第57話 お説教と父親の悩み


 「スゥゥゥ……」


 大きく息を吸い込みながら、腕に抱えたダッジに額を付けた。

 とにかく動くなと皆から言われた為、筋トレさえ出来ない今。

 この機会にちょっとした実験を行っていた。


 「ダッジ、聞こえるな?」


 声を掛けてみれば、返事をするかのように剣の柄が変形してこちらを叩いて来る。

 ちゃんと俺の意思がこの剣に伝わっている様だ。

 カラクリの大剣“ダッジ”。

 それは使用者の願望を叶えるために、自由自在に形を変える魔剣。

 今では俺の血を吸った影響か、刀身にいくつかの赤いラインが入っているが。


 「指示を出す、けど声には出さない」


 以前の戦闘、俺はこの大剣に声を出して指示を与えていた。

 しかしながら、名を呼ぶだけで俺の求める形に変わってくれる事もあったのも確か。

 つまりコイツは、声に出さなくとも俺の意思を読み取る事が出来る筈。

 だったらその機能をもっと正確に、少しでも伝達速度を上げる。

 それさえ出来れば、余計な声を上げることなくもっとスムーズに戦えるはずだ。


 「頼むぞ」


 一声かけた後に完全に口を閉じた。

 そして。

 双剣。片方、左手のみ回転式。なんて思い浮かべてみれば。

 大剣は左右に分かれ、半分は重い音を立てて床に転がった。

 右腕は吊っている状態なので、当然受け取る事は出来ない。

 “ダッジ、左手のみ回転式だ”。

 改めて思い浮かべてみれば、左手に持っていた剣から回転式の細かい刃が飛び出した。

 コイツは魔剣であり、意思の様な物がある。

 これまでの経験上、それは間違いない筈。

 何てことを考えて始めた訓練な訳だが……これがまた難しい。

 “ダッジ。左のみ三秒回転式を動かして、二秒後に大剣状態に”。

 こういう指示を出してみれば、掌から伝わって来る。

 ダッジが明らかに“戸惑っている”のが。

 複数の指示に混乱しているのか、それとも多くの指示を受け付けてくれないのか。

 最初はそんな事を考えていたのだが、コイツが何を戸惑っているのか今なら分かる。


 「よっと、ホレ。どうだ?」


 つま先で剣の腹を蹴り、床に着かない状態まで持ち上げてやれば。

 勢いよくギュインギュインと三秒間細かい刃を回した後、床に落ちた半分の刃が戻って来て大剣の形に戻った。

 間違いなくコイツは、指示された行動を取るだけの道具じゃない。

 今の状態を把握して、こちらの指示に対して“考えて”いる。

 床に剣先を立てた状態だったからこそ、“回転式”に変わらなかったのだろう。

 以前床をぶち抜いた事をしっかりと覚えているのだ、この大剣は。

 そしてソレは“不味い事”だと理解し、判断した上で俺が状況を変えるまで指示に従うのを遅らせた。

 なんというか……えらく利口な武器もあったものだ。


 「喜ぶべきかどうなのか……でも不慮の事故は防げるのかな。持ち主が気に入らなくなったら反旗を翻したりしないよな? お前」


 声に出して告げてみれば、カションっと鍔を展開して返事をするダッジ。

 なんだろう、前よりずっと感情豊かになっている気がするんだが。

 やっぱり俺の血を吸った影響? なんて事を考えながら首を傾げていれば。


 「リック! 何やってんだよ! 寝てろって言われただろ!?」


 ズバンッ! と扉を開いてエルメリアが部屋に入って来た。

 相変わらず見た目だけなら女の子にしか見えない。

 長い髪に整った顔立ち、そして……その。

 どう見ても女物のワンピースエプロンを着ているのだ。

 恐らくミサさんか聖女様に着せられたのだろう。

 拒否していない所を見ると、仕事用の服だとでも言われたのか。

 完全に女性陣の玩具にされている様だ。


 「寝てはいないけど、ちゃんと休んでるよ。右腕も動かしていないし、ダッジの調整というか……確認? をしてただけだよ」


 苦笑いを溢して見せれば、プンプンと絵に描いた様に怒っているエルメリアが、俺からダッジを奪い取る。

 その重さにヨロヨロしているが、大丈夫だろうか?


 「ダッジダッジって、新しい玩具を貰ったガキかよお前は! もう少し体の事考えて……だぁくそおもてぇ! お前魔剣なら持ち主に負担掛けない為にも勝手に壁に戻れよ!」


 エルメリアがそう叫んだ瞬間、ダッジは壁に向かってすっ飛んで行った。

 そしてそのまま、スンッと静かに壁に寄り掛かる。

 何だコイツ。

 持ち主を選ぶとか散々聞いていたが、エルメリアの言う事も聞いたぞ。


 「なんだよ、やろうと思えば出来んじゃねぇか。お前結構良い魔剣だな、ダッジ」


 彼が気の抜けた声を掛ければ、再びガシャンッと音を立てて返事をする大剣。

 こ、コイツ……友人っぽく相手してくれる人なら誰にでも懐いてないか?

