雨、満天の星
閉校間近の校門。
すでに日は沈み、空には星が点々と輝いている。
LEDの照明に照らされた正門前で、中島はある人物を待っていた。
マフラーに鼻から下を埋めて佇む彼女のもとに、一人の女子生徒がやってくる。
「中島さん?」
「や。いいんちょ」
形のいい唇を一文字に引き結び、佐々木は中島が持つ大量の紙袋を眺める。
「すごい数」
「ああ。ありがたいことなんだけどね。女子にばっかりモテちゃって、なんだかな~って感じ」
「素敵なことじゃない。同性に好かれるのは、本当の魅力がある証拠だから」
「だといいけど」
中島はわざとらしい咳払いを漏らして、改めて佐々木と向かい合う。
「どうして隠したりなんかしたんだい? 坂本、相当がっかりしてたじゃん」
「……なんのこと?」
「とぼけなくてもいいよ。僕にはわかってるから」
佐々木は眼鏡を押さえて、息を呑む。口元から白い息がぶわっと漏れた。
「いいんちょさ。美術室で、私はチョコを入れてない、って言ったよね? あれでぴんときたよ。あの時点で、坂本の下駄箱にチョコが入ってたことは明かしてなかったはずなのに。つまりいいんちょだけが知ってたんだ。チョコは下駄箱に入れられてたって。どうして? 決まってる」
切れ長の瞳をさらに細くして、中島はぴんと人差し指を立てる。
「あのチョコは、いいんちょが坂本に贈ったものだ」
佐々木は視線を彷徨わせ、乾燥した唇を湿らせる。
「それ、坂本くんにも教えたの?」
「安心して。そんな無粋な真似はしないよ」
自嘲気味に笑う中島を訝しみながら、佐々木は勇気を出して質問を繰り出した。
「中島さんは渡したの? チョコ。坂本くんに」
「……いや」
両手いっぱいのチョコ。それらは自分を慕ってくれる後輩達がくれた価値あるものだ。
けれども彼女にとって最も大切で、秘めた心を込めたチョコレートは、朝からずっと鞄の中に眠ったままだった。
「結局、渡せなかったよ。いいんちょに先手打たれちゃって。なんだか自信なくしちゃってね。だからちょっとだけ、魔が差しちゃった」
「そうなんだ」
中島は分かっていながらあえて差出人を明かさなかった。
佐々木自身が隠そうとしていた以上に、坂本に知られたくなかったからだ。真実を白日の下に晒せば、彼は必ず佐々木と想いを通じ合わせるだろう。
だから、あのチョコは自分が作ったなどと嘘まで吐いてしまった。
「我ながら、ヤな女だね。まったく」
佐々木は深く詮索しようとはしない。彼女自身、先に進む勇気がなくて、振られてしまうのが怖くて、自分の名前を書けなかった臆病者と自覚しているから。
一陣の風が吹く。
二人は肩を震わせ、けれどお互いに視線を外さない。
「寒いね」
「うん」
短い沈黙の後、口を開いたのは佐々木だった。
「中島さん。私、負けないから。あなたにも、藤嶋先輩にも、あの凛ちゃんて子にも」
それは宣戦布告であった。想いを伝えられない少女の、ひたむきな虚勢であった。
「僕だって負けないさ」
同じ想いであるが故に、中島はただそれだけを返事とする。
言葉を飾ることに意味はない。それは想い人であっても、恋敵であっても変わらない。
二人の間には、交わした言葉以上に通じる心があった。
別れの挨拶なしに、佐々木は中島の脇を通り過ぎ校門を出ていく。
それでもなお、緊張が解けることはない。
このわだかまりは、明日も明後日もその先も、ずっと続くのだろう。
いつか決着がつくまで、ずっと。
中島はふと振り返って、佐々木を眺める。
華奢で女の子らしい後姿が、心をざわめかせる。
「ほんと、かわいいなぁ。いいんちょは」
彼女に比べたら自分はなんて魅力のない女なんだと、嫌でも思い知らされる。
友情を盾に、卑怯にも坂本に近づいて、いつも近くを陣取って。
それでも、負けたくないのだ。
「あの時キミが名乗り出ていたら、今頃また違った結果になってたのかも」
白い息には、いくつもの想いが混じり合っている。
安堵か。喜悦か。あるいは自己嫌悪か。
「あと少し、勇気があったらね」
それは佐々木にあてた言葉か、それとも自分に対する戒めか。
「チョコ。どうしよっかなぁ」
役目を果たせなかったチョコレート。取り出した小さな箱に、一つ、二つ、雫が落ちる。
「傘、持ってきてないや」
震える呟きは、満天の星へと紛れていった。
このチョコを作ったのはどこのどいつだ 朝食ダンゴ @breakfast_dango
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