1勝目
前半戦
(1)
「お疲れ様でしたー」
今日は特売日だったから補充に徹していたかったのに、人手が足りずにレジ応援にも回されて、スマホの歩数計は一万四千歩を超えていた。
「今日も疲れたねぇ、お疲れ! はい、これ」
従業員用通路を通って帰路に着こうとしていたら、背後からレジ係のおばちゃんから声をかけられた。差し入れとして蜂蜜飴をもらった。
「あ、ありがとうございます! これ好きなんですよ」
「あ、本当? よかったぁ! 若い子の流行り分かんないからどうしようかなぁと思ったけど、モモちゃんは甘いの好きだもんね! よかったぁ」
モモ、と親しみを込めて読んでもらっているが、名前がモモな訳ではない。この天然パーマのおばちゃん——大浜さんが、勝手に名付けて、周りに広まったあだ名だ。最初はむず痒くて慣れなかったが、今はもう何ともなくなった。
「そうですねー、練乳とか、ホイップとか、そういう甘いやつ好きですね」
「あらぁ! 顔も良くて、甘い物好きなら女子にモテるわねぇ。ごめんね、こんなおばちゃんが話しかけて」
「何言ってんですか、別に顔良くないですって! それに、彼女なんていませんから」
人懐っこい大浜さんは、表情がコロコロ変わる。おかめみたいに綻んだかと思ったら、今度はしかめっ面になった。
「あらぁー勿体無いねぇ! こんないい男をほっとくなんて、若い子は何してんのかしら! 」
「女性が悪いんじゃないんですよ、なかなか仕事してると休みの日しか出かけないですから」
そうねぇ、私が若い時はね、と自身の見解をノンストップで話す大浜さんの話に適度に相槌を打ち、勤怠カードをチェッカーにかざす。途中で止めると大事になるからな、彼女の場合は話したいだけ話させておくのがいい。
「あら、ごめんね! また話長くなっちゃった、いやぁだもう、これだからババァはだめよね、ごめんね! また今度話すわ、じゃあね、お疲れ様! 」
「あはは、いいですよ、貴重なお話ありがとうございました。お疲れ様でした」
「はぁ……」
今日もよく女性陣は喋る。聴力を遮断できないから、嫌でも周囲からいろんな話が聞こえて来る。旦那がどうとか、テレビのタレントが誰とどうしたとか、世間にあまり興味がない俺には、どうでもいい事だ。
そんなだから彼女が出来ないんだと、言われてしまえば終いだが、女性とどうこうなれるようなガラではないから、もう諦めた。
「ハハハ! ウケる、やばっ」
「でしょ、やばいよね」
特に同世代の女子は騒いでうるさいとしか思わない、合わせるのは仕事場だけで精一杯だ。かと言って、興味がないわけではないのだが、もう長年プライベートは一人が長いから、そういう接し方を忘れた。
別に、一人に慣れたからこれでいい。バイトである程度食べていけるし、特に何かになりたいわけでもない。平凡な日が続いていけば、それでいい。
コンビニでいつもの焼肉弁当を買って、家に帰った。仕事して寝て、また仕事に行く。いつも通りの毎日で、何事もない事が幸せだと思いつつ、退屈なような気もする。かと言って、余計な事件に巻き込まれるのはごめんだ。仮面を被っていい子ぶる方が楽だと知ってしまってからは、仮面がなかなか外れなくなってきてしまっている。
「ただいま」
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