第58話 決戦に向けて
「ハッキリ言うよ、あの子達は運が悪すぎる。神様とやらに嫌われているんじゃないかってレベルで。だからこそいくら本人達が遠慮しようが、周りからズルだと思われようが、私たちの装備を渡すべきだ。もちろん道具も含めて。もはや教育に良くないとか言っている事態じゃない」
現在は大人組の酒の席。
珍しく酒が回っているらしいファリアが、えらく饒舌に語り始めていた。
「ファリア、飲み過ぎですよ。確かに運が悪いという意見には同意しますが、実力に見合わない武器は時に身を滅ぼします。それは貴女も分っているでしょう? 一時凌ぎの為に強力な武具を与えれば、確かに生き残れるかもしれない。しかしながら、力を得た経験は毒にも変わる。自身の実力を過信し、無謀な高みへと向かおうとする。それが武具によって助けられた結果だという事も忘れて」
「セシリーは考えが固すぎるよ、そもそも生き残らなければそこで終わってしまうのが人生じゃないか。ならば最高の装備を揃えて戦陣に立つのが道理、つまり普通の事だ。それに今のあの子達なら、道具に溺れたりしない筈だ」
「実際にリックは“ダッジ”に頼り、生き残りました。しかしながら、それは自身が対処出来るレベルを超えた相手に対して挑もうとした結果。本来なら挑むべきではない相手なんです。その場で逃げられたかどうかは別としても“ダッジ”という魔剣があったからこそ、彼は格上に挑む無謀な判断をしてしまった。そして大怪我を負ったのは間違いありません。この前例がある以上、武具の譲渡に関してはより一層慎重になるべきです」
ファリアとセシリーが、盛大に論争を繰り広げていた。
まずは生き残る為に、俺達が集めた装備や道具を渡すべきだと主張する魔女と。
いざ渡した後調子に乗る……とは違うのかもしれないが、その後の志を心配する聖女。
両方とも間違ってはいないのだ。
実際にもっと良い道具を持っていれば、間違いなく生き残れただろう仲間も眼にしてきた。
逆に良い道具を持ち過ぎていたからこそ、自信過剰になり身を滅ぼした仲間もいた。
それはどうしたって仕方のない事なのだろう。
あの時こうだったら、こういう物を持っていれば。
所謂“たられば”ってヤツだ。
そして実力以上の“魔剣”や“聖剣”といった物を手にした時、間違いなく人は高揚する。
俺だって“鉄塊”を使ってみて、改めて本来の大剣というモノを思い出したくらいだ。
こればかりは、極端な良し悪しの話じゃない。
どちらの心配も正しくて、どちらの言っている事も正しいのだ。
「ドレイク……どうしよ。久しぶりに二人が本気で喧嘩しそうな勢いなんだけど」
「片方はお前の奥さんだろ、どうにかしろ」
アワアワとするアルマが俺の肩を揺さぶって来るが、俺も俺で二人の言う事に悩んでいた。
考えていなかった訳じゃない。
最初から子供達皆にエリクサーを常備させたり、保険となるスクロールを渡したり。
もしくは身の丈に合わなくとも、俺達が保管している武具を惜しみなく与えてしまえば安心感は格段に上がるのではないか?
一般的に言えば、当然ズルだ。
本来そんなものを気軽に手に入れられる方がおかしい。
しかしファリアの言う通り、死んでしまえば元も子もないのは確か。
だがいざそんなモノを常備していれば、恐らく子供達は無茶する事が“当たり前”になってしまうだろう。
大怪我をしても薬があるから、いざという時は頼れる道具があるからと。
その油断は、ギリギリの戦闘において確かな隙に変わる。
一つの決戦を死に物狂いで生き残ろうとする人間と、何とかなると高をくくっている人間が戦えば、間違いなく後者が痛い目にあうモノだ。
こういう観点から言えば、セシリーが正しい。
今後の事を考えるなら、自分達で自らの実力にあった道具を探すべきなのだ。
リックにはもう既にダッジを与えてしまったが……アレは今のリックなら扱えると判断して渡したモノ。
後悔はない、ないが……やはりダッジが無ければ、今回の様な無茶はしなかったのではないだろうか? なんて思ってしまったりもする訳で。
全く、どうしたものかな。
溜息を溢しながら、ミサの作ってくれた串焼きを口に運べば。
