受験生の夜食は魔王を添えて
不乙トキ
うどんで魔王召喚
大学の入学試験までわずか一ヶ月もない今日この頃。冬はすっかり深まり、勉強具合もすっかり泥沼だ。どうにも煮詰まった頭はうどん作りを求めている。参考書の類はテーブルの脇に追いやり、大きめのボウルやらを置きそろえた。これは比較的建設的な現実逃避である。大きめに一人頷き、手を動かす。粉も水も感じていた手触りが次第に均一な粘土に変わってくる。同時に、こんがらがった脳内が徐々に解けてゆくのを感じた。まだ肌よりは冷たいその手触りを暫く堪能したら次の工程だ。本当は手でもいいけれど、うどん作りは踏むに限る。食べ物を踏んでいるという何とも言えない背徳感か罪悪感。ムニリとしたあの独特の踏み心地。回りながら踏み広げて三回転。
ぽふん、どすん、と背後で音がした。現在時刻は21時過ぎ。一人暮らしの私を不安にさせるには充分だ。麺棒をさっと構えて振り返る。
「あー、娘。それは何の儀式だ?」
非現実的な容貌の人型が尊大な物言いで私に問いかけてきた。狐面にいかにも西洋的な貴族服と灰色の靄を纏った明らかな不審者である。逡巡、面の奥の暗く強い眼差しに捕らわれた。
「うどん作りですが何か?」
瞬間最大限度を超えた焦りと疑問、恐怖が、妙に冷静に口を開かせた。狐面は視線を逸らし、うどぬ、UDON、うとん……うどん?? そう首をひねりながらつぶやき、辺りを見回し始めた。その姿は強盗には程遠く、非現実的な姿は疲労が見せる夢か幻覚とかいうオチがもっともらしく思えて力が抜けた。
「それでどちら様ですか?」
狐面が現れて数分、やっと求めていた質問ができた。うどん作りと答えてしばらくは、聞きなれないのか何度も狐面は『うどん』らしき言葉を発しながら首を捻るばかりで反応がなかったから。
「いわゆる魔王だ。知らないのか?」
やはり女性にしてはハスキーな、男性にしてはトーンの高い声が返ってくる。どこか明瞭ではない声に魔王という言葉が似合っていた。
「魔界か魔族的な何かの王のことですよね。そんな方が家になんのごようですか?」
「おおー、知っていたか。ちょうど昼休憩をと思って出かけたら、上手くここにでたようだ」
魔王は時折一人頷きながら、ここに出てきた理由の推論をしばし語っていた。曰く、うどん作りの何かが魔族を呼び出す儀式の一端と重なったらしい。その上、昼食を求めて次元を開いた魔王とうどんを作る私の思考の波的なものが合致したという。
「ちなみになんで狐面を被っているんですか?」
しばらくの脱力から抜け出し、うどん作りを再開しながら一番気になっていたことを聞く。
「部下のシェリーから土産でもらったからな。それで、うどんとやらはどれくらいでできるんだ?」
「え、食べるんですか?」
「もちろん、昼食を求めて来たのだからな。あぁ、もちろん対価は払うさ」
幸い、二人分以上あるが、なんとも言えない気分である。異世界の王か幻覚か、どちらにせよ食べるまで帰らない気がするから仕方ない。
「あ、ちなみに生地これから寝かせるんでまだ結構かかりますよ」
えっ、と声を出した魔王は見るからに沈んでいる。どこか面の狐目も下がり気味に見えた。
生地を寝かせる間に勉強を再開して数分、解答を睨みながら一向に先に進まない。
「娘、何を悩んでいる」
「試験勉強ですよ。それに名前、陽菜です」
どの問題だ、なんて言いながら魔王が問題を覗き込む。
「あぁ、どこまで書くべきかで悩んでいるんだろ。だったら問題文から過去を辿って出題理由を探ればいいだけだ」
「それができるのは魔王だけですよ。私には到底できません」
まさしく異次元な解き方を勧める魔王にため息がでる。魔王にいかに魔王的解法がダメなのか、どう解かねばならないか、大問一つ分をこんこんと説明をしてしばらく。ついに生地を取り出す時間になった。
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