第60話 想像とは経験がモノを言う


 俺達は旧市街で野営しながら探索を続けていた。

 勇者パーティと呼ばれている俺達以外に、子供達のパーティが四人。

 なんというか、数日も経てば慣れると思っていたが。


 「落ち着かないかい? ドレイク」


 見張りの交代で、ファリアが両手にカップを持ってテントから出てきた。

 どうやら俺の分も淹れてくれたらしい。

 お礼を言ってからカップを受け取り、グイッと喉の奥に暖かい珈琲を流し込む。


 「人が多いのが、何ともな。懐かしい感覚もあるが、心配の方が大きい。アイツ等だって確かな実力がある事は確認している、だからこんな事を思う事自体失礼なのかもしれないが」


 「それが、親というモノじゃないのかい?」


 小さく微笑みながら、彼女は隣に腰を下ろした。

 随分と余裕そうな表情を浮かべているが、ファリアだって同じ様な情況に陥っているらしい。

 外に設置されている魔法トラップの数が異常だ。

 どう見ても、何があっても対処出来るように慎重になり過ぎている証拠。


 「お互い、苦労するな」


 「それは“そういう返事”と思って良いのかい?」


 「どういうことだ?」


 「何でもない、気にしないでくれ。ボンクラ」


 「ボンクラ!?」


 急に暴言を吐かれてしまったが、彼女は珈琲を啜りながらホッと息を吐き出し、夜空を見上げた。

 つられて俺も視線を上げてみれば、そこには満天の星空が広がっている。

 いつぶりだろうな、こんな風に空を見上げたのは。

 普段は正面ばかりに睨み、ただただ突き進んでいた気がする。

 ここ数年で子供が出来て、誰も彼も物凄い早さであっと言う間に大きくなってしまったが。

 だからこそ、こうしてのんびりと夜空を見上げると色々と昔の事を思い出してしまうと言うものだ。


 「ドレイクはさ、この一件が終ったらどうするんだい?」


 急に呟いたファリアに視線を向けてみたが、彼女の瞳には未だ星空が映っている。

 だったら、いいか。

 そんな事を思って俺も夜空に視線を戻し、珈琲を啜ってから口を開いた。


 「どうする、かぁ。どうするんだろうな。子供達が巣立つまでは面倒見るつもりだが、そうだなぁ……いつか出てっちまうんだよなぁ……」


 なんか急に悲しくなって、思わずウルッと来てしまったが。

 ファリアから肩を引っ叩かれた。


 「違う、そうじゃない。君自身の事だ。二人はその……なんというか。多分出て行ったりはしないんじゃないかな、間違いなくあの家に残ると思う」


 「本当にそう思うか? 特にリックなんか好奇心旺盛というか……特攻する傾向がある。そういう行動力のある子は、すぐに出て行っちまうんじゃないかって心配なんだよ。やっぱり男の子は冒険に憧れるからな……」


 「間違いなくリックは大丈夫だね。ドレイクに変化があった場合、気を使って短期間家を離れる事はあるかもしれないが」


 何だか意味深な言い回しだな。

 首を傾げながら隣に視線を投げてみれば、彼女は呆れ顔を浮かべながら上空を眺めていた。


 「何度も言うが、私が聞きたいのはドレイクの事だよ。家族を持った以上、子供達を最優先に考えているのも分るが。その上でドレイクの今後を聞いているんだ」


 俺の今後、今後かぁ。

 この年だし、兜の下は絶望的だし。

 やっぱり一人で冒険者を続けるのが一番ありそうな可能性だ。

 そういう意味では、ファリアこそどうなのだろうか。

 セシリーとアルマは結婚している訳だし、今後も二人で冒険者なり他の仕事なりをやって生きて行けば良い。

 だが、ファリアは?

 彼女の実力を考えれば、金を稼げる知性や能力は腐る程有る筈だから生きる事に心配はない筈。

 だったらそろそろ良い人を見つけて、自らの幸せを求めても良いのではないか?

 なんて風に考えてしまうのだが。


 「そういうお前こそ――」


 「私の話じゃない、今はドレイクの話を聞きたいんだ」


 声を被せられ、ピシャリと発言を止められてしまった。

 こういう時の彼女は、間違いなく真剣だ。

 何をそんなに……とは思ってしまうが、彼女には聞いておきたい理由があるのだろう。

 だからこそ、真剣に考え始めてみれば。


 「もしも、もしもだよ? ミサが君と生涯と共にしたいと言い出したら? 今だってまるで奥さんみたいに家の事をこなしている彼女が、ドレイクと結婚したいと言い出したらどうだ?」


 「ミサが? いやいやあり得ないだろ。アイツは器量も良いし顔も良い、その上家事だって万能だぞ? 俺なんかと一緒になる事自体がありえな――」


 「だから“もしも”だって言っているだろ!?」


 急に大きな声を上げたファリアに驚いて、視線を彼女に戻してみれば。

 彼女はカップを両手に包んで俯いていた。


 「旅を終えて街に帰って来てから、更に実感したよ。私は一人では駄目だ。どうしたって悪い癖が出る。だから普通の仕事をしようとしても続かないし、友人を作ろうとしても上手くいかない。どこかの誰かみたいに何を言われても静かに聞いてくれて、いくら文句を言っても最後まで聞いてくれて、ちゃんと答えをくれる相手じゃないと私は隣に立てないんだ」


