第14話

「皆様、どうぞ会場へお入り下さい」


宰相の声で陛下と王妃様は先に会場へ入り、私達は正装に着替えた後、入場となった。


「… アレット・グラーヴ公爵令嬢。今は泣いてはいけませんよ」


そっとオノレはハンカチを差し出した。


「オノレ・アティテュード伯爵子息様、ありがとうございますわ」


私はハンカチを受け取りそっと涙を拭いながら貴族としての振る舞いを思い出す。ロイクは私の肩を抱き寄せ、無言のまま頭をトントンと撫でた。




 私達は陛下に1人1人名を呼ばれ勲章を授与される。会場中が拍手と魔物の脅威が去った安心感で皆明るい表情をしている。


「ホルン王国の未来を祝して乾杯」


「「「乾杯」」」


始まった晩餐会は恙無く進められた。私達5人は中央の席で最高級の食材を使った最高の食事が出された。久々の贅を凝らした食事。モルガンは私達の食べ方を見よう見真似で食べている。皆、和やかに食事を進めている。


 食事中にも関わらず、ヒカリはオディロン殿下に話しかけに行こうと立ち上がるがロイクに引き止められている。


「もう、ロイク!私はオディロンの所に行きたいの。邪魔しないで!」


「ヒカリ。普段から貴女の頭の中はカラカラと鳴っていますが、特に酷いですね。周りを見てご覧なさい。誰も立ち歩いていませんよ」


「えーいいじゃない。だってあたしの運命の人に会いたいんだもの」


ヒカリのその言葉にロイクは眉を顰める。


「… 運命を捻じ曲げられた人の気持ちにもなってみなさい。今は静かにここでじっとしているのです。貴女がして良い事はそれだけですよ、ヒカリ」


「えー、なんだぁ。オディロンはあたしと会いたくて仕方がないけど我慢してるって事ね。分かったー。彼が来てくれるまでここで待ってる」


オディロン殿下の事を思ったのだろう。ヒカリは口を尖らせて不満顔だがロイクの言う事に従った。アレットの事を思いロイクは重いため息を吐いた。


ようやく食事も終わり、歓談の時間となった。貴族達はサロンへ移動し、話しを始めているわ。貴族同士の駆け引きの場であるため微笑みながらも情報収集や取引等忙しなく行われている。私達もサロンに行くように従者に促される。


もちろんオノレ様やロイク様はこの場がどういったものかよく分かっているので気にする事は無いけれど、モルガンやヒカリは初めてなので不安がある。


「モルガン、貴族達は手ぐすねを引いて待っているわ。言質を取られないように気をつけてね」


「おう。貴族は怖いからな!心配すんなって。伊達に29年生きてねーよ」


はははと笑いながらオノレ様とロイク様とサロンへ行ってしまった。


「アレット、少し良いだろうか」


後ろから声を掛けて来た人物。


今、一番会いたくて、今一番会いたくなかった人。


「ここでは話も進まない。移動しよう」


 エスコートする為に差し出された手にそっと手を重ねる。震えてはいないだろうか。彼の手の温もりを感じる。それと同時に緊張で自分の手が冷たくなっている事に気が付いた。 


そうして薄暗くなった廊下を2人で静かに歩きはじめる。会場を出るとそれまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。ドレスの掠れる音、帯剣している剣の装飾品の音だけが廊下に響いている。


 私達は殿下の部屋へと入る。カチャリと鍵の閉まる音と共にどちらから口を開く事なく抱きしめ合い、深く口付けをする。


「オディロン様、ずっと、ずっとお慕いしておりました」


「アレット、君の帰りをずっと待っていたんだ。愛してる。その気持ちは今でも変わらない」


涙が止めどなく溢れてくる。


「ですがっ。め、女神様は私達の仲を引き裂いた。ずっとオディロン様と結婚するためにっ、頑張って生きて帰ってきたのにっ」


「アレット、私もアレットと生涯を共にすると決めていたのに。女神はなんて酷い仕打ちをするんだ」


こんなにも愛おしいと感情は揺り動くのに何かが違うと身体が拒否をする。きっとオディロン様も同じ感じなのだろう。どれくらい抱き合って泣いただろうか。


私は擦り切れた気持ちを最後とばかりに奮い立たせてオディロン様に願う。


「オディロン様、明日からオディロン様はヒカリ様の婚約者になりますわ。ヒカリ様の代わりとなった私は、私の絆はこの世界に居ない。どうか、今暫くだけ、このままで、側に居させてください」


「アレット、アレット。こんなにも辛いなんて思ってもみなかった。アレット、私も。私もアレットと別れたくない。どんな事があろうとも君以外を愛する事はない」


そうして泣きあいながら何度も口付けを交わす。気持ちはこんなにも愛おしいのに。苦しくて心が痛む。どれくらいの時間がだったのだろうか。




「さようなら。愛しい、最愛の人」


サロンとは打って代わり、廊下を照らす光は静かに揺らめいている。私は廊下を早足で歩き、城を出た。普通の令嬢ならば辻馬車を頼むけれど、私には必要ない。


… だって勇者だもの。


私は今、誰よりも強いもの。


そう、誰よりも強いの。心も体も。


心に蓋をするように暗闇を1人歩いていく。




 公爵邸へと帰宅する頃には夜も遅い時間になっていた。2年半ぶりの我が家。あぁ、帰って来たんだ。門番は私の姿を見るなりとても驚いた様子で邸の中へと入れてくれた。


「お、お、お嬢様ぁ~」


「ただいま、リコ」


侍女のリコは大泣きしながら抱きついてきた。


「心配かけてごめんね?久々に湯浴みがしたいわ」


そうして湯浴みを終えてベッドに入る。2年ぶりの自分のベッドに入ると、途端に張り詰めた心が溶けていくのがわかる。そのまま私は意識をベッドに預ける事にした。

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