第56話 フレンの決意
「正座」
「いや、あのな? あの状況ならあぁするしかなかったっていうか」
「リ、リオっちの言う通りっすよ! スクロール使わなかったら、今頃リッ君がどうなっていたか!」
「それは感謝してる、でも正座」
ピシャリと言い放ってみれば、二人共スンッと静かになった。
私が兄さんを連れて家に戻った後、ミサさん達を含め大慌てで治療が始まった訳だが。
結果から言えば、大した事は何も出来なかった。
ダッジが変形を解除してくれないし、兄さんは血を失い過ぎて気を失ってしまったのだ。
そのせいで腕の根元を縛って止血したり、ポーションを飲ませたりとてんやわんやの状況に陥ってしまった私達。
皆でバタバタやっている所に、お父さん達が帰って来た。
もはや泣き叫ぶ様な状態で、父にダッジの使い方を教えてくれと懇願してみたが。
「こんな状態、俺も見たことが無いぞ……」
真っ青な顔で、お父さんがそう呟いた時は本当に心臓が止まるかと思った。
不味い、このままじゃ兄さんが死んじゃう。
なんて思っていたのに。
「兎に角治療しますね。今は血も止まっている様ですが……怪我が酷い」
そう言って聖女様が治療を始めた瞬間、ダッジが元の形に戻ったのだ。
まるで治癒術師を待っていたかのように。
というか、持ち主を治せるだけの力を持った者が現れるのを待っていたみたいに。
「がぁぁぁ!?」
痛みによって、兄さんが目を覚ました。
自身の右腕から、幾つもの針金が抜き取られながら。
あんなものが大量に腕に刺さっていたのか?
間違いない。兄さんはダッジを使って、“無理矢理”腕を動かしていたんだ。
「なっ!? すぐ治療します! ドレイク、リックを押さえて! 他の皆は止血を!」
聖女様でも取り乱す程、兄の腕からは血が噴射していた。
ダッジが変形を解除しなかったのはこの為だったのかと、納得してしまう程に酷い有様。
私達だけでこんな状況になっていたら、間違いなく数分と持たずに命を落としていた事だろう。
「酷い……骨までズタズタになっていますよコレ」
そこら中を真っ赤に染めながらも聖女様の治療は進み、徐々に兄さんの様子も落ち着いていく。
やがて静かにベッドに横になった兄を見ながら、皆して大きな息を吐いた。
まだ安心できる訳では無いが、とりあえず一命は取り留めた。
なんて、脱力していれば。
「全く、本当にトラブルに巻き込まれるね君達は。今度は何があったんだい? 他の二人は?」
ファリアさんの声に、ハッと息を呑んだ。
転移のスクロールを使って、すぐに後を追うと言われた筈の二人が未だここに居ない。
兄さんの治療に夢中になったばかりに、この異常事態に気付かなかった。
転移が使えない状況にあるのか、それとも既に……。
そう思った瞬間、部屋を飛び出して外に向かって走った。
嘘だ嘘だと何度も呟きながら、血みどろ状態のまま街の門まで走ってみれば。
「おっす、ただいま」
「戻ったっす」
ボロボロになった二人が、丁度帰って来た所だった。
徒歩で。
「転移のスクロールは?」
「ん~っない、品切れ」
「あるって言った」
「ミサ姉さんから貰ったスクロールはまだあるぜ? 転移じゃねぇけど」
ヘッと軽い笑みを溢してみせるリオの顔面に向けて、思い切り拳を向けてみれば。
寸前でダグラスに呆気なく止められてしまった。
流石はタンク。
自然に体が動いたらしく、私の拳を止めてから「やべっ」てな具合に視線を逸らしている。
そんなこんな色々あって、今は家まで戻って来た訳だが。
件の二人を正座させながら、事情を聴いている。
「今回は相手が見逃してくれたから、助かった。けど、そうならなかったら二人共死んでたかもしれない」
「いや、まぁ……そうだけど。リックをあのままにも出来なかったし」
「そっすね。あの状況なら、コレが最善だったと思いますけど……」
そう言いながら、気まずそうに視線を逸らす二人。
分かっている、そんな事は。
多分私がスクロールを持っていても同じ事をしたと思う。
でも、ちゃんと言って欲しかった。
言葉にしたところで何が変わると言う事もないけれど、「任せろ」って言って欲しかったのだ。
「心配、した」
「すまん」
「そこは申し訳ないっす」
二人して此方に向かって頭を下げて来たので、とりあえず両方の頭を腕に抱いた。
ちゃんと皆帰って来た。
それをこの身で感じながら、ギュッと強く抱きしめる。
「心配した。でも、ありがと。お陰で兄さんも無事」
それだけ伝えれば、二人は安心した様な息を溢してポンポンと私の背中を叩いて来た。
「とりあえずは、一安心っすね」
「あとフレン、お前風呂入って来いよ。そんな血みどろで街中走りやがって、門番がものスゲェ目で見てたぞ」
なんて言葉を交わしながら、皆して頬を緩めた。
ほんと、ウチのパーティの男性陣は格好つけが過ぎる。
ミーヤさんがリーダーだった時は、もっと情けない感じだったのに。
兄さん以外も、すぐ無茶をする様になってしまったのは考え物だ。
それでも、生き残った。
またおかしな敵に遭遇したが、それでも全員無事だったのだ。
こうも毎度ボロボロになってギリギリを生き残っていると、いつまで経っても成長している気がしないが。
でも、生きてる。
誰も欠けることなく、私たちはまだ。
今日を生き残っているのだ
――――
翌日、子供達に話を聞きながら旧市街に踏み込んだ。
「ここか?」
「昨日接敵したのは、間違いなくココ」
フレンとリオに案内され、現場を見て回っている訳だが。
酷いな、コレは。
地面は抉れ、そこら中に戦闘の跡が残っている。
更に言えば、旧市街にも幾多の魔物が流れ込んでいるのは知っていたが、それにしても数が多い。
鉄塊で寄って来る魔物を叩き潰してから、周りに視線を向ける。
「ファリア、どうだ? 何か痕跡が追えるか?」
「流石に無理だね……この手の類は、魔法を使った直後ならまだしも。一日も経ってしまえば相手の足取りを追うのは厳しい。しかも、フレンの言っていたネクロマンサー。そっちの死体も風化が余りにも早い。これじゃどんな術式を使ったかさえ分からないよ」
溜息を溢しながら、腐るどころか白骨死体になりかかっている遺体を調べるファリア。
しかしながら、コレと言って手掛かりが掴める雰囲気は無さそうだ。
サキュバスに魔王、蟲に呪いに今度は死霊術師か? 全く、勘弁してくれ。
こちらも思い切り溜息を溢しながら、鉄塊を振るっていれば。
「とはいえ、先日遭遇したという“黒鎧”は気になりますね。今日は現れてくれないんでしょうか? そんな報告はギルドからも聞いていませんでしたが」
「例え出会ったとしても、いきなりぶっ潰したりしないでね? どんな状況かは分からないけど、中身がミーヤなんだから」
「その場合は……“開きます”、手で。そうすれば中身が見えます」
迫って来る魔物を、アルマとセシリーが会話をしながら対処していく。
もはや遠慮など無い様子で、片方はデカいハンマーで叩き潰し、もう片方も長剣と派手な攻撃魔法で片っ端から片付けている。
「しかしながら、これだけ強力な魔法を放つ相手と接敵して皆よく無事だったね。最初の一撃で全滅という事さえあるかもしれないのに。偉いよ」
未だ地面に残る攻撃の痕跡に視線を落としながら、ファリアがフレンとリオを甘やかしていた。
些か周りの状況もあって、妙に浮いた光景に見えてしまうが。
現在俺達のパーティと、足の速いフレンとリオの二人のみ。
リックは言わずもがな治療中であり、ダグラスは怪我人の見張り番。
いくらセシリーの治療で傷が治ろうと、何も無い所から血液が戻って来る訳ではない。
欠損しようと失った部位さえ持ち帰ればくっ付けられる聖女の魔法も、万能という訳ではないのだ。
リックは多分今頃、ミサとエルメリアからほうれん草だのレバーだのを食わされている事だろう。
本人は確かレバーが苦手だったはずだが、今回も無茶した罰だ。
この機会に普通に食べられるくらいには慣れてもらおうではないか。
「でもさ、実際どうなってるんだ? 黒鎧の中身がミーヤさんだったとしても……分かんない事が多すぎて。何がなんだか」
頭をガシガシと撫でられているリオが不満げな声を上げるが、こちらにも正確な事は分からない。
が、しかし。
「以前接敵したサキュバス。結構な呪いの使い手であり、蟲使い。そして魔王復活の為の“魔王の欠片”なんて呼ばれた装飾具。更にはミーヤが死んでいない可能性に、今回の黒鎧とネクロマンサーと思わしき術式。はてさて、どう見る? ドレイク」
ファリアはリオの質問を、そのまま此方に投げて来た。
正直、あまり考えたくないというか……答えたくない話ではあるのだが。
「証拠も確証もない、全て妄想になるが。“最良”の場合、以前のサキュバスの他にネクロマンサーの敵が加わった。ソイツにミーヤが操られている可能性もある。生きているにしろ、死んでいるにしろ。ソイツを討てば、お前達が遭遇した黒鎧は止まる」
これも、無い話では無いのだ。
むしろそうあって欲しいと願いながら、集まって来た魔物に鉄塊を叩き込む。
グチャッと潰れた音と共に、魔物が壁に血の跡を残しながらへばりつく。
「それじゃぁ、最良じゃない場合は?」
苦い顔のフレンが、そんな言葉を言い放った。
あまり言葉にしたくない、あって欲しくないという考え。
こちらも妄想に他ならないが、それでも一番可能性が高い予想。
「ミーヤ自身が、ネクロマンサーになった可能性だ。回収された後、“魔王の欠片”とやらを受け入れてしまった場合。以前よりずっと強力になり、正気でもないミーヤが暴れまわっている。最悪“魔王”に変わっている可能性だってあると言う事だ」
黒い鎧、あり得ない程強力な魔力と武器。
それは以前俺達が討伐した魔王の特徴と一致している。
前回同様の魔王となっていれば、被害はこの程度では済まなかっただろうが。
「その場合、“魔王”になっていた場合。ミーヤさんを戻す術はあるの?」
「……」
「お父さん、教えて」
戦闘をしていると言うのに、すぐ後ろまで迫ったフレンにため息を溢してから。
「セシリー、悪いが変わってくれ。アルマ、反対側の討伐を頼む」
「うへぇ、了解」
「了解致しました」
皆を飛び越えて来た聖女が、俺に迫っていた相手をまとめてハンマーで薙ぎ払った。
鉄塊とは違った感じに、壁の染みに変わる魔物達。
この二人なら、抜けて来る心配などないだろう。
そんな訳で改めてフレンと向き直り、真正面から娘の瞳を見つめた。
コレから俺は、この子に酷い現実を突きつけなければいけないのだから。
「良く聞けフレン、“魔王”という存在はある種呪いの塊だ。その片鱗でさえ、強大な力を与える。