「おっ、旨いな。厚切りの肉串の割に、随分と柔らかい」
「ふふっ、そうじゃろう? エルメリアが必死で叩いておったからな。下味も随分と時間を掛けたのじゃ」
皆のグラスに酒を注いでいたミサは、自慢げに微笑んで見せた。
彼女もまた、以前と比べれば随分と柔らかく笑う様になった。
昔の様な豪快な笑みを浮かべる事は少なくなってしまったが、少し前の暗い顔をしているよりはずっと良い。
「ミサはどう思う? ファリアとセシリーの話だ」
ここで彼女に判断を仰ぐのは、あまり良い事ではないかもしれない。
本来ミサは商人なのだから。
でも、“普通”の意見というのも聞いてみたかった。
俺達は戦場に慣れ過ぎている。
だからこそ、未熟な人間の教育に困っているのだ。
なら今の子供達は、ミサの目にはどう映っているのか。
それが知りたかった。
「そうさな、二人の言っている事は間違っていない。とは思う……が。長い期間で見過ぎている気がするのぉ。一度どちらかの決断をしたらお前達の仕事は終わり、とでも言っているかのように聞こえる」
「というと?」
その言葉に、思わず皆の視線が集まった。
一瞬だけ驚いた様子を見せたミサだったが、コホンッと咳払いしながら胸を張って言葉を紡ぐのであった。
「アイツ等はまだ子供じゃ、お前等の保護下にある。現状に対処するために、親が子供に生きる為の道具を渡すのは至って普通の事じゃ。それが行き過ぎた道具であっても、心配するならあり得ない事ではないじゃろうな」
「しかし、それでは……」
「聖女の言う事も分るぞ? 身の丈に合わない道具を使い続ければ、人は性根が腐る。それは戦士に限らず、商人でも同じじゃ。しかしな、もう一度言うぞ? アイツ等はまだ子供じゃ。お前達という御守り役と、ドレイクという父親がおる」
つまり? と、皆で首を傾げながら彼女の言葉を待ってみれば。
ミサは思い切り溜息を吐いて、呆れた視線を俺達に向けて来た。
「調子に乗ったら、引っ叩いて玩具を取り上げれば良い。お前の実力はこんなもんだと、生き残った後に改めて教えてやれば良い。一度間違えたら二度と戻れない過ちを犯す前に、お前達がゲンコツをくれてやれば良いのじゃ。叱ってくれる人間が居る、アイツ等はまだその立場を卒業しておらん。まずは子供達が生き残る術を与え、その他の心配事はその都度対処したら良いのではないか? 過保護、だとは思うがの。お前達が生きている間なら、今悩んでいる決断なんぞ何度でも覆し、繰り返す事が出来る」
ほぉ、なるほど。と思わず頷いてしまった。
戦場において武器を貸し与える行為というのは、基本的に戻ってこない事を覚悟しなければならない。
誰かに借りた場合は基本的に新しいモノを買って返すか、鍛冶屋に行って丹念に修繕してもらってから返すのが普通。
とはいえ、ちゃんと返って来る事など稀なものだ。
貸した相手が死んでしまって、そのままって事もザラ。
なので言葉通りの貸し借りではなく、ほとんどくれてやる様なもの。
俺は完全にその感覚だったので、返してもらうという発想自体が無かった。
そして皆も、何だかんだ弟子に武器を譲り渡す様な感覚になっていたのだろう。
下の物に武具を譲っておきながら、後で返せと言って来る師匠などまず居ない。
そういう意味では、親子関係という意味を改めて認識した気分だった。
確かに我が子に何かを預け、悪さをしたら一旦取り上げるなんて普通の事だろう。
「でもまぁ確かに、この一件が終るまでだよって言って“貸す”分には良いんじゃないかな? その後も使い続けたいなら、武具に見合った実力を付けなさいって条件を付けるとか。そしたら皆もっと頑張って強くなろうとするんじゃない?」
ミサの意見に賛同したアルマが、口論を続けていた二人に提案してみる。
確かに二人の意見の真ん中というか、落としどころとしては悪くない気がする。
ファリアの言う通り、せめて今だけは良い物を持っていて欲しいという事態ではある訳だし。
もしセシリーの言う通り“毒”に変わりそうなら、取り上げる。
更には今アルマが言った通り、使い続けたいのなら自らを鍛えろと条件を出せば……あの子達なら頑張ってくれるのではないだろうか?
