 コリコリと良い食感を堪能しながら、ジワリジワリと牛タン独特の味が広がっていく。

 それを十分に味わってから、今度は後付けのタレに変更。

 甘辛ダレがまた、コメと抜群に合う。

 食っている、腹を満たすために食っているのだと感じられる満足感は良い。

 そして何より、酒だ。


 「ぷはっ。やはり良い、一日の疲れが吹っ飛ぶ」


 「ダハハッ! そりゃ良かった。お前さんは相変わらず旨そうに飲み食いしてくれるな」


 おかわりの酒を頂きながら、レモン牛タンをパクリ。

 タレを付けたモノを食べた後はコメを掻っ込み、飲み込んだ後に酒でサッパリさせる。

 料理長もカウンター越しに酒を呷り、俺が持ってきた肉をちょいちょいと焼きながら口に運んでいた。


 「薄切りにしてちょっと焼いただけでもウメェな、後は煮込んでみても良い。珍しい肉を持ってきた時でも、細かい事を注文しないお前さんは楽で良い。カタッ苦しい料理を作るのは肩が凝ってな」


 ガッハッハと笑いながら、そんな事を言われてしまった。

 まぁ、その通りなんだが。


 「旨ければそれで良いさ。しがない冒険者なんだ、自分でも作れそうだと思えるモノの方がありがたい。高級な食事がしたいなら、そういう店に行けば良い」


 「だな。ココは豪快に食って、笑いながら酒を飲む場所だからな」


 ニッと口元を吊り上げた料理長と、チンッと音を立ててグラスを合わせた。

 気楽で、旨くて、安上がり。

 それだって、食事を楽しむ為には十分に必要な要素だ。


 「残りの肉は貰っちまって良いのか?」


 「あぁ、いつも通りそっちで使ってくれ。その分飯も酒も奢ってもらっているからな」


 「まいど。まだ何か食うか?」


 「いや、もう腹いっぱいだ。後はゆっくり飲ませてもらうよ」


 流石に今日は食い過ぎた。

 しかも肉ばかりだったから、もう胃袋がパンパンに膨れている。

 ふぅ、と一息つきながらまったりと酒を楽しむ。

 もう少し落ち着いたら、野菜系のツマミでも頼もうか。

 そんな事を考えながら、口に残った肉脂を酒で洗い流してくのであった。


 ――――


 「料理長、明日の仕込み終わりましたよー」


 「おう、お疲れさん。明日もよろしくな」


 従業員達と挨拶を交わせば、皆ゾロゾロと厨房を出ていく。

 今日の仕事はこれでおしまい。

 明日になればまた戦場の様に忙しくなる訳だが。


 「あれ、それってもしかして“あの人”のお土産ですか?」


 最後の一人が、俺の後ろに積まれた肉を指差しながら呟いた。


 「おうよ、暫くは旨い肉が食えるぞ」


 「あははっ、ソレは嬉しいですね。しかし良く食べますよね、あの人も。大食いしそうな見た目はしてないのに」


 「その分動く仕事をしてる訳だからな、むしろ食わねぇと痩せちまうんじゃねぇか?」


 そんなやり取りをしながら、鍋に入った牛筋をグツグツと煮込む。

 アイツは明日も来るだろうから、今の内から色々用意しておかないと。


 「流石は“食道楽の冒険者”と呼ばれる人なだけありますね」


 「だな、旨そうな獲物専門ってのも中々居ねぇ」


 二人して呆れた笑みを溢しながら、いつか彼が言っていた言葉を思い出した。


 「先の事を考えるのは疲れるから、今日食いたい物だけを考えて生きる事にしただけだ」


 どこまでも目先しか見ておらず、普通なら呆れてしまいそうな意見な訳だが。

 それでも生きるってのはなかなかどうして、面倒な事が多い。

 そういう意味では、彼は随分と毎日を楽しんでいるのではないだろうか。

 日々を生きる活力があるってのは、どんな理由であれ良い事だ。

 ボケッとしながら時間ばかり潰したり、毎日同じ事の繰り返しで飽きてしまうなんて事態に陥る奴等だって多いんだ。

 仕事柄、明日には命を落とすなんて事態もあるだろう。

 とはいえ、それは誰しも同じ事。

 街に居ようが、外に出ようが人間死ぬ時は死ぬ。

 だったら毎日目標があって、毎日満足出来るのなら、どれ程幸せな事か。

 アイツは、それを体現している様な冒険者だ。


 「おう、ちょっと味見してみるか?」


 「おぉ、良いですね。それじゃちょこっとお酒も頂いちゃいましょうか」


 最後まで残った奴の特権だ、なんて言いながら二人でささやかな飲み会を開く。

 旨い食い物と旨い酒、そいつがあれば意外と人間笑えるもんだ。


 「さてさて、明日は何を持って帰って来るかな? “食道楽の冒険者”さんは」


 ニヤリと口元を歪めながら、俺達はグイッとグラスを傾けるのであった。

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