第6話 夜間の緊急クエスト

「闘技場から抜け出したウリボアの夜間討伐だ。報酬は銀貨にして三枚」

「いやよ、その倍ね」

「ダメだ。元老院は5枚までしか出せないと言っている」


「口が滑った」とでも言いたげな、偉丈夫の表情だった。


「は、はぁ~ん。元老院からの案件ですか。かなり、お困りの様ですし……限度額いっぱい、銀貨5枚で引き受けましょう」


「はぁ、分かったよら……」

「そ・れ・と。残りの一枚はそこの葡萄酒で……」

「お、おい、ルティ。それはダメだ。私物だぞ」


「元老院の依頼とは断り辛いですよね。どうせ、今日はその山積みの書類と睨めっこ、飲む暇ないでしょ」


「あぁ、もう、わかった。頼んだぞ。もしもし、聞いてたか……、今から向かわせる……」


 ギルドマスターと思しき男性はラッパのような機械に声を発している。電話のようだが構造は分からない。彼はシッシと俺達を追い立てた。


          〇


「ウリボアって強いのか?」

「まさか。三層構造の防御壁の末端よ」

「三層構造?」


 彼女は「はぁ」と溜息を吐く。


「谷に囲まれた都市。魔獣は一箇所のルートでしか侵入できない構造よ。そして、侵入した魔獣は基本的に難度ごとに区分けされるの。騎士団上級職が高難易度、新兵を含めた中級職が中難度。残りの雑魚はギルド、って具合よ」


「ウリボアはギルドでも倒せる雑魚だと」

「そういうこと」

「なら別に誰でも良いんじゃ」


 ルティは早足のまま首を振る。


「ギルドは慢性的に人材不足、その上に魔獣が暴れてるのは元老院の領土。譜代の貴族院と外様の元老院」

「要するに、敵に騎士は送れないと……」


「まっ、そういうこと。仲が悪いのよ」


         ○


 雑木林を駆け抜ける。影が蠢く。「ブシュー!」という獣の咆哮。


「林を抜けるわよ。戦闘準備」

「お、オウ!」


 開ける視界。巨大なイノシシのような体躯に、先に対峙していたのは眼鏡をかけた修道服の少女だった。彼女の前には光の壁が、魔獣の攻撃を防いでいた。


「フィリス?」「ルティ?」


 交差する二人の少女の視線。


「ルティ、知り合い?」

「バカ!話はあと。来るわよ」


 魔獣の突進。割れる光の壁。すかさず俺は修道女の前に。フライパンで防ぐも弾き飛ばされる。


「アクアショット!」


 魔獣の牙が水弾を弾き返す。


「もう、全然きかないじゃない」

「ウリボアは雑魚じゃなかったのかよ」

「あんた何処に目、つけてんのよ。アレはボスボア、ウリボアの上位種よ」


「聞いてねぇよぉ!」


 フライパンと牙の衝突。ドチリと鈍い鉄の音が響く。その激動を縫うように、ルティのダガーが魔獣の背を這う。その攻撃すらもカリカリと音を立てるばかりでダメージらしき痕跡は無い。


「ルティ、どうするんだよ」

「話しかけないで!気が散る」


「慈悲深き光の女神アスティカの恩恵。星々の祝福。我が御霊より授かりし純潔の契りを護りに変えて」


 修道女の詠唱。栗色の三つ編みツインテールが大きく揺れる。それを見て、ルティが動いた。


「リュウジ、フィリスと一緒にボスボアの動きを止めて!」

「そんな無茶……あぁ、もう分かったよ!」


「リフレクター!」


 目の前に光の壁が出現するも、ボスボアの突進で案の定ヒビが入る。更に、もう一撃で壁は砕けた。俺は間髪入れずにボスボアとの間合いを詰める。フライパンで押し返す。拮抗する押し合い。


「ウラぁ!止まーれー」

「ルティ、まだなの」と急かすフィリス。


「終わりなき凝結。刹那に散り行く水霊たちの宴。凍てつく氷は飛礫となりて、硬い飛礫は矢となりて。我が仇なす敵を射て」


 一陣の風が駆け抜ける。冷気が近づく。「リュウジ、ありがと」ニヤリと彼女は微笑みかけると、水滴を散りばめてダガーを魔獣に突き立てた。


「アイスニードル!」


 蜃気楼のような霧。ボスボアのアバラに五箇所、ゼロ距離で放たれた鋭利な氷が突き刺さる。そして、魔獣はゆっくりと倒れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る