上手く行かなかった時には、それこそミサの言っていた様に俺達が叱ってやれば良い話だ。
「そうだな、全員の意見を適用できる形がソレなんじゃないか? まずは試してみない事にはなんとも言えない、駄目だった時はその時に考えれば良い。幸い、聞き分けの良い子達が揃っているからな」
若干無理矢理ではあるものの、その言葉を最後にこの議題は終了した。
続く話し合いは……誰に何をどれくらい渡すか。
こればかりは、本当に良く考えながら渡さないといけないだろう。
下手なモノを渡して、武器に“喰われる”様な結果になったら元も子もないのだから。
「とりあえず、俺達が収集した武具を全部並べてみるか?」
「並べるだけでも日が登りそうだけどね……特にドレイクは。前も大変だったのに、アレで半分も出してないんだから」
「待てファリア、今なんと言った? 前回あれだけ時間を掛けて地面にブッ刺していった大剣が、まだ倍以上あるのか? 馬鹿なのか? 既に“ちょっとした収集癖”に収まらんじゃろソレ」
ファリアから呆れた声を貰い、ミサからはドン引きした眼差しを向けられてしまったが。
とにかく、俺達は各々のマジックバッグに手を掛けるのであった。
――――
「ふぅん……こんな状態になっても傷つけられる相手がいるんだ。あの勇者達に遭遇した訳じゃないわよね? 貴女程度じゃ、アイツ等を相手にして帰って来られる訳もないし」
目の前に座る黒鎧に問いかけてみるが、返事はない。
まぁ、いつもの事だ。
とはいえ、私にとっては初の成功に近い“化け物”。
だからこそ、期待はしていたのだが。
「ここまで感情を残したまま“魔王化”を進めるとはねぇ……しかも着実に侵食していたのに、ある一定まで染まったらその後は随分とゆっくり。なんなのコレ」
溜息を溢しながら、鎧の中に蹲る彼女の黒くなった腕を触ってみれば。
黒鎧の中身の肉が、こちらの手を振り払ってきた。
「うわっ、しっかりと拒否してくるのね。育ててあげたのに、私にまで牙を剥くの?」
魔王とは“兵器”だ。
だというのにこの子は、自らの意思を残したまま勝手に動き回っている。
今は鎧の修復に魔力を使っているみたいだからこの程度で済んでいるが、完全な状態になれば間違いなく私にすら攻撃してくるだろう。
コレはまた、面倒くさい化け物が出来てしまったものだ。
「でも、貴女の求めているモノは分かる。愛しの彼氏を取り込みたいんでしょう? 一つになりたいでしょう? ずっと彼の夢を見ているものね」
クスクスと笑いながら、修復されていく黒い鎧を撫でる。
強力な個体になったのは間違いない。
でも、これ以上が望めない。
呪いの侵食がもっと深まれば違うのかもしれないが、他と比べて一つの事に拘り過ぎているきらいがある。
だからこそ、この子は“本物”にはなれない。
でも。
「貴女が拘っているその人が魔王になった場合、間違いなく貴女は彼に付き従う“道具”に変わるのでしょうね。余計あの子に興味が湧いちゃった」
リック。
夢にさえもお邪魔して、この子の記憶で何度も見たあの子。
今ではどれ程絶望している事か、復讐心を燃やしている事か。
そしてその手に愛しの女が戻って来ると囁きかけてやれば、どれ程心が揺さぶられる事か。
考えるだけでもゾクゾクする。
悲劇に喜劇。
感情のふり幅が多ければ多い程、呪いというのは“染みわたる”のだ。
僅かな心の隙間から侵食し、やがて包み込む様に相手の事を覆いつくす。
今まで見て来た中で、彼程の適任者はいないだろう。
大きな喜びを知り、深い悲しみを知り、更には実力も育ってきている。
もっと言うなら、感情制御が“未熟”である事。
やはり、あの子で試してみたい。
そして私が使うのだ。魔王というのは、兵器なのだから。
「そろそろ急がないと不味いかもしれないわねぇ……全く。緊急とはいえ、こんな物付けるべきでは無かったかしら」
自らに嵌った黒い指輪。
そこから徐々に、呪いが侵食して来ている。
力は増し、新しい能力さえ得る程。
しかしながら、それは私が望んでいる結果ではない。
呪術師であるからこそ、まだこの程度で済んでいるが……このまま“魔王”が生れなかったとすれば、私が選ばれてしまう可能性は0ではないのだ。
「最悪、斬り落とすしかないかしらねぇ。それでも“残る”かもしれないけど」
深い深いため息を溢しながら、黒く染まった掌を眺める。
目の前の黒鎧に包まれた彼女より、ずっとマシな状況ではあるのだが。
それでも安心はできない。
“魔王化”の前兆が、私にも出始めているのだから。
「変異せずにこの黒い痣が全身を覆ったら、完全に魔王化した証。ハズレなら適当な所で止まるでしょうけど。貴女は左腕、私は掌だけ。でも適性としては私の方が上。全く、困ったものね」
再び小さな溜息を溢してから、徐々に回復していく黒鎧の姿を傍観した。
「さぁ、早く。もう一度。今度は逃がさない様に、間違えない様に」
もはや彼女には、正確な判断能力は無いのだろう。
しかしながら、漠然と周りを認識する能力はある。
だったら、もしかしたら。
「貴女に壊されながら、貴女を救う為に。彼は魔王になってくれるかもしれないわよ? 力というのは、いつだって状況を覆す切り札になり得るのだから」
吊り上がる口元を押さえながら、彼女の復活をひたすらに待ち続けるのであった。
あぁ、また。
少しだけ呪いが進んだ。
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