(4)
何だ、北崎さんは酔ってくると語り出すタイプの人なのか。酒に飲まれて豹変するから、シラフの時にすぐ施錠するようにしてるのかもしれないな。
「実は私、今、大っきい敵と戦ってるんです! 」
そんなドヤ顔で言われても困る、主語がないと何の話か分からないじゃないか。
「……何とですか? 」
「へへっ、社会とですよ! こんな中途半端な人間でも、生きてやるぞー!って、頑張ってるんですっ」
ニコニコ笑顔で、猫撫で声で喋る北崎さんは、居酒屋にいたら勘違い野郎が声をかけそうなほど、ほんのり頬を赤くさせ、いい感じに出来上がっている。家でよかったのかもしれないが、朝から出来上がっているような人が、社会とどう戦おうと言うのだろうか。
「社会、ですか。大層な強敵じゃないですか。具体的に、どう戦うんですか? 何か企んでる事でもあるんですか? 」
ふふん、と何故か自身げになった北崎さんは、お猪口に入った日本酒をぐいっと飲み干して、人差し指を立てて、俺の口当たりまで伸ばしてきた。な、なんだ……
「それは……まだ、未定です! 」
「は? 」
何を言ってんだ、この酔っ払いは。野望だけは大きい癖に、何も対策してないのか。何なんだ、大丈夫かこの人……
「予定は未定、ですよ! いろいろあってまだ決行してないだけです。ふん! あ、良かったらおつまみどうぞ。好きに摘んでください」
「あぁ……じ、じゃあ、いただきます」
いろいろ朝から頭が働きすぎて、丁度小腹が空いた。このまま酔っ払いの無駄話を聴くだけは耐えきれない所だった。どれにするかな……
「あらぁ? 百家さん、さきいかにしちゃったんですねぇ。……ふふっなるほどなぁ。あはははっ」
「……何か、可笑しかったですか? 」
「ふふっ。あぁ、いいえ。百家さんも、仮面被った仲間なんだなぁって思っただけです。仲間が近くにいて良かったなぁって」
何でさきいかを選んだだけで、そんな内心な所が分かってしまったんだ……?
「へへっ……今、百家さんの目は泳いでましたよね。本当は貝ひもに手が伸びようとしていたけど、無難なさきいかにしておこう、みたいな感じだったじゃないですかぁ。私、見てましたよ」
いたずらが成功したような、自信たっぷりな笑顔でにんまりする北崎さんは、どうみても初めて見た時の可愛い北崎さんだった。本当に男性なのか、こんな可愛い顔してるのに……
「あぁ……まぁ、そうですね。貝ひもにしたかったってのはありました。流石、ご名答です」
「へへっ……っはぁ。もう、褒めても何も出ませんからぁ! 」
袖から手先だけ出して、いつの間に持ってきていた小さい日本酒瓶を飲み干した北崎さんは、相当酔いが回ったようで、頬がさっきより赤くなり、猫ような甘え声に変わってきた。俺がノーマルな人間で良かったな、そういう思考の奴なら危なかったぞ。
「……へへっ、今、私が何で女じゃないだろうみたいな顔しましたね」
お猪口を片手ににんまり笑った彼は、まるで自分が綺麗で武器な事が満更でもなさそうだ。まずいと感じた頭の中の俺が、必死に退避命令を出し始めている。
「あ、いや。綺麗だから、びっくりしただけです。俺は、そういうアレじゃないんで。あ、だからと言って別にそういうのを否定してるわけじゃないですよ。いろんな考えがあっていいんです、こんな時代ですから! 」
「ふふっ、分かってますよぉ。だから言ったじゃないですか、食べたりしないですよって。ただ、忘れてませんか? 」
「……はい? 」
「百家さん、私の秘密、知っちゃいましたよね。今後どうするおつもりですか? 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます