第59話 赤鎧
しばらくの間強制的に休みを取らされていたが、本日を持って聖女様から仕事復帰のお許しを頂いた。
父さん達の勇者パーティは探索場所を各地に広がる旧市街へと変更し、今日からは俺達も一緒に行動する。
「準備は良いか?」
少しだけ心配そうな声を上げながら、父さんが俺の肩に手を置いた。
「うん、大丈夫。体の方も問題ないよ」
グッと右腕を見せてみれば、今度は反対側からフレンに蹴りを貰ってしまう。
全く、最近足癖が悪いぞ妹よ。
「万全の状態の方が、兄さんは無茶する。また一日でベッド送りになりたくなければ、自重して」
「……なんも言い返せない」
思わず溜息を溢しながら項垂れてみれば、リオとダグラスからは笑い声が漏れた。
なんというか、非常に情けないな俺。
前回は復帰後一日リタイヤでまた仕事を止めてしまった訳だし。
皆が特訓して更に強くなっているだろう間、俺はほとんどベッドで寝てた訳だし。
本当に俺がリーダーで良いのかな? とかなんとか思ってしまうが。
「まぁ今日からは私たちも一緒だ。あまり無茶な事をしたらその場で説教するから、そのつもりでね?」
ファリアさんがそんな事を言いながら、僅かに怖い微笑みを浮かべている。
勇者パーティと同行するというのは非常に心強いが、なんだか監視の意味を含まれている様で少し緊張してしまう。
「とりあえずギルドに行くぞ。臨時とはいえパーティをまとめる手続きと、お前等の武具の登録だ」
「武具の……登録?」
はて、聞いた事の無い手続きだ。
首を傾げていれば、困り顔を浮かべた勇者様が説明してくれた。
「普通ならそんな登録いらないんだけどね。ある一定のランクを超える装備を使用する場合は、必要な手続きなんだよ。もしも襲われて奪われました、なんて言った場合に危険度が明確になるでしょ? 対処する側もそのランクにあった人を揃えないと、無駄に犠牲を生む事になるからね」
なるほど、そういう決まりがあったのか。
確かに父さん達なら凄い武器をいっぱい持っているだろうから、こういう規則に敏感になるのかもしれない。
正直俺達にはあまり関りがあるとは思えないけど……なんて考えてから、サッと血の気が引いた。
「父さん! 俺“ダッジ”の登録してない!」
不味い、完全に規則を破って魔剣を使用している状態だ。
これ、もしかして罰則とか罰金とかあるのだろうか?
前回ギルドに行った時だってダッジを背負っていたんだから、リタさん辺りは教えてくれても良いのに……。
色々と悪い想像をしながら「ああぁぁぁ」と悶えていれば、父さん達から呆れた視線を向けられてしまった。
「安心しろ、ダッジをリックに渡した事は俺から支部長に伝えてある。登録も既に済んでる筈だ」
「あ、ありがとう父さん……」
「今度からは自分で手続きするんだぞ? 今日教えてやるから」
「はい……」
ガシガシと頭を撫でられてから、皆揃ってギルドへと足を向けるのであった。
――――
「リックさんに魔剣を渡したというだけでも驚いたんですけど……今度はメンバー全員ですか」
「今回の相手は、それくらい無いと不味いので。あくまで緊急の措置です」
「はぁ、了解しました。まぁ今お願いしている仕事が仕事ですからね。では高ランク装備の使用者“本人”が、こちらに記載して下さい。いいですか? 本人が、ですからね? 本来は代理の方はお受けできませんので」
えらく圧の強いリタさんが俺を睨みながら、子供達に用紙を差し出していく。
ついでに、俺達四人にも一枚ずつ渡されてしまったが……はて? 装備を変更している訳ではないのだが。
「良い機会です。ドレイクさん達も、いざとなれば“そういった武具”を使用しますよね? 今は皆さん普通の物を使用しているみたいですけど、現場で使う可能性がありますよね? すぐでなくても構わないので、所持している装備の一覧を作っておいて下さい」
「い、一応王様には報告してあるんですが……」
「駄目です。何かあった時に王城に確認に行けとでも言うんですか? 無理だし面倒だし時間が掛かるので、貴方達もリストを作っておいて下さい。今は冒険者なのですから、こちらでも把握しておく義務があります」
そんな訳で、俺達四人にも登録用紙が押し付けられてしまった。
コレ、一枚で足りるかなぁ……。
