第61話 強さの種類


 各所の旧市街を行ったり来たり、家に帰ったり野営したり。

 コレと言って変わった様子も無く、子供達も順調に戦闘をこなしている。

 そんな毎日を繰り返し、今日もまた野営をしながら焚火を眺めていた。


 「父さん達って、あまり建物を使わないよね。こんなにいっぱい周りにあるのに」


 今日の見張りで一緒になったリックが、ぽつりとそんな事を呟いた。

 確かに、俺達はあまり残された建築物を使わない。

 いつも通りテントを張って、雑魚寝する事がほとんどだった。


 「特別な理由というか、こだわりがあるわけじゃないんだ。でもそれっぽい言い訳をするなら、普段から環境を変えなければいざという時の対処が早くなる。建物内の隅々まで確認する時間の短縮などなど、と言った所かな?」


 「含んだ言い方だね。本音は?」


 「寝起きに戦闘が始まった場合、見知った場所じゃないとアルマとセシリーが混乱する。はっきり言って使い物にならん」


 「あははっ……しばらく一緒に居て分かったけど、昔から苦労してたんだね」


 息子からも同情されてしまった。

 アイツ等は何というか、とにかく“やらかす”のだ。

 実力自体は相当高い水準を保っていると言うのに、急なトラブルが発生した時には二人して慌てふためいてしまう。

 そして二人共、何故か「嘘だろ?」と言いたくなるようなトラブルに巻き込まれるのだ。

 こればかりは体質みたいなものだと諦めているが。

 寝ぼけた状態であの二人が強力な魔法でも行使しようものなら、どれ程の被害が出るか分かったものではない。

 だからこそなるべく環境を変えないか、すぐ近くに俺かファリアが付く様になった。

 ほんと、あの頃はリックやフレン以上に“手の掛かる子供”という感じだったなぁ……なんて思い出していると。


 「父さん達はさ、どうしてそんなに強いのかな。特別な環境にあった、特別な事を成し遂げた。それは分かるんだけど、俺達との違いって何なのかな。俺はどうしたら……もっと強くなれるのかな」


 焚火を眺めながら、リックがぼうっとしながら呟いた。

 リックは何というか、自身を肯定する意識が低いのだろう。

 言い換えれば、自信が無い。

 いや、違うな。

 自信を持つ事を恐れていると言った方が正しい。

 昔に比べれば随分と無茶な戦い方をする様になったが、多分それは今だけだ。

 あのサキュバスを討伐し、ミーヤに対して何かしらの決着が付けば。

 多分リックは昔に戻る。

 慎重で、仲間の心配ばかりするあの頃の彼に。


 「リックは、どういう強さが欲しいんだ?」


 ポツリと呟いてみれば、息子は不思議そうな顔で俺の事を見上げて来た。

 やはり、あやふやなのだろう。

 大人だって理解していない人間の方が多いくらいなのだから、致し方ないが。


 「強敵を打倒す強さ、仲間を守れる強さ。そして誰かを救い出す強さ、更には何かを育む強さ。その他にもいっぱいある。強さの種類は、一つじゃないんだ。そして選ぶソレによって、生き方さえ変わってしまう」


 共通している点も多いが、目的が違う。

 だからこそ、そこには“人間性”が出る。

 数々の戦士を見て来た、数々の人々を見て来た。

 俺には持っていない何かを持っていて、皆毎日を過ごしていた。

 ただ生きるだけだったとしても、様々な苦悩がある。

 金、食料、仕事。

 個人では対処出来ない事態だって数多くある。

 でもどうにか自らの“特徴”を最大限に利用して、皆生きているのだ。


 「お前は、どんな強者になりたい? 何か一つを選ぶ必要は無いが、何かを選ばないと人は生きていけない。それが人生で、“強さ”というものだ。生きているだけで何かと戦う必要がある、抗う必要がある。だから、お前は“何に対しての強者”になりたい?」


 そう問いかけてみれば、リックは悩ましい顔のまま俯いてしまった。

 考えろ、存分に。

 それはお前に必要な事で、きっと未来の懸け橋になる。

 ただただ目の前の事に対処するだけの人生は、生きてはいけるが方向性が他人任せになってしまうものだ。

 気付いた時には、振り返った時には。

 「あれ?」なんて声を上げたくなる程に、全く知らない場所に立っている。

 俺がそうだった。

 いつの間にか戦場に立っていて、いつの間にか大仕事を任されて。

 ふと気づいた時には、残っているのはたった四人だったのだ。

 俺の人生は、皆の骸の上に成り立っている。

 道を示してくれた仲間達の犠牲があってこそ、俺はココまで歩いて来られたのだ。

 だからリックには……いや、他の子供達にも。

 こんな想いはして欲しくない。

 自らが決めた道だと自覚して、自らの意思で武器を握るべきだ。


 「あの……さ。その答えは欲張っても良いのかな?」


 考え抜いた結果なのだろうか? リックの口からはそんな声が漏れた。


 「当たり前だ。それがお前の人生で、お前の選ぶ“強さ”だ。だったら、欲張れ。好きなだけ強い自分を想像して、目指せば良い。努力は必要になるが、日頃から手を抜かなければ後から実力は付いて来る。目標が他人より多いなら、他人より努力すれば良いだけだ」


