(3)



 自宅に戻った後も、しばらく頭が混乱していた。

 ここは防音がしっかりしているはずだが、今までの生活音が多少隣に少しでも響いていたとしたら、恥ずかしい事気周りない。

 そもそもあの人は女性なのか問題もある。飛んできたのはチェーン店の男性用のシャツだった。しかし部屋から出てきたのは女性の格好をした人だった。あのアロマのような不思議な匂いも男性宅では普通は置かないはずだ。

 「……彼氏のって事もあり得るか」

 あんな綺麗な人だ、恋人がいないはずがない。同棲してるのか、たまに来て置いて帰ったのか……。だめだ、気になる!

 「……また、飛んできたりして。……なんてな」

 ……何、一瞬漫画みたいな事を期待したんだ。相手は性別不明と言っても過言でもない中世的な顔立ちの他人だ。実は宇宙人だったとか、何かの生まれ変わりだったとか、そんな事は日常起こり得ないのだ。

 少しずつ冷静さを取り戻してきた。とりあえず、靴を脱ごう。立ったまま考えてしまって、まだ玄関から出てすらいなかった。


 ベランダの窓をしっかり閉め忘れていたせいで、隙間風が部屋中を駆け巡って肌寒い。換気になったと思えばいいが、しばらく暖房の意味がなかった事になる。久しぶりにやらかしてしまった。

 「もうすぐイベント始まるから我慢期ってのに、何やってんだ俺は」

 イベントといっても、何かの仲間の集まりではない。ゲーム内のイベントだ。周りからイケメンだのカッコいいだの言われても、趣味がバレたら何もかも終わりだ。

 「……今回は走らなきゃだからな、多少石溶かさなきゃいけないだろうから、節約しないと、っと」

 確実に鍵を閉めたか確認し、レジ袋から忘れかけていた焼肉弁当を取り出し、周りのビニールを外し、レンジで温め始めた。


 特に観たい番組もないが、話題についていかないと偽れないので、とりあえずニュースでもしておこう。雪が積もっただの、車が突っ込んだだの、仕事をしている間によくいろんな出来事が毎日被らずにあるものだな、ニュースを見る度に感心する。

 そんな事を昔親に話したら、縁起でもない事を言うな、何も悪いニュースが無い方が本当はいいんだぞと叱られたような気がする。確かにそうだ、昔の俺は尖っていた。今はいろいろ悟って角が取れてきているような気がする。親からしてみれば、まだ充分尖っているらしいが。


 部屋は、最近特に忙しいのもあるが、漫画やら服やらがリビング辺りに散らかってきている。反対にキッチンは綺麗だ。生活範囲が何処なのかが、はっきりしている。しばらく自炊も数える程度しかしていない。しようと思えばするが、片付けが面倒くさい。片付けを怠ると奴が出てくる。……そうなると、カット野菜と肉で野菜炒めとか、簡単な物しかしなくなってしまうのだ。野菜炒めはいい加減飽きた。

 ある程度部屋が暖まってきたので、着ていたコートをハンガーに掛ける。見た目だけは一丁前に仕立て上げているが、中身はグータラだ。

 さっきだって、綺麗な女性相手に吃るし、窓もきっちり閉め忘れるし、靴下は常に片方無くすし、きっちりしているのは仕事の時だけだ。


 「はぁ……お? 」

 レンジが出来上がったから早く取り出せとピーピー怒っている。いつの間に出来たんだ、時が経つのが早い。

 「あっつ! 」

 何も調節しないで温めたからか、トレーすら熱い。一応レンジ温め対応の弁当なはずだから、大丈夫なはずだと思ったが、ちゃんと書かれた表記を守らなければいけないな、俺が悪かったよ、すまないレンジ。


 ミトンを使って机に移動させ、溜まった割り箸からひとつ取り、箸を横にして引っ張る。今日は綺麗に割れた。

 「いただきます」

 今日は、肉が食べたかったから焼肉弁当にした。野菜がないといけないのは分かっているが、たまには肉だけだっていい。たまには贅沢したいのだ。

 「うまっ」


 無駄に広い部屋に、独身男の独り言と、冷静に原稿を読むアナウンサーの声が反響している。慣れた事ではあるが、よく考えたら寂しい事だ。コメントしたって返答がない。

 「だから、犬とか猫が欲しくなるんだよなぁ」

 ペットを迎えられるほど、物が少ない家ではない。よって、動物は動画で楽しむ物と化した。


 「あ、明日の準備忘れた。……まぁ、いいか。早くいってやればいい」

 家にいる時だけではあるが、誰も聞いちゃいないのに、自ずと出てくる独り言。我ながら怖い。


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