思い切り溜息を溢しながら、各々バッグの中に用紙をしまい込んだが。
「あと……皆さんはもう少し恰好をどうにかするべきだと思います」
「俺は鎧を着ているだけなんですが……」
「そうだとしても、もう少し普通の鎧にしませんか? ドレイクさんだけでも結構目立ちますからね? 大鎧に仮面にサングラス、そして猫耳フードって」
はぁぁと大きなため息を吐くリタさんに、セシリーが首を傾げながらローブを拡げてクルクルし始めた。
「駄目ですか? このローブ気に入っているのですが」
「聖女さ……じゃなかった。セシリーさんが一番まともです、でも周りがコレなんでソレでも目立つんです」
リタさんも結構グイグイ来るようになったな。
前は四英雄が、とか言ってプルプルしていたのに。
今では他の皆にも強い口調で注意するし。
うんうん、馴染んでくれたようで何よりだ。
とかなんとか思っていれば。
「リタさん、書けた」
「コレで良いのかな? こっちも出来たぜー」
「借り物なんで、返した場合にはまた手続きって必要っすよね?」
子供達が登録用紙を差し出しながら声を上げた瞬間、彼女は普段の表情に戻り。
「はい、確認しますね。ダグラスさんの言う通り、武装を返却した場合にも連絡してください。それから、高ランクの装備は使用者に負担を強いる場合もあります。説明は受けているとは思いますが、皆さん十分に注意してくださいね? 特にリックさん、貴方は最近無茶が目立ちますから。これ以上大怪我をしたって報告は、私も聞きたくありませんからね?」
「す、すみません。気を付けます」
なんだか、俺達の時の対応と違って非常に“優しいお姉さん”って感じだ。
おかしいな、俺あんな風に対応されたの最初の数日だけだった気がするんだが。
その後はもう呆れた視線を向けられたり怒られたりと、なんか申し訳なくなるくらいに感情の上下が激しい対応ばかりされている気がする。
「はい、確認しました。それでは皆さん、本日もいってらっしゃいませ。怪我しない様にして下さいね?」
「「「はーい」」」
「行って来ます、リタさん」
子供達にニコニコ笑顔を向けるリタさんが、その表情のままこちらへ振り返り。
「いってらっしゃいませ。大変かとは思いますが、出来れば問題を“起こさない”で下さいね?」
「……はい、行って来ます」
なんだか、心配される方向性が俺達だけ違う気がする。
――――
「リック! お前達のパーティで三時方向の敵を押さえろ!」
「了解!」
俺の指示に従って、子供達のパーティが動きはじめる。
こうして近くで見ると、やはり成長している。
以前の様な危うさが随分と無くなっていた。
戦闘が始まる前だとしても、しっかりと相手を包囲する形で全員が動けている。
頼もしくなったものだ……。
「ファリア、セシリー、アルマは子供達の援護! 正面は俺に任せろ!」
「ドレイク……流石に過保護だよ?」
「その指示は従いかねますね……貴方以外全員子供達の援護に回すって何ですか」
「あんまり構い過ぎてもその、嫌がられるんじゃないかな?」
仲間達から物凄く呆れた声を掛けられてしまった。
だって、仕方ないじゃないか。
心配なんだもの。
「と、とにかくしっかりと渡した武装が扱えているか確認してくれ。皆の動きを見て、もっと必要そうな薬やスクロールなんかも色々精査してだな……」
「あぁもう分かったよ……でも不味い事態にならない限り私達は手を出さない、いいね? あと、大口叩いたからには一匹も通さないでくれよ? ドレイク」
完全に諦めましたと言わんばかりの冷たい視線を此方に向けるファリア達が、子供達の後を追って周囲に展開する。
よし、これで“もしも”の危機は避けられるだろう。
信用していない訳では無いが、最初くらいは“どれくらい任せられるのか”を見ておきたい。
本音を言えば俺も向こうに参加したいのだが、生憎と今の旧市街は魔物が多い。
なので。
「子供の成長を見られる機会を邪魔しやがって……」
ふぅぅと大きく息を吐いてから、正面に“鉄塊”を構えた。
迫って来るのは多種類の魔物達、もはや軍勢と言っても良いレベルだ。
こんなにも増えているとなると、それこそランク3程度の冒険者では手も足も出ない気がするのだが……今は高ランクが旧市街の魔物処理に当たっているのか?
