第15話

 気がつけば既に日は高くなっていた。久々の寝坊。こんなにゆっくり起きたのはいつぶりかしら。私は急いで生成りのシャツとズボンに履き替えて執務室へ行く。


「お父様、宜しいでしょうか」


私は父の居る執務室へ入ると、そこには父、母、兄とセバスチャンが緊張した面持ちで私を待っていたようだ。


「アレット、魔王討伐ご苦労様。陛下から神殿での話を聞いた。…なんと言って良いか」


父が言葉に詰まっている。


「お父様、やはりオディロン様との結婚は無くなるのでしょう?」


「… ああ」


「神殿で異世界から来たヒカリ様の女神の絆の相手はこの世界には存在しないそうです。それを彼女はオディロン様と女神の絆を結び、結婚すると願われました。女神様はそれを了承しましたわ。


私の中のオディロン様との離れ難い、2人で1つに近い感覚、なのでしょうか、それが絆というのかもしれません。けれどそれは女神様の手によって奪い去られてしまいました」


「… そうか」


母は何も言わずに涙を流している。


「お父様、オディロン様との結婚が叶わぬ今、貴族籍を抜けて平民となります事をお許し下さい。ヒカリ様は私に代わり、この国を繁栄させていくでしょう?」


「アレット。辛かっただろう。このままでいいじゃないか。ゆっくり領地で休んでおいで。後は私達が何とかするから」


兄が辛そうな表情をしながら話す。


「ですが、お兄様。オディロン様の結婚式には必ず出席しなければなりませんし、公爵令嬢、そして勇者として魔力を有した私は子供を産ませるためにこれから貴族達の取り合いが始まるでしょう。それこそ勅命もやぶさかではありません」


 数百年単位で現れる紋章を持つ人達の子孫で現在の僅かな魔力を維持していると言っても過言ではない。何もしなければ徐々に魔力を持つものが減っていく。だからこそ魔力を維持する為に紋章持ちは多産が望まれる。


今代は魔力の多い私や賢者となったロイク様とヒカリ様がそれを担うと思われる。殿下との婚姻を否定された私の行く末は絶望しか無い。家族も今後を危惧しているのが痛いほどにわかる。


「お父様、私を貴族籍から抜いて下さいませ。我儘と分かってはいるのです。ごめんなさい。それにお父様達にこれ以上負担は掛けられませんわ」


「アレット、それは…」


「ううっ。アレット。母は嫌です。アレットばかりに辛い思いをさせて!アレットは何も悪くないわ!アレットがこんなにも頑張り続けているのに!」


「お母様、ごめんなさい。貴族籍を抜ける我儘をお許し下さい」


「だって、貴女は公爵令嬢なのですよ。1人で料理だって、着替える事だって、1人で街を出歩いた事だって…なかったのに…」


「この2年半で大分1人で出来るようになりました。野宿だって一晩中魔物を狩る為に山を走り続けてきたのです。大丈夫ですわ」


私は母の心配を少しでも減らそうと微笑む。


「… そうだな。これ以上アレットが貴族でいるには苦しむ未来しかみえない。人類の脅威から救ってくれたんだ。アレットの好きなように生きて行きなさい。だが旅に出るにしても定期的に連絡は必ずしなさい。たまには家にも帰ってくるように」


「… はい。お父様」


「父上、オディロン殿下の婚約者交代が出回る前に手続きを行いましょう。貴族達から阻止されかねない。アレット、何もしてやれない兄貴ですまない」


「お兄様。私はお兄様がいて跡取りとなっているからこうして我儘が言えるのです。ありがとうございます」


そうして家族会議を終えるとすぐに父は王城へ手続きに向かった。

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