魔王の夜食は万能執事を添えて
「おかえりなさいませ。魔王様」
執務室に転移直後、相も変わらず仰々しく迎えの言葉をかけられる。
「セス、仕事は滞りないか?」
「えぇ、問題ございません。午後の分量もいつも通りになります。会議前にすべて終わるでしょう」
口以外はピクリとも動かずに淡々と予定を告げる執事の様子にうっすら冷や汗をかく。優秀な彼はたとえ魔王のこの私にさえ容赦をしないのだ。異界にこの世界のものを持ち出したことをすでに知っているに違いない。彼の仕草が無生物らしくなるほど彼の怒りは大抵強くなる。言い訳をするなら、問題は自分が作った法に触れるという事だけ。何も影響はないはずだし誰にも害はない、はず。焦る心を静めて、仕事にとりかかる。もうすでに怒られることは確定事項に近い。あきらめるしかない。
「怒ってはいません。とりあえず、言い訳は聞きますよ」
深夜、仕事を終えてお茶を頼もうとしたら、何を言うよりも早くセスがそういった。
「昼食をもらったが他に影響がなくてちょうどいい対価がなかったんだよ。それに彼女も気に入っていたし」
「気に入っていたというよりかは引いていらっしゃったように思えますが」
「見ていたならわざわざ聞かなくてもいいのに」
わざとらしくため息をつけば、セスはお茶を入れながらガラス玉のような目でぎろりとこちらを見つめてきた。本当に器用に怖いことをする奴だ。
「あとで隣国にもらったあの茶菓子を開けよう。セスも一緒に」
どうぞ、とお茶を渡しに来たセスはすっかり生き物らしくなっていた。彼は本当に甘味に弱い。
「ひとまず、簡単な夕食をご用意いたします」
セスはそう言って軽やかに執務室を出ていった。
「ドラゴンのひれかつ丼でございます。シェリー様曰く、質問したい相手にはかつ丼を出せとのことでして、魔王様のためにわたくしが作ってみました」
にんまりと大ぶりな皿を差し出されて確信する。セスの機嫌治ってなかった。
にこにこと見つめられながら口に運ぶ。サクッと、でも噛めば柔らかくうまみが口いっぱいに広がる幸せの味。彼にじっと見られていなければ。ふんわりと味のしっかりした卵とマンドレイクの葉のさわやかな苦みがタレの染みたご飯の甘みとよく合い、満ち足りた気持ちになる。もの言いたげな瞳でセスに見つめられていなければ。
「セス、言いたいことがあるならさっさと言ってくれないか」
「では、魔王様。彼女に賢者の実を渡さなくてもよかったのでは? 異界ではただの木の実なんていっても気分は複雑でしょうに」
「そうだな。まあだが、あの実は別にすごいものじゃないんだ。この世界でも」
愚か者を天才にするわけじゃない。かつてあの実を食べたものは、無謀と言われても何かを強く目指していた者が、心の頼りに、願掛けのように食べていたにすぎない。膨大な知恵をもつエルフ達も単に目覚めのコーヒー代わりに食べているだけ。
私は知っている。陽菜の未来を。あの実を食べても食べなくても何にも変わりがないが。
「そうだ、セス。あの世界には通い妻なる文化があったらしいな。陽菜の料理はうまいから定期的にあちらへ食事に行こうと思う」
ドヤァと笑みを浮かべる魔王にセスは大袈裟なため息をつくしかなかった。
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