第35話 オディロン1

「オディロン殿下!男児が産まれました!」


王城侍女は焦っているのか息を切らしながら執務室へと飛び込んできた。王城はヒカリの産んだ世継ぎは男の子であった事もあり、祝福で一色となるはずだった。


私は慌てふためく侍女を宥め詳しい様子を聞く。


子が産まれたと知らせが入る直前に執務室の私の机には魔法郵便が届いていた。送り主はロイクから。世継ぎの祝いだと書いてある。


 私は軽い小箱を開けると指輪が1つコロリと転がり落ちた。小さな光を帯びた宝石。この指輪、忘れもしない。彼女に渡した結婚指輪。突き返されてしまった。


私は彼女の事を今も変わらず愛している。けれど、もう、彼女と私を繋ぐ物は何も無い。


彼女をまた深く傷付けた。


最低だな私は。


絆はこんなにもヒカリに会いたいと願っている。嫌だ。嫌だ。


頭ではこんなにもヒカリに憎悪し、すぐにでも殺したいと願っているのに。


私はあの女の所へ向かわず、父の執務室へと向かった。


「父上、今よろしいですか?」


「オディロンか。どうした?」


私はソファに座りため息を1つ吐く。


「弟のリシャールを王太子に変更して下さい」


「何故だ?ヒカリは女神が決めた絆の相手だろう?生涯オディロンと幸せに暮らす約束だぞ。今日王子を産んだばかりだが」


父は仕方がないなと言わんばかりに大きく息を吐く。


「あれは王妃の器ではありません。それに既にご存知だとは思いますがしっかりと赤毛の子を産みました。立派な不貞ですよ」


「… 後悔はないか?」


「ええ。あの女に『常闇の光』を」


「よかろう。して、お前はどうするのだ?」


「私はアレットの元に向かいます。きっと産まれた子は私とヒカリの子だと信じているでしょうから誤解を解きに行かねば。ずっと1人で寂しい思いをしているはずですから」


そのためにずっと準備をしてきたのだから。遅くなってしまった。一刻も早く、早く彼女の元に行きたい。


「分かった。今まで苦しみ続けたのだ。もう良いだろう。アレットにも宜しく伝えておくれ」


「父上、有難うございます」


 私は礼をして部屋を後にする。逸る気持ちをどうにか抑えて後宮へと向かう。途中、父の執事と落ち合い目で合図を送ると、執事は頷いた。






「オディロン殿下、こちらです」


マーリンが待ち侘びた様にヒカリの元へ案内する。


「オディロン!!あたし、貴方の子どもを産んだわ!!褒めてちょうだいっ。頑張ったのっ」


マーリンはそっと視線を向け、頷く。あぁ、しっかりと子どもを見ていないのか。私は満面の笑みを浮かべる。


「ヒカリ、よくやったよ。疲れただろう?少し休むといい。ちょうど産後に効くお茶を用意していたんだ。後でマーリンに淹れて貰っておくれ」


「嬉しいわ。これでようやく私もオディロンの妻として認められるのね。あたし、これから立派な王妃様になるわ!」


「あぁ。そうだね。さぁ、疲れただろう?休むといい」


「あたしはこのままオディロンと一緒に居たいわ」


ヒカリは私の手を握ろうとしていたが、そっと手を引き抜き、答える。


「一緒に居たいと言ってくれるのは嬉しいよ。けれど、今から大事な会議があるんだ。ごめんね」


「分かった。じゃぁ、会議が終わったらすぐに戻って来てね。約束よ!」


「いつ終わるかは分からないけれど、また会いにくるよ」


そうして後宮の一室を出た。


「殿下、あの女の子供はどうしますか?孤児院にでも送りますか?」


歩きながらマーリンは子供の事を聞いてきた。


「赤毛に茶目なんて何処にでもいる。孤児院でも問題ないが、母親がアレと知ったなら子が可哀想だ。どこか子を望んでいる商家はないか?父親は優秀だから上手く育てば優秀な子になるだろう」


「では、手配しておきます。それにしてもあの魔法薬よく効いていましたね。拷問官と殿下との区別がつかないほどに。あの女は閨を共にした事でオディロン殿下に許され、愛されていると思っていますし。


産まれた子にも興味は無さそうでした。どこまでも自分本位な女です。それはそうと、殿下は、アレット様を迎えに行くのですか?」


「… 迎えには行かない。私がアレットの元に向かうだけだ」


マーリンの声は震えている。


「アレット様が、もし、帰って来られるなら、すぐに会いに、駆けつけます。それまでにあの女を仕上げておきます」


「マーリン、いや、リコ。いつも嫌な役目を有難う。アレットに会えたら伝えるよ」


そうして慌ただしく王城会議が開かれる事となった会場へと足を運んだ。

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