それとも、“今だけ”異常に迫って来ているのか。
後者だった場合考えられる理由は、俺達か……それともサキュバスがやけに気に入っていたという“リック”の存在か。
子供達が休んでいる間も近くの旧市街には訪れたが、こんな大群が迫って来る事は無かった。
「全く、なんにせよ迷惑な話だな!」
叫びながら鉄塊を横薙ぎに振るい、特攻してきた魔獣の先頭集団を叩き潰した。
グチャッという音と共に視界から消え、隣の建物から更に汚い音が響く。
相変わらず斬れない、この剣は。
斬れないが、状態はいつまで経っても変わらない。
なんたって、刃こぼれという概念がほぼ存在しないのだから。
「百でも二百でも掛かって来い、叩き潰してやる」
ドデカい大剣を肩に担ぎながら、ちょいちょいっと手招きをして挑発してみれば。
激高したらしい魔物が迫って来る。
そうだ、来い。
ビビって足を止めたり、逃げられた方が迷惑だ。
俺を殺すつもりがあるのなら、我武者羅に突っ込んで来い。
「うらぁぁぁ! 来いやぁぁ!」
腹の底から雄叫びを上げながら、波のように迫って来る魔獣に単身で立ち向かう。
はっきり言って馬鹿のやる事だ、普通だったら絶対やらない。
というか、こんな姿は子供達にだって見せない方が良いだろう。
真似されたら困る。
という事で、向こうの戦闘が終わる前に片づけなければ。
「どらあぁぁぁ!」
そこからは完全に自分の世界に突入した。
敵を切り裂く事だけに集中し、剣を止めない事だけに注力し、ひたすらに蹂躙する。
大剣使いの出来る事は結構少ない。
剣がデカい分、集団戦になると仲間に嫌がられる。
だからこその特攻。
いくら振り回しても、好き勝手に暴れても。
周りに敵しか居ないのであれば、何も問題が無い。
こういう我儘な武器を扱う人間というのは、意外と一人の時の方が全力を出せるのだ。
「どんどん来い! 俺はまだ死んでないぞ!」
叫びながら、鉄塊を振り回して魔物の群れに飛び込んでみれば。
「あぁ~ドレイクがいつもの感じになっちゃった……ホラ皆、早く片付けないと獲物を求めた狂戦士がこっちに来るよ。焦らず、確実に。でも急ぐよ」
なんか後ろから、えらく物申したい内容の声が聞えて来た気がした。
――――
「ふぅ」
視界に映る魔物が皆動かなくなった頃。
満足、とばかりに大剣を肩に担いでみれば。
物凄い顔をした子供達のパーティが、俺の方を眺めていた。
結構早めに終わらせたつもりだったのだが、どうやら待たせてしまった様だ。
お待たせ、とばかりに片手を上げて近づいてみるが。
「父さん……」
「見た目が、エグい……」
リックとフレンが、頬を引きつらせながらドン引きした顔をしている。
そんな顔で見ないでくれ、心に来る。
「単身でこの数。そんでもって返り血で赤鎧になってる……」
「ドレイクさんの攻撃だけは、絶対防ぎたくないっす」
リオとダグラスの二人も、似たような雰囲気で唖然とした顔を此方に向けていた。
流石にやり過ぎた、というかあまり良くない所を見られてしまったか?
なんて事を思いながら、助けてくれとばかりに仲間達へと視線を向けてみれば。
「皆、アレは悪い例だ。絶対に真似したらいけないよ?」
「まぁ、“返り血の赤鎧”を始めて見た感想としては……その、大人しい方だと思いますよ?」
「えっと、ドレイク。臓物とかもくっ付いてるから、とりあえず鎧洗う?」
結局助けてくれる仲間達はおらず、全員から呆れた視線を頂いてしまった。
その後は道のど真ん中で、皆から水の魔法をぶっ掛けられるという意味の分からない状況に。
まるで丸洗いされる馬車か建物にでもなった気分だ。
「……次からは普通にパーティ戦で」
「最初からそうしていれば良かったモノを……ホラ、乾かすからジッとしていてくれ」
ファリアに鎧や服を乾燥してもらっている間も、子供達からは珍獣でも見る様な目を向けられ続けるのであった。
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