夜風
その夜、俺は天文台のバルコニーでクオンとシオンと共に星空を見ていた。月は、記憶が消えたあの日の満月から、だいぶ痩せ細った。
ロロの店を出たあと、フレイとはその場で別れて、俺は天文台への帰り道を戻った。少し先で待っていたクオンとシオンと合流すると、シオンからフレイが一緒でないことを疑問視された。だがロロが連行されたと話せば心配しそうなので、濁しておいた。
それから天文台で夜を迎え、夜風に当たりにバルコニーに出て、今に至る。
「ルミナが来るの、楽しみだね。お芝居は見られなくても、運よく役者さんに出会えたりして」
クオンが鼻歌を歌う。シオンは、ね、と同意する。
「私、カレンに会ってみたい。どんな人なのかなあ。遠くでもいいから見てみたいな」
俺は夜空を見上げてマイトの話を思い出していた。
「カレンって、月の民なんだっけか」
「そうだよ。すごいよね、大地の民からも憧れられてる月の民だよ」
クオンが言うと、隣でシオンも頷いた。
「月の民でも、頑張ればなんにだってなれるんだ。カレンがそれを証明してる。だから、皆の憧れの的なんだよね」
濃紺の空に星が輝いている。涼やかな風が頬を撫で、聞いたことのない虫の声がする。クオンがバルコニーの柵に腕を乗せて、目を細めた。
「この前出会ったマイトさんも、ルミナのファンだったよね。チケット買えたかなあ」
「そうだったね。それにたしか、役者になりたいって話してた」
シオンが白い尻尾をふよっと揺らした。
「ロロが言ってたね。ルミナ、役者をスカウトする、って。マイトさんもスカウトされるといいね」
「そうだな」
瞬く星を見上げて、俺は小さく返事をした。
クオンは星空を眺め、シオンは目を瞑って風の音を聞いている。
塗りつぶしたような夜空に、細かく散った星が瞬いている。それらを見守るように佇む、白い月。
「きれいだなあ……」
上手い言葉が見つからなくて、自分でもあほらしくなるほど平凡な感想が出た。
それから俺は、昼間に会った不気味な少年を思い浮かべた。
「ロロ、だっけか。ふたりとも、あいつと友達なの?」
「うん、ロロが作った発明品で遊ぶの。この前なんか、握ると体が宙に浮かぶプロペラを作ってくれたんだよ。面白くって、シオンと一緒に空中追いかけっこしたの」
クオンが弾んだ声で答え、シオンが付け足す。
「ロロは、外で飛び回るよりも室内に籠もってなんか作ってる方が楽しいみたい。だから私たちのためにおもちゃを作ってくれて、遊んでるのを見てる」
クオンの返答を聞いて、俺は少し、想像してみた。ロロがへんてこなおもちゃを作り、クオンとシオンが遊ぶ。ロロは自分の発明品が稼働しているのを眺める。それぞれが楽しいのなら、そういう友人関係もありだな、と思う。
ただやはり、ロロの技術力には驚く。
「体が浮かぶほどのプロペラか……すごいな」
「ロロは天才だからね。なんでも作るよ。天才だから、歳は私たちと変わらないのに、セレーネ様と難しい話してる」
シオンの白い髪が、風にふわりと浮く。クオンがうんうんと頷いた。
「セレーネ様とロロ、仲良しだよね! というより、お互いを理解して、ちょうどいい距離にいるっていうのかな?」
「ここ数ヶ月、一緒になにか調べ事してたみたい。私とクオンは、聞いても分かんないようなこと」
ロロは歳の近い子供たちと遊んでいるだけでなく、大賢者セレーネとも親しい。ますます、本当に子供なのか、疑わしくなってくる。
夜空に浮かぶ月が、白くぼけた光を放っている。俺は柵の上で腕を組んで、その氷のような白を見つめる。そしてもう一度、「きれいだな」とつまらない感想を口の中で呟いた。
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