 「そ、そうなのか? 周りの人は、あまりお前の話を聞いてくれないのか? そんな馬鹿な」


 それが本当だったら、非常に勿体ない事をしている気がする。

 彼女の話は叩けば響く鐘の様に、少しでも気になった所を質問すれば答えてくれる。

 知識の海という程に、彼女の語る話はいつだって心を躍らせてくれたのに。

 だって、全部答えてくれるのだ。

 例え正解がないお話だって、自身の考察を含めた深い内容を考え出してくれる。

 知らない事なんか無いんじゃないかって程に、普通だったら馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う内容だって、ファリアは真剣に考えてくれる。

 ふと気づくと甘えすぎてしまう程に、彼女の知識と思考にはいつも助けられてきた。


 「何でも知っている様に思える程の豊かな知識。それはお前の魅力だと、お前の努力した“強さ”なんだと俺は思う。思わず頼り過ぎてしまう程に、俺はファリアに期待してしまう。あまり良くない事だとは自覚しているんだが、どうしたって困った時にはお前に相談してしまう癖がついてしまう程に。それなのに、周りの人間は何故駄目なんだ? 正直俺には理解出来ないぞ」


 「それは、ドレイクがドレイクだからだよ」


 ポツリと呟いて、彼女は真っすぐ瞳を此方に向けて来た。

 相も変わらず美しい瞳だと言えよう。

 こんな目で見つめられたら、どんな男だって恋心抱いてしまうであろう程に。


 「ドレイクだから、私を鬱陶しく思わないんだ。昔からそうだったんだよ? 私の隣には君が居た。面倒くさい女である私の話を、最初から最後までずっと聞いてくれたのは……君だけなんだ」


 呟いてから、彼女は俺の兜にそっと触れる。

 細い指だ。

 魔術師であり、学者であるから当たり前なのかもしれないが。

 戦場に立つ女性の指とは思えない程に、とても細くて白い。

 この手だけ見れば、間違いなく俺は彼女に前線から引くべきだと進言しただろう。

 だがファリアの強さを知っている。

 だからこそ、共に戦ってきたのだ。


 「周りの男は馬鹿ばかりなんだな、こんなにいい女を放っておくのだから」


 「どうかな? 私は世間一般的には非常に扱いづらい立場な上、性格もこんなだ。だから、貰い手に困っていてね」


 正直、理解しかねる。

 だが彼女がそういうのだから、そうなのだろう。


 「心配するな、ファリア。お前に釣り合う良い男を、俺の方でも探してみる。決まったぞ、今後の予定。ファリアの相手を探そう。今回の仕事が終わったらまずお前に見合う容姿と、立場。そして実力が無ければ俺が鍛えて――」


 「フンッ!」


 魔力強化を加えた彼女の拳が、俺の腹に突き刺さった。

 ま、待て。腹の鎧が凹んだぞ?

 コレはただの鉄の鎧だから、見た目に比べてそこまで耐久性は高くない。

 だとしても、それは今まで俺達が使ってきた物に比べたらの話だ。

 普通だったら簡単に凹む様な代物ではない筈。

 というか休憩中に武具を壊さないでくれ。

 それこそ、リタさんが言っていた様に“高ランク”装備を使う事になってしまう。


 「ドレイクはこれだからドレイクなんだよ! 何故そんなに自分に自信がないんだい!?」


 「い、意味が分からないぞ……」


 思い切り凹んでしまった鎧をどうしようか右往左往していれば、彼女は怒った様子で立ち上がった。

 そのままグビグビっと珈琲を喉の奥に押し込み、ビシッとコチラに人差し指を向けて来た。


 「だったら、ハッキリ言おう。とういうか条件を出そう! 次に歳を取るまでに私の結婚相手が見つからなかった場合、君が貰ってくれ! 君の隣で、一生を過ごさせてくれ!」


 「……俺にしか得が無い様に思えるが、良いのか? 俺は不男だし、社交性も皆無。立場も曖昧な平民だぞ? それで我慢できるなら、こっちとすれば嬉しい話だが」


 「あぁそういうと思ったさ! だから私としても条件を……まて、今何といった?」


 なにやら、おかしな事を言いだした本人が一番困惑していた。

 これはつまりアレか。

 来年までには絶対結婚したいから、本気で相手を探せと発破を掛けているのか。

 なるほど、これはミサの伝手も借りて全力で探す必要があるかもしれない。


 「だから、来年だろ? わかった、それまでに相手を探す事に協力しよう。俺もお前には幸せになって欲しいからな。全力を尽くそう」


 ガツンッと胸の鎧を叩いてみれば、彼女からは大きなため息が返って来てしまった。

 やはり俺の友好関係が広くない事を知っていて、不安に思っているのだろう。

 だが心配するな。

 今ではミサの協力が全力で受けられる環境にある。

 彼女には悪いが、思い切り頼らせてもらおう。


 「君は……本当に。私やミサの事をどう思っているんだい?」


 何やら呆れた様子のファリアは、大きな大きなため息を吐きながら元の場所に腰を下ろした。


 「ん? 好きだぞ? 皆幸せになって欲しいと思っている、子供が生まれたら俺の所に見せに来て欲しいな。あ、そういうのも勉強しているから預けても良いぞ? 育児は大変だというからな、母親にも休みは必要だ。お前達が休む時間は、俺が作ってやる」