 フンスッと鼻息荒く答えてみれば、リックは安心したように笑みを浮かべる。

 大丈夫だ、リック。

 努力ってのは必ずしも一人で成し遂げなければいけないものではない。

 誰かに頼っても良いんだ、寄り添って貰っても良いんだ。

 だからこそお前がどれだけ欲張っても、俺達が手伝ってやる。


 「まずは戦闘力。こればっかりは譲れないかな……現状がこんなだし、アイツを倒す為にもミーヤさんを取り戻す為にも。俺は、もっともっと強くなりたい」


 そうだな、冒険者をこれからも続けるなら絶対に必要になるだろう。


 「それから、これはさっきの事と関連するのかもしれないけど……ミーヤさんを取り戻した後。もしも彼女が生きているのなら、ずっと守り続けるだけの強さが欲しい。何が起きても、俺が居れば何とかしてやるってくらいの」


 確かに戦うのと守るのでは強さの種類も、方向性も違う。

 しかしながら、どちらにも転換できる“強さ”はあるかもしれない。

 その辺りは、今後試行錯誤していく必要があるだろう。

 リックは“守り”というか、“守りながら”戦う術がまだまだ甘いからな。

 そして何より、この子が言っているのは決して戦闘面だけの話では無いのだろう。


 「あとは、そうだな。仲間達に心配させない“強さ”が欲しいかな。俺ってホラ……失敗してばっかりだからさ、皆心配するんだよね。自分の失態だって分かってはいるんだけど、それでも……いざって時に心配されるんじゃなくて、頼りにされるリーダーでありたいかなって」


 そう言ってから、リックは隣に置いてあるダッジを叩いた。

 ガションッと音を立てて返事をするこの魔剣は、俺が保管していた時より随分と機嫌が良さそうだ。

 思わず、やれやれと首を振ってしまうが。


 「あとは? もうないのか?」


 更に追及する俺に対し、リックは少しだけ恥ずかしそうにしながら。


 「こんな状況で言うべきじゃないかもしれないけどさ……もしも、その。子供とか出来たら、父さんみたいな“強い父親”になりたいと思ってるよ。未練がましいと思うかも知れないけどさ、たまにミーヤさんの夢を見るんだ。だから、無事救い出せたら……その」


 段々と声が小さくなっていき、最後の方は聞き取れないくらいにボソボソと喋っていたが。

 それでも、嬉しい事を言ってくれるものだ。

 この子達は、本当に良い子に育った。

 そしてこんな言葉を聞いてしまえば、やはり改めて伝える必要があるのだろう。


 「リック、覚悟はしておけ。ミーヤの状態は、多分良くない」


 「うん……分かってる」


 愛するその人に、刃を突き立てる事態だって起こりうるかもしれない。

 でも、だとしてもだ。

 何も分からない今なら、希望を持ちたくなるのが人間と言うものだ。


 「しかし、ギリギリまで抗ってみよう。満足な状態じゃなくとも、生活に支障が出ようとも。“殺すしかない”状態でない限り、救い出す努力をしよう」


 「……うん、よろしくお願いします。俺達も全力で頑張るから、どうか。どうかミーヤさんが帰って来られる可能性が僅かあるなら、協力して下さい」


 やけに堅苦しい台詞と共に、息子から頭を下げられてしまった。

 全く、リックはいざって時に他人行儀でいけない。

 フレンなら困り果てた末には、俺かファリアに泣き着いているだろうに。


 「子供の我儘を聞くのが親ってもんだ。それが正しい行いだと判断するなら、協力を惜しまない。むしろ先頭に立って背中を見せるのが父親ってもんだ。違うか?」


 「ここまで極端で真っすぐで、物凄く強い“父親”ってのは中々聞かない気がするけどね?」


 困り顔のリックが顔を上げ、俺の瞳を覗いて来る。


 「そ、そうなのか? 普通はもっと違うのか?」


 「あ、いや。褒めてるよ? あと尊敬してるよ? 悪い意味で言ってないから」


 「そうなのか? 本当か?」


 リックの言葉に少々不安になってしまった俺は、オロオロしながら問いただしていく中。

 ふと、空気が変わった。

 ファリアが張っていた筈の防御魔法が、何者かによって破壊された様だ。


 「リック、全員を起こせ。やっとお出ましの様だ」


 「了解」


 気配を察知したリックも、ダッジを背負ってからテントに向かって走り出した。

 戦闘の“匂い”がすれば、すぐさま気持ちを切り替えられる。

 そんな所ばかり、俺に似なくても良いんだが。

 なんて事を思いながら、“鉄塊”を抜き放って正面に構えると。


 「よぉ、久しぶりだな」


 「あらあら、待っててくれたの? 良い夜ね、男女の密会には相応しいと思わない?」


 暗闇の先から現れたのは、いつか見たサキュバス。

 背中から生える蝙蝠の様な羽が四本に増えているが、アレは魔王化の影響か?