 なんてジト目を向けてみれば、ダッジは何の反応も返さない置物と化した。

 この魔剣、非常に気分屋である。


 「はぁぁ……エルメリアが使った方が、ダッジの機嫌が良さそうな気がして来たよ」


 「何言ってんだよリック、俺がこんなの振れる訳無いだろ?」


 やけに呆れた顔を向けて来るエルメリアだったが、ホラ後ろを御覧なさい。

 ダッジが君にあった刀身を生み出しているよ、包丁にしか見えないけど。


 「んな事より、休んでろって言われただろ! 腕に出来た新しいデカい毛穴から出血しても知らねぇぞ!?」


 「デカい毛穴……」


 ダッジに侵食された傷跡を指差している事から明らかだが、コレは毛穴ではない。

 むしろこんな太い腕毛が生えてきたらびっくりだ。


 「仕事に復帰したってのに、すぐさま大怪我して帰って来やがって。お前はまずその癖を直すべきだな、間違いねぇ。フレンとか隠れて泣いてんじゃねぇの? 軟弱兄貴が毎回ボロボロになって、そこら中に血をまき散らすから」


 もはや何も反論できない。

 やっとパーティ行動が出来る様になった途端、この怪我だ。

 特にフレンには、どれ程心配を掛けてしまったのか。

 考えるだけでも恐ろしい、というか申し訳ない。


 「俺が言うのもなんだけどさ、あんまり心配掛けんなよ? お前が思っている以上に、リックは周りに心配と迷惑を掛けてるからな? 昔の件はその……アレだけどさ。それでも、あんまり皆を泣かせんなよ? それとこれとは別って言葉、今のお前にピッタリだぜ?」


 「うん……そうだね。ごめん」


 「謝る相手は俺じゃねっての。ま、心配はすっけどさ」


 そんな事を言いながら、ベチッと俺の頬に拳を打ち込んでくるエルメリア。

 随分と緩い拳な上、ちょっと恥ずかしがっている表情がまた何とも言えない。

 これで女の子だったら、さぞドキドキしたイベントであっただろう。


 「ごめん、まだ歯止めが甘いみたいだ。今度からはもっと気を付けるよ」


 答えながらベッドから立ち上がってみれば。

 彼は目尻と眉を吊り上げながら、俺の動きを止めに入った。


 「無理に動くなっつぅのバカ! まだ血だって足りてないんだから……あ、今日もレバーだからな? 食える? 飯食うなら運んで来るけど」


 正直、心配し過ぎという気持ちもあるが。

 こればかりは、聖女様に治してもらったからこそこんな気楽でいられるのだろう。

 普通ならもっと安静にして、何十日も治癒魔法を受け続けていた筈。

 そうした所で、元に戻るかどうか。

 だからこそ、黙って彼の言葉を受け入れた訳だが。

 些か視界に映る光景が暴力的なのだ。

 フレンより小さく、見た目の良い少女っぽい男児から上目遣いを向けられている。

 分かっている、本人は意識してやっていないと言う事は。

 しかしながら、どうしてもソレっぽく見えてしまうからこそ脳みそがおかしくなる。

 この子は今後絶対医療班から外した方が良いと思う。

 知らない人に見られたら、間違いなく問題が起きるぞ。


 「食べる……けど、レバーなんだねやっぱり」


 「俺よりずっとデカいのに、子供みたいに好き嫌いしてんじゃねぇよ」


 物凄く呆れた顔で、ごもっともな御言葉を頂いてしまう。

 相変わらず、言葉遣いだけは男の子なエルメリアなのであった。


 ――――


 「ただいま」


 「おかえり、ドレイク。飯は出来とるぞ」


 玄関を開けてみれば、すぐさまミサが駆け寄って来て俺の手荷物を受け取ってくれる。

 帰りがけに酒とツマミを買って来たのだが、中身を覗いた彼女は「またか」とばかりに呆れ顔だ。


 「もう他の皆は食べ始めておるぞ。王城に報告に行っておったのじゃろう?」


 「あぁ、また活動場所が変わるから一応な」


 旧市街の調査を終え、街に帰ってから俺一人だけは別行動をとった。

 この国の王様に活動報告と、探索場所の変更の連絡。

 ただそれだけだったのに、随分と時間を取られてしまった。

 やはり向こうも俺達に申し訳なさがあるらしく、ひたすらに頭を下げられてしまう事態に。

 公の場ではないからこその行動なのだろうが、あんな依頼を出して来た人物とは思えない程に低姿勢だった。

 顔を見たのはこの街に帰って来た日以来だったが……随分と参っている様子は見て取れた。

 民に魔王討伐の知らせを出してしまった以上、現状には相当頭を痛めているみたいだ。

 そしてこちらだけに仕事を丸投げしたのかと思いきや、どうやら兵を動かしているらしく。

 俺達がまだ調査出来ていない地域や、一度調査が終わった個所の再警戒などなど。

 色々と裏で手を回してくれていたと報告を受けた。

 普段は手紙で報告を出していただけだったのだが、こんな事ならもう少し早く挨拶に来るべきだったかもしれない。


 「とはいえ、これで俺も子供達と一緒に大手を振って行動出来るんだ。これからはもう少し安心して帰りを待て」


 「全く、昔は成長の妨げになるなんて言っておった癖に。しかし、この状況ではそうも言っておれんからのぉ」


 クスッと小さな微笑みを溢しながら、ミサは俺の荷物を胸に抱えたままこちらに背を向けた。


 「ホレ、早くしないと食い尽くされるぞ。それからその暑苦しい鎧も脱いでくる事じゃ」


 「あぁ、そうする」


 「ほんと、変われば変わるもんじゃな」


 なにやら意味深な言葉を残しながら、彼女はキッチンへ小走りで去って行ってしまった。

 変わった、だろうか?

 自分ではあまり意識した事は無かったが。

 確かに家の中なら、人が居ても兜を脱ぐことに抵抗は無くなった。

 それにこれだけ大人数が集まる家になってしまったというのに、居心地の良さの様なモノは感じている。

 昔であれば、顔見知りであったとしてもこの人数が集まる場所で食事など、落ち着かない処では無かっただろう。

 家族という意識があるからなのだろうが。


 「家族、かぁ」


 そういう意味では、確かに変わったと思う。

 気持ち的にも、環境的にも。

 こんな忙しい時に改めて感じる事ではないかもしれないが、落ち着く場所になっているのは確かだった。

 やはりアレだろうか? 子供が出来ると趣味思考が変わるとか、味覚が変わるとかいう。

 いやソレは女性の場合の話だっただろうか?

 まぁ良い、そんな事より今は夕飯だ。

 さっさと着替えて、今日の報告でもしながら皆で食卓を囲もう。

 なんて事を考えながら、部屋へ向かおうとすれば。


 「父さんお帰り、遅かったね」


 腕を吊った状態のリックに声を掛けられてしまった。

 アレだけの傷を負った後だと言うのに、今では顔色も良さそうで安堵の息を溢す。


 「ただいま、リック。体調は問題ないか? 傷の具合は?」


 「全然大丈夫だよ、とか言ったら皆に怒られちゃうかもしれないけど。聖女様の治療のお陰。あとはひたすらレバー食べて寝てたからかな、貧血とかも起きてないよ」


 一時期は随分と暗い顔ばかりだったリックだが、今では吹っ切れた様に少しだけ明るくなった。

 しかし先日の件もあり、腹の内には色々と溜め込んでいるのだろうが。


 「あまり無理はするなよ? 今度仕事に出る時は俺達も同行する」


 「えっと、確かに心強いのは間違いないけど……王様からの仕事は良いの? 怪我の事で心配してるだけなら、そっちを優先してね?」


 「それも食事の時に説明する。ただし、セシリーが完治の判断を下すまでは仕事は禁止だからな?」


 「うん、分かってる。それじゃ、父さんの分のご飯も準備しておくから早く来てね」


 笑いながらリビングへと戻っていく息子。

 今だけ見れば、普通の親子に見えるのだろうか?

 俺はアイツ等の親代わりを、しっかりとこなせているのだろうか?

 何度同じような事を思っても、答えは出ない。

 懐いてはくれているが、俺は肝心な所で親になり切れていない気がしてならないのだ。

 本当の親なら、大怪我ばかりの息子に怒鳴り声を上げてでも冒険者を辞めろと言うべきなんじゃないか、とか。

 アレコレ気を使いながらリックのフォローに回ってくれた娘に、もっと色々してやれることがあるんじゃないか、なんて。

 毎回思うだけで、実際には行動出来ていない。

 父親として見ればリックの問題行動は必要以上に叱るべきだし、女の子のフレンにはもっと気を使うべきなのだろう。

 ただ、人として対等に見た時。

 彼等に止めろとは言えなかったのだ。

 その身を犠牲にしても戦おうとするリックも、仲間の為に身を削る想いで着いて行くフレンも。

 二人の気持ちが痛い程分かるからこそ、頭ごなしに否定してやる気持ちにはなれなかった。


 「なんて、それも二人に甘えているだけなんだろうな……」


 自室に戻ってから着替えを済ませ、思わず大きなため息を溢してしまった。

 机の上に置いた武骨な兜、普段の俺の“顔”。

 こんな気分のせいだろうか? 厳つい筈のソレが、今日だけは随分と情けなく見えるのであった。

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