(3)


 目の前の美人は、咳払いをして、ペットボトルを開けて、一口飲んで喉を潤した。そして、何やら覚悟を決めたような顔をして、ゆっくり口を開いた。

 「貴方が今、一番気になってる事だと思います」

 一番気になってる事? 性別か? 部屋に呼んだ理由か? ツレがいるかか? どれだ……


 「私は、北崎 ゆいは、女性ではありません」


 「……は? 」

 先ほどよりも一オクターブ低い声で、いきなりとんでもないカミングアウトをしてきた。水を飲んでいなくて良かった、勢いよく吹き出していたかもしれない。


 「私は男ではありますが、女性の格好をしている時もあるんです。だから、初めて百家さんに会った時、帰ってきたばかりだったからお化粧をしてたんです」

 何となく頭の片隅に選択肢としてあったが、それでもやっぱり驚きを隠せない。あの時の綺麗な女性と思っていた姿は、女装だったという事か。全く分からなかった、全部、俺の勘違いだったのか。

 「騙すつもりはなかったんです……申し訳ございませんでした」

 「あ……あぁ、いや。お、俺が勘違いしていただけですからのいいんです。気にしないでください! 」


 まだ頭が混乱していて、顔が引き攣ってうまく笑えなかった。まぁ、ネタとしてよく見るような明らかにふざけた女装とは違って、彼の女装は真剣だった。メイクも肌もきちんとしているから、俺が勘違いしただけだから、何も謝る事はないんだ。

 「あの……別に私、百家さんをどうしようとか、そう言うアレはないので、安心して下さい。ただ、こう言う格好をする隣人がいる事、他の方には内緒にしていて欲しいんです」

 「あぁ、それは、はい。勿論秘密にします」

 言われなくてもそうする。彼にとっても、俺にとっても、それが一番いい事だ。

 「ありがとうございます。とりあえず、言いたかったのはその事です。秘密、守ってくださいね? 」

 「は、はい」


 俺の返事を聞いて満足したのか、深刻な話から解放された北崎さんは、ふにゃっと柔らかい笑顔を見せた。

 「じゃあ、もういいですよね! 」

 「何がですか? 」

 北崎さんは、自身の目の前にある、ペットボトルの中身を見てにんまり笑い、一気飲みし始めた。……そうか、よく見たら喉仏が動いている、確かに男性なんだろうなぁ、なんて呑気に考えていた。


 「はぁ、話終わったらすっきりしました! もっと飲んでいいですか? 」

 「はい? 」

 「その、はいってのは、同意でいいですね? 」

 「へ? あの」

 ……もしかして、そのペットボトル、炭酸水じゃないな?

 「失礼しまぁす」

 机の下から別のペットボトルやら白い瓶やらが出てきた。まさか、それも……

 「……はぁっ! 気を張ってたから、これを呑んだら少し話しやすくなってきちゃいました! 」

 しばらく放っておくと、次第にさっきまでのお淑やかな優しい北崎さんではなくなってきていた。間違いない、あれは炭酸水じゃない、何かの酒だ。ワインか何かかもしれないな、酒に詳しくないから分からないが。

 「……へへっ、百家さんも呑みます? 」

 「け、結構です! 」

 「……ふぅん、分かりました。いいですっ、じゃあ、私だけで呑みます」

 少し不服そうな顔で、立ち上がり、何かガサゴソ音をさせ、何かを取りに行ったかと思ったら、あろう事か、お猪口とおつまみセットらしきバスケットを持ってきた。この前来ていたキャラメル色のカーディガンもしっかり羽織っている。本格的に呑むつもりのようだ、今日は休みだし、もう放っておこう。

 「はぁ、気を張るのって疲れますねぇ、疲れません? 」

 今、質問されたのか? 

 「あぁ、まぁ、そうですね」

 「私、いろいろあって、今こんな事になってるんですよ」

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