第63話 切り札


 「ダグラス、聖女様の援護! 攻撃が集中し過ぎてる! 彼女の攻撃を止めない様に、全部防げ!」


 「了解っす!」


 前に比べて攻撃の幅を広げたらしい黒鎧が、魔弾の挙動を変えて聖女様を攻撃し始めた。

 それでも避けたり防いだりしてくれれば良いのだが、彼女は構わず攻撃を続けるのだ。

 足を貫通しようと、腹に魔弾を受けようと。

 ただただ治し、何でも無い様子で攻撃を続ける。

 正直、見ていて痛々しい。

 これで「全く問題ありませんので、攻撃を続けて下さい」なんて言われれば、ある程度無視できたかもしれない。

 でも、攻撃を受ける度。

 彼女の表情が一瞬だが、少しだけ曇るのだ。

 それはつまり、傷みは俺達と変らないはず。

 聖女様から教えを受けたリオがそうであるように、彼女もまた“超越した存在”という訳では無いのだ。

 傷を受けても瞬時に回復し、攻撃を続ける。

 それでも、痛いモノは痛いのだ。

 治るからと言って、致命傷を受けても死なないからと言って。

 無視して良い内容では無かった。


 「聖女様! 攻撃はお願いするっす! 守りは俺がやりますんで!」


 「ダグラス君、ありがとうございます。結構痛いので助かります」


 勇者様から預かった盾を振り回しながら、彼は聖女様の周りを駆けまわった。

 ミラーシールド。

 本当に言葉のまま、鏡の様に美しい盾を振り回し攻撃を凌ぐダグラス。

 あの盾は、正面から受けた魔法攻撃をそのまま跳ね返すらしい。

 盾以上の大きさの魔法は無理だと聞いているが、今飛び交っている魔弾程度なら問題にもならない様だ。

 正面から受ければ正面に返し、角度を変えれば明後日の方向に反射した魔弾が飛んでいく。

 それを利用したのだろう。


 「そらそら! 防御しながら援護するっすよぉ!?」


 「フフフッ。器用ですね、ダグラス君。これは私も頑張らないと」


 相手の攻撃を無理な角度で逸らし、曲がりながら迫って来る攻撃さえも返していくダグラス。

 どんな神業だよと言いたくなるが、乱射される魔弾を彼は黒鎧に向かって薙いでいく。

 この魔法反射攻撃と共に、聖女様の“ストロング”による物理攻撃が更に激しくなる訳だが。


 「あはははっ! どうしました!? その程度ですか!? 大きな体の割に、随分とひ弱なのですね。もう少し優しくしてあげた方が良いでしょうか?」


 もはや戦闘狂とも言える笑みを浮かべながら、彼女はひたすらに黒鎧を殴り続けた。

 ちょっと中に居るミーヤさんの事が心配になってしまうが、それは鎧をどうにかしてから考えれば良い事だ。

 まずは戦闘不能にしてから。

 今この場で彼女の事を心配し過ぎても、多分良い結果にならない。


 『“もしかしたら”の可能性は、今生きている皆より優先させるべきじゃない』


 妹から言われた台詞を噛みしめながら、俺もダッジを思い切り振るった。

 ガツンッと重い音を立てて、相変わらず刃など通らないが。

 だったら、“回転式”に。

 なんて思ってみたのだが。


 「チッ!」


 中に彼女が居ると思うと、どうしても貫く事に躊躇してしまった。

 分かってる、分かってるんだ。

 勝たなきゃ、生き残らなきゃ皆やられる。

 それなのに、嫌な意味での“もしかしたら”が消えてくれなかった。

 鎧を貫き、中の肉を引き裂き。

 突き進んだ結果、もしもミーヤさんを傷付けてしまったら?

 そう考えると、どうしても最大の攻撃が放てずにいた。


 「リック! 合わせます!」


 聖女様の声にハッとしながら、今一度振りかぶった大剣に力を入れた。

 現在俺は黒鎧の背面に回っている。

 正面で聖女様が拳を構えている以上、前後から攻撃を合わせると言う事なのだろう。

 でも、そんな事をして。

 中に居る彼女は、無事なのだろうか?

 頭の片隅に疑問を残しながらも、ダッジを振るってみれば。


 「兄さん! それじゃ不味い! 明らかにバランスが取れてない! もっと強く踏み込んで!」


 フレンの言葉と共に、俺は黒鎧と一緒に吹っ飛ばされた。

 相手の背中に、確かに一撃を叩き込んだ。

 だと言うのに、正面から来る衝撃に力負けしたのだ。

 聖女様の拳は、“ストロング”による攻撃は。

 俺の何倍も力が乗った、“倒す為の一撃”だった。


 「リック、とっとと起きなさい! 男の子でしょう!? 根性見せなさい!」


 彼女の言葉にカッと目を開いてみれば。

 一緒に吹っ飛ばされた黒鎧が、俺に向かって手を伸ばしていた。

 思わず全身を使って跳び起き、そのまま距離を取る。

 いい加減にしろ、俺。

 今は仲間の命が掛かっているのだ。

 同時に、ミーヤさんの命も掛かっている。

 だからこそ、だ。

 ここで俺がやられれば、間違いなく“崩れる”。

 聖女様はまだしも、他のメンバーにはどうしたって動揺が走るだろう。

 だからこそ、覚悟を決めろ。

 可能なら救う、でも。

 もしかしたら“殺してしまう”覚悟さえも、胸に刻め。


 「ごめんなさい、ミーヤさん。失敗したら、殺しちゃうかもしれません」


 言いながら、ダッジを正面に構えた。


 「貴女が好きです、絶対に救いたいと思っています。でも……」


 大剣は徐々に形を変え、片刃の巨大な姿へと変形していく。

 俺の血を吸った、紅いラインを刃に残しながら。


 「今現状では、第二の保護対象なんです。俺は、今生きている仲間を助ける為に武器を振るいます」


 宣言してから、思い切り踏み出した。

 もっと早く、もっと強く。

 この場にいる皆を、現在敵になっているミーヤさんも救いたいのなら。

 誰よりも活躍しろ、誰よりも強くなれ。

 そして、俺の都合で事態を動かせるくらいに戦況を支配しろ。

 それが出来ないなら、“失う”だけだ。


 「だぁぁらぁぁぁ!」


 相手が持っていた槍を根元から斬り飛ばし、体を回転させながらもう一閃振り抜いた。

 黒鎧の首が吹っ飛んで、相手のバランスが崩れる。


 「一気に畳みかける! リオ、フレン! 両手に攻撃を集中しろ!  ダグラス、足に攻撃を集中して動きを止めろ! 聖女様……“開いて”下さい!」


 「了解致しました」


 指示を出した直後、斥候組は相手の両腕に刃物を突き刺し、抉る。

 更には両手の刃を犠牲にしながら、全体重をかけて腕の動きを封じていく。

 そしてダグラス。

 彼には本来こういう役割を与えるべきでは無いのだろうが。

 装備を投げ捨て、渾身のタックルをかましながら抱き着く様にして相手を地面に叩きつけた。


 「準備しなさい! ここからが正念場ですよ!」


 声を上げる聖女様が巨大な掌で鎧を開き、中に居る彼女を無理やり……“引きちぎる”様にして外に放り出した。

 空中に舞うその姿は、どこからどう見ても。


 「ミーヤさん……」


 彼女の姿を瞳に捕らえた瞬間、思わず涙が零れそうになった。

 しかし、戦況はソレを許してくれる筈もなく。


 「リック、切り裂きなさい! 断ち切りなさい! それが、貴方の務めなのですよ!?」


 その言葉と同時に、大地を蹴った。

 片刃となったダッジを振りかぶり、空中に放り出された彼女に向かって跳び込んでいく。

 俺は今から、愛する人に刃を入れる。

 こんなの、こんなのってないだろう。

 ズキズキと痛む胸の痛みを押さながら、ダッジを握る手に力を入れた。


 「ごめんね、ミーヤさん」


 それだけ言って、魔剣を彼女に向けて振るうのであった。


 ――――


 「ハハハハハッ! この程度!?」


 そこら中に向けて、サキュバスが魔法を連射して来る。

 こちらの手が増えた事で、相手も魔力を出し惜しむ暇さえ無くなったのか。

 これまで以上に、まるで雨の様に攻撃が降って来た。

 こればかりは逃げの一手になるしかなく、ひたすらに回避を続けていた訳だが。


 「ファリア、アルマ。少しだけ頼めるか?」


 大剣で相手の魔法を撃ち落としながら呟いてみれば、二人は無言で頷いてみせた。

 ならば。


 「あら? 剣士さんは逃げちゃうのかしら? 逃がさないけど」


 俺達の動きに勘づいたらしいサキュバスが、此方に攻撃を集中してくる。

 だが、俺の仲間は“勇者一行”なのだ。


 「させると思っているのかい? 速度ばかり特化した雑魚魔王の分際で。調子に乗り過ぎだよ」


 ファリアが障壁を展開し、反撃の魔光線を撃ち放す。

 それを回避しながら、更に攻撃を続けようとするサキュバスだったが。


 「速さで勝負するなら、相手になるよ。どっちが速いか勝負しようじゃないか」


 背後に回ったアルマが、聖剣を一閃した。

 その際、随分と距離の有る周囲の建築物も一緒に両断されたが。

 まぁ、いつもの事だ。

 とりあえず俺は二人が稼いでくれる時間を、どうにか有効活用せねば。

 次から次へと鎧を脱ぎ捨てて、平服の様な姿になっていく。

 戦場で何をやっているのかと言われそうだが。

 魔剣や聖剣と同じく、鎧にだって似たような物は存在するのだ。


 「本当に鬱陶しい! そこの魔女以外は、一つだけを特化した様な出来損ないの癖に!」


 「おや、私の事は評価してくれるのかい? ありがたいね。しかしそれは同じ魔術師だからそう見えるだけさ。同時に、魔術師が周囲を見下すのも良くある事だ。悪い癖だよ」


 煽り言葉を放つファリアが、上空に飛び上がったサキュバスを撃ち落とした。


 「酷い評価もあったもんだ、まぁ慣れてるけど。俺も一応“勇者”だからね、少しくらい煽られたり恨みを買った所で凹んだりしないよ?」


 相手と共に落下しながら、アルマが翼を斬り取って相手の自由を奪っていく。

 これで再生するまで、敵は足に頼るしかなくなった訳だ。

 上出来、そう言う他ない。

 そして、こっちも準備完了だ。


 「待たせたな、お前等」


 平服のまま戦場に飛び出し、掌大のキューブを正面に掲げた。


 「は、ははっ。何のつもり? 武装解除して飛び出して、殺してくれとでも言ってるの?」


 地面に落ちた彼女は、苦しみながらも此方に鋭い視線を向けて来る。

 但し、近くに着地したアルマは全力で逃げたが。


 「見せてやろう。俺みたいな一般人でさえ、英雄と呼ばれた片鱗を」


 呟いてから、キューブに魔力を込めていく。

 大した魔力じゃない。

 本当に、“鍵”を開ける程度。

 だとしても、コレを使える人間は限られていると言う話だが。

 幸い、“コイツ”は俺を選んでくれたのだ。


 「ただの人間で、普通の傭兵で。だというのに最後まで生き残れた理由が、“コレ”だ。そして前魔王すら苦戦したソレを、目に焼き付けろ」


 更に魔力を込めればキューブは開き、溢れ出す光りが俺の体を包んでいく。

 光に包まれた箇所から俺の体は鎧に包まれ、やがて全身を完全に覆った。

 これが以前魔王と戦った時に、最後に使用した武装。

 兵器と呼ばれる魔王に相対する為には、こちらも兵器になる必要がある。

 旅の途中で授かった、俺が持っている装備の中でトップクラスに貴重な物。

 それが、この鎧。

 俺にとっての“切り札”だ。


 「これが、“変身”というものだ」


 白銀の鎧に身を包み、先程から掴んでいる大剣が魔力も送っていないのに、魔法剣の長さが二倍以上に膨れ上がった。


 「おかしいでしょ、おかしいでしょうが! 勇者でもないアンタが、なんで“そんな物”を使える訳!? だってソレお伽噺に出てくる様な、初代勇者の鎧じゃ――」


 「世界ってのは、案外いい加減に出来ているのかもしれないな。コイツは、勇者でも何でもない俺を選んでくれたよ」


 その一言共に、本来の性能以上を発揮する大剣を振るう。

 先程より長い刃は、容赦なく相手の胴を真っ二つに切り裂いた。

 この鎧は、簡単に言えば奥の手だ。

 ほんの少しの間だけ、俺でも“英雄”って奴にしてくれる。

 体は軽くなるし、怪我もすぐに治す。

 魔剣や聖剣を持てば、本来の力以上のモノを発揮する。

 しかし、短い時間で決着を付ける必要があるのだ。

 だからこそ、最後の最後にならないと使えない“切り札”。

 この鎧を纏った以上、“勝利”以外の事例は許されないのだ。


 「悪く思うな。俺達は“魔王”を殺す存在なんだ」


 それだけ言って、大剣を振り回した。

 相手が細切れになるまで、これ以上復活しない様に。

 いつも以上に軽い体は、おそらく常人では目に追えない速度で大剣を振り回していることだろう。


 「は、はは……ほんと、化物だわ」


 「それを人は、英雄と呼ぶんだよ」


 声が聞えた肉片を更に細かく刻み、最後の一撃とばかりに大きく振り抜いてみれば……地面が割れた。

 そしてファリアが追撃をかまし、地割れが更に広がっていく。


 「眠れ、それが世界の為だ」


 訪れるのは静寂。

 間違いなく相手を討伐したとは思うが、改めて周囲を警戒していく。

 だが、再生しそうな残骸は見つからなかった。

 つまり。


 「魔王二体目討伐完了、だ。お疲れ様、ドレイク」


 笑みを浮かべるファリアが、此方に歩み寄って来て杖を仕舞う。

 彼女が言うんだ、間違いなく全て終わったのだろう。


 「お疲れ様。いやぁ、まさかこんな所で魔王モドキと戦う事になるなんてね」


 溜息を洩らすアルマが、その場に腰を下ろしながら疲れた顔を浮かべている。

 とりあえず、此方は終わった。

 後は子供達の元へ向かって、助けてやらなければ。

 そんな風に思った、その時。


 「っ!?」


 右手に、鋭い痛みが走った。


 「ドレイク?」


 「どうしたのドレイク? 何処か怪我した!? すぐセシリーの所に行こう!」


 歯を食いしばりながらも、どうにか二人の声に口元を吊り上げてみせる。


 「何でもない、子供達の所へ援護に行ってやろう」


 それだけ答えてから、二人に隠して籠手を外す。

 妙な事も有るモノだ、思わずため息を溢してしまう。

 俺の指先は、えらく黒い色に染まっているのであった。


 「魔王に関われば、呪いが移る。そんな事を言われた事も、あったっけな。迷信だとばかり思っていたが」


 小さく呟いてから、もう一度籠手を着け直した。

 隠しきれはしないだろう。

 なんたって、俺達は勇者パーティ。

 この世界で、誰よりも“魔王の呪い”に詳しいメンバーになってしまったのだから。


 「行こう、俺達の助けを待っている筈だ」


 でも、今だけは。

 しばらくは。

 あの子達の為に、俺の命を使ってやりたいと思ってしまったのだ。

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