第13話

 私達は今から神殿で女神様に魔王討伐の報告をする事になっている。紋章を持つ者は紋章を女神様に返還する時に1つだけ願いが叶えられるらしい。


私は何を望もうかしら。


国民の幸せ、それとも自分が産むであろう子供達に向けた子孫繁栄や国が栄える事かしら。色々と考えながら私達は神殿の1番奥にある女神像の前で横一列に並び膝を付いた。女神像の横には大神官様。


私達の後ろには国王陛下達が見届け人となるために座っている。


「これより女神様へ紋章の返還の儀式を行う。女神様に問われたら一人一人願い事を答えるように」


私達は静かに女神様へ祈りを捧げると女神像の上から一筋の光が差した。


ー 紋章を持つ者達よ。よく頑張りましたね。紋章の返還の時です。モルガン、貴方は何を望みますか ー


「俺は、息子のサンやマルゼル、その内できる孫達が立派に成長出来るようにこれからも食堂を続けて行きたい」


ー 分かりました。モルガンの願いを叶えましょう ー 


そうしてモルガンの手に刻まれていた紋章は光と共に消えていった。


ー ロイク・クラレンドル、貴方は何を望みますか ー


「私は賢者となりたいです。魔法に生涯を捧げたいと思っています」


ー 分かりました。ロイク・クラレンドルの願いを叶えましょう ー


そうしてロイクは魔法使いの紋章が消えると同時に賢者の印が手首の周りに刻まれた。


ー オノレ・アティテュード、貴方は何を望みますか ー


「私は婚約者と生涯仲睦まじく過ごしていきたいです」


ー 分かりました。オノレ・アティテュードの願いを叶えましょう ー


そうしてオノレも手から紋章が消えた。


ー マツイ・ヒカリ貴女は何を望みますか ー


「あたしは、運命の赤い糸で結ばれた王子様と結婚して幸せに暮らすのよ!」


ー 王子とはオディロン・ホルンの事ですか ー


「ええ。もちろん、そうに決まってるわ!」


ヒカリはにっこりと笑顔で当たり前のように答えている。


待って!


やめて!


横にいる私は咄嗟に叫ぼうとするけれど女神様の力なのか動く事も声を出来ない。


ヒカリはワクワクでまだかまだかと待ち侘びている様子。


あんまりだわ!


オディロン様は私の婚約者であり、最愛の人なの!


私から彼を取り上げないで…。


涙が頬を伝う。自分はなんて無力なの。こんなに努力しているのに。動く事も声も上げられないなんて。嫌よ!愛する人が私から遠のいていく。


ー ヒカリ、貴女は異世界から来たため、この世界に貴女の女神の絆で結ばれた相手はいません。貴女はオディロン・ホルンと結ばれたいと願う場合、オディロン・ホルンの相手との絆を切って結び直す必要がある。相手の運命を捻じ曲げてでも結ばれる覚悟は出来ていますか ー


「もちろんよ!だって物語では魔王退治したら聖女と王子は末永く幸せに暮らしましたってなるでしょう?オディロンは私の王子様なの。生涯幸せに暮らせるに決まっているわ!!」


ー 分かりました。貴女の願いを叶えましょう ー


するとヒカリの紋章が消えると共に後ろに居たオディロン様が苦しみはじめた。それと同時に私の中にあった何かがスッと消えてしまったのだと理解した。


「何!?どうなったの?オディロン!!」


ヒカリは驚いた様子でオディロン様に駆け寄り支えようとするがパシリと手を払われる。


私を含む他の人達はまだ女神様の力で動けずにいる。


苦しい。


オディロン様との絆が消えてしまった。


… 涙が止まらないの。


オディロン様に今すぐ駆け寄って抱きしめたいのに、女神様は許してくれない。


何故、女神様は私にこんな仕打ちをするの?



ー アレット・グラーヴ、貴女は何を望みますか ー


「… … … 女神様、私の願いは保留にしていただけないでしょうか。今はまだ冷静な判断が出来そうにありません」


ー 良いでしょう。願いが決まったら私の像に願いなさい ー 


 そうして女神様は私の勇者の紋章を消さずに儀式が終わりを迎えた。女神像の光が消えた後、他の者達はその場から動く事が許された。


けれどヒカリ以外の誰もが暗い表情となり、口を開く事を躊躇っている。


 オディロンは苦しみから解放されたようだが、屈みこんで両手で頭を抱え、その表情は誰にも読むことは出来ない。


儀式が終わった事を知り、すぐに宰相が迎えに来た。


「さぁ、これから晩餐会が始まります。各人着替えもありますので移動をお願いします」


「… あぁ。皆、神殿から、出るとしよう」


 陛下の言葉に促されるように神殿から王城の晩餐会が開かれるホールへと向かう。キョロキョロと見まわしながらヒカリは護衛にエスコートされて先頭を歩いている。オディロン殿下を気遣う様子は無さそうだ。


嬉しそうに歩くヒカリ以外は不幸な出来事を慮り、暗い表情となっていた。

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