たぬきうどんとエルフの一撃

「おぉ、やっとだな」

 魔王が呟く傍ら、うどんを軽く捏ねてまた端に置いておく。次は具材の用意だ。一つは決まっている。この前お好み焼きに使った天かすの余りを使うこと。

「たぬきうどん、他に何を入れるべきかなぁ……」

 そうつぶやくと突然魔王が叫んだ。

「たぬきとは、あの愛らしい動物のことだな! たぬきを食べるとは随分と恐ろしいやつだ」

 何故かたぬきを知っている魔王はキッとにらんできた。

「たぬきうどんはたぬきを入れませんよ。誤解です、誤解」

「はぁ、何を食わされるかと思ったぞ」

 盛大にため息をついてしゃがみ込んだ魔王。なんかイラついたのでうどんを切らせよう。

「あの生地伸ばして切っといてください」

 そう言うと、しばらく首を傾げてから、ついには迷いなく切り始めた。

「切り方知ってたんですか?」

「いいや、だが陽菜の頭に答えがあったから簡単だ」

 さっきの魔王的解法の実践だったらしい。とりあえず安心して具材の用意を進める。天かすだけでは野菜とタンパク質が足りない。冷凍庫を漁るとオクラとサラダチキンがあった。とりあえずはすべて解凍しておこう。

 一段落して横を見れば、いつの間にか魔王がうどんを茹で始めていた。意外に優秀である。

「もう完成ですね」

 魔王は、ようやくだな、と大仰に言いながらお湯を切る。エプロンでも着ていればとても様になりそうな立ち振る舞い。だというのに狐面やら霞やら、異様な光景に違和感が拭えない。何はともあれうどんをお椀に入れてトッピングしていく。突然、天かすを散らす手を止められる。

「なぜそれがここにあるのだ? 精霊の幼体ではないのか?」

 たぬきの時の数倍は大きな声で迫られる。

「精霊とかじゃなくて、ただの食べ物ですよ。むしろそっちの精霊って天かすみたいなんですか?」

「あぁ、この水に浮かぶ姿はまさしく精霊の類にしか見えないぞ……」

「とりあえず食べれば分かりますよ」

 まだ手に残っているそれを差し出すと、魔王は訝しげに見つめながら口に運んだ。

「……確信を持ちたいからもうひと握りくれないか」

 サクサクとテンポよく食べ進めながら聞いてくる。どうやら口に合ったらしい。

「食べたいなら変な言い訳しなくても…この残りどうぞ」

 サクサク感にハマっている魔王は放っておいて、机にうどんを並べていく。

「陽菜、このサクサクに合うものを知っているぞ」

そう言いながら魔王は明後日の空間に手を突っ込み、小さいオリーブのような実をいくつか取り出した。

「エルフの一撃なんて呼ばれてる木の実でな、これと食べるとさっぱりすると思うぞ」

 どうも、と受け取ってとりあえず一口小さいのを食べる。途端に、パチパチとラムネのように弾けて軽い苦味と深い酸味が口いっぱい広がった。確かにこれは一撃と呼ばれる食感だ。思わず口が窄まる。食感の激しさはさておき今日のうどんに間違いなくマッチする。深緑のそれをナイフで切ってうどんに散らしていると笑みがこぼれてくる。

「ちなみに、この実の別名は賢者の実とも言うらしい。我が世界では、愚者がこれを食べてとある大国の宰相にまでなったという逸話もある」

 飲み込んだ直後、衝撃的なことを言われた。

「え、私そんなもの食べて大丈夫なんですか?」

「まあ、この世界じゃただの木の実だろうさ」

 適当な答えに、浮かべたばかりの笑みが引き攣るのを感じた。一方の魔王は素知らぬ素振りで席に着き、無邪気に歓声をあげてうどんに拍手すらしている。

「サクサクが浮くのはまさに精霊の幼体がエルフの湖で時を待つ姿だし、この緑の星はエルフの魔法の気配にそっくりだ。このうどん、たぬきうどんなど物騒な名にせずエルフの古里うどんと呼ばせようではないか!」

 半分呆然としていた私の前で、地球人にはわかりえない感動をまくし立てる魔王。妙に滑稽な姿に肩の力が抜けていく。

 魔王が食べ始めるのを見て、私も箸に手を伸ばして一口、疲れた頭をさわやかな香りが通り抜ける。関西風の上品なつゆにホッと一息ついてしまう。コシのある麺にオクラの食感に気分が上がってくる。不審者か幻覚か、はたまた異界の住人か、久しぶりに誰かと食べるにぎやかなご飯。迫る受験の恐怖と焦りに染まっていた心はどこか落ちついた。



 ふと目が覚めて、気が付くともう夜が明けかけていた。いつの間にかベッドで寝ていたらしい。気になってキッチンを覗くと、洗われた二つのお椀と鍋が乾かしてあった。それを見てもやはりどこか夢や幻想に思えて深いため息をつく。ふと、目についたのは昨日のままの参考書とノート。近づけば、開かれたままのノートに見慣れない筆跡とオリーブ色の小さな実。

『陽菜。気に入ったらしいから、うどんの代金にこの実を渡す。 魔王』

 魔王の署名は異界の字なのだろうか、全く読めるものはなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る