 二人の子供なら、さぞ可愛い子が生まれるのだろう。

 そんな事を想像しながら、ちょっとウキウキしてしまった。

 俺の事は何と呼んでくれるのだろう?

 おじさんでは親戚と被ってしまうだろうし、やはり名前で呼ばせるべきだろうか?

 リックとフレンは本当に手が掛からなかったからな、そりゃもう構い倒してやりたい。

 きっと子供達も協力してくれるから、もっと楽しい筈だ。

 何てことを考えながら、ワキワキと掌を動かしていれば。


 「はぁぁぁ……分かってはいたけどさ。ドレイクは“家族”を持って変わった。でも、未だに“家族を作る”っていう想像が出来てないんだ。全て自分とは関係ない世界だと切り離している。自らがその立場に居る事を、そもそも想像出来ていないんだ。若い頃からずっと戦場に立っていた事から、余計に想像し難いのかもしれないけど……それでも、考えておいてくれ」


 やけに疲れた様子で、ファリアは何度目か分からない溜息を溢す。


 「あぁ、任せておけ。今では戦場から足を洗ったからな、傭兵でも何でもない。ただのおっさんだ。子供のオムツ交換から子供の為の料理まで、いろいろと勉強している。実戦はまだだが、知識はいくらあっても無駄になる事は無いからな」


 「そうじゃない、ドレイク。君自身が、正真正銘父親になる想像だよ。なんて言っても、結局ドレイクはドレイクなんだろうけどね」


 なんだか随分と酷い御言葉を頂いている気がする。

 ムスッとした彼女から伝わって来る空気は、これ以上何も喋るなと言っている気がする。

 ならば、この話はコレで終わりだ。

 こんな魔女様の子供がどんな子になるか、今から楽しみで仕方ないが。

 それでも、ファリアが語りたくないというのなら致し方あるまい。


 「そろそろアルマと交代だろう? 起こして来てくれ、多分放っておいたら起きないから」


 「あぁ、了解だ。引き続き見張り頼んだ」


 短い言葉を交わしながら、俺はテントに向かって歩き始めた。

 色々話はしたが、まず一番近いのはアルマとセシリーの子供だよな。

 どうしよう、仕事をさっさと終わらせて準備を始めなければ。

 二人の子供だ、さぞ美男美女に育つだろう。

 俺にも懐いてくれるだろうか? それから何と呼んでもらおう。

 なんかアイツ等はリック達と同じく、弟子というか……こう言ったら言い過ぎかもしれないが、育てた子供って感じがある。

 だから彼等の子が“お爺ちゃん”とか呼んでくれたら、非常に気持ちが昂るのだが。

 なんて事を思っていると、ファリアが言っていた言葉がふと蘇る。

 “君自身が、正真正銘父親になる想像だよ”。

 正直、こんな平凡で行き遅れおっさんを貰ってくれる女神の様な女性が居れば見てみたいものだ。

 不男で、既に頭皮が後退中。

 しかも特殊な立場であり、今回みたいに駆り出される事はこの先もあるだろう。

 だが、身分は平民のまま。

 これは王様からの褒美を金以外全て断った俺が悪いのだが。


 「結婚、子供。それに、今後かぁ……」


 現状ではサキュバスに魔王問題、子供達のアレコレと問題は多くあるというのに。

 こんな大問題を抱えたおっさんを、誰が共に生きようと思ってくれるのか。

 お伽噺に出て来る戦乙女ヴァルキリーかな? そんな人を探せば良いのだろうか?

 本気でそれくらい特殊な女性じゃないと、俺自身のこの先なんて考えられない事態に陥っているのだ。

 だからこそ、考えるだけ無駄だと言って良いと思う。

 そんな訳で。


 「アルマ、起きろ。交代だ」


 「うぅ~ん、もうちょっと」


 「それで起きた試しがないだろうが、起きろ。ちゃんと仕事しないと、今日の飯は肉無しだぞ。いいのか?」


 「……起きる」


 「良い子だ、見張り頼むぞ」


 やけに眠そうなアルマを起こし、彼が出て行ったのを確認してから今度は俺が横になる。

 何というか、本当に昔に戻ったみたいだ。

 気が抜けている訳でもないし、子供達にとっては大舞台だというのも分っている。

 だとしても、だ。


 「皆、頼もしくなったな」


 それだけ言って、毛布を手繰り寄せるのであった。

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