 だとすると、“どっち”だ?

 ミーヤとコイツ。

 魔王には一人しかなれない。

 より進行している方はどちらだ?


 「こんな深夜に美女と二人っきりなのに、他の女の事を考えているの? つれないわね」


 「そっちこそ、依然と比べて随分と余裕がありそうじゃないか。“手下”が増えて余裕をぶっこいているって所か? それとも力が増した事で、魔王化を受け入れたか?」


 なんて質問を投げかけてみれば、彼女は大袈裟にため息を吐いた。


 「残念ながら両方ハズレ。勝手にフラフラどこかへ歩き回っちゃうし、言う事も全然聞いてくれないし。魔王化も中途半端に止まっちゃって、やっぱり才能無い子って駄目ね」


 どうやら相手の方も順調には事が進んでいない様だ。

 とはいえまだ分からない事が多いが、彼女もそう多くは語ってくれないらしい。

 此方に片手を向けて、魔力を集め始める。


 「だからちょっと今忙しいの。また後で遊んであげるから、引いてくれないかしら?」


 「こっちも仕事なんでな。悪いが無理やりにでも付き合ってもらうぞ」


 チッと響く相手の舌打ちと同時に、全力で踏み込んだ。

 避けきれなかった魔法がこちらの鎧を傷付けてくるが、構わず突進し大剣を振り下ろす。


 「まだこんなガラクタを使っているの?」


 こちらの攻撃を寸前で躱した彼女は、俺の“鉄塊”を睨みながら一旦距離を取ろうとする。

 ガラクタとは失礼な、大剣なんて大概はこんなものだ。

 とはいえ、確かにこのままでは埒が明かなそうなので。


 「どぉぉらぁぁ!」


 「ちょっ、嘘でしょ!?」


 相手に向かって、全力で鉄塊を放り投げた。

 流石に予想外だったのか、先程よりも回避が遅れた彼女の長い髪を切り裂きながら……というか、ブチブチと巻き込みながら近くの建物の壁に突き刺さった。

 ガラガラと崩れる建物の一角を呆れた表情で眺めてから、彼女は再び此方に視線を向けてくるが。


 「お望み通り、装備を変えてやったぞ?」


 「……聖剣かしら? 全然嬉しくないわね」


 相手が意識を逸らしている間にマジックバッグから引き抜いた一振り。

 白銀の刀身に、深い蒼と金色で装飾された聖剣。

 呪いの類を相手するなら、コイツが打って付けだろう。

 今回は事前に武器を選び、準備しておいて良かった。


 「行くぞ、魔王モドキ。お前をその呪いから解放してやる」


 「ほんと……あのパーティで一番面倒くさいわ。貴方さえいなければ、他の奴等は一人ずつならどうにかなりそうなのに」


 忌々しいとばかりに眉を顰める彼女の懐に向かって、再び飛び込んだ。

 今度は相手も、鉄塊の時の様な余裕な素振りは見せてこない。

 全力で回避しながら、防御の為の魔法まで使っている。

 それもその筈、武器の質が違うのだ。

 付与された魔法効果も、そこらの高ランク武器とだって比べ物にならない程。

 更に言えば、非常に軽い。

 コレも魔法効果だが、先程まで鉄塊を振るっていた身からすれば“軽すぎる”と言いたくなる程に。

 だからこそ、攻撃速度だって格段に上がる。


 「滅茶苦茶過ぎるでしょ、貴方!」


 「これくらいしないと、以前の魔王には勝てなかったものでな」


 周囲の建物を巻き込みながら、ひたすらに大剣を振り回した。

 斬撃に呑まれた建物が倒壊してもお構いなしに、相手の魔法が飛んで来ればそれすら切り落として突き進んだ。

 もはや追いかけっこだ。

 片方は全力で逃げながら魔法を放ち、こちらは大剣で周りを巻き込みながら何処までも着いて行く。

 今回は出し惜しみなしだ。

 身体強化魔法もフルに使って、短期決戦を目指す。


 「逃げ切れると思うな。今回は……確実に仕留める」


 「ハハッ、流石は魔王様の首を刎ねた男。とか言いたいけど……普通に化け物じゃないのこんなの! 周りの物を全部破壊しながら突き進んでくるとか、頭おかしいんじゃないの!?」


 そんな台詞を吐きながら、彼女は周囲から虫達を呼び始める。

 相手も本気を出し始めた様だ。

 さぁ、忙しいのはこれからだぞ。

 グッに握った大剣の柄に、思い切り魔力を流し込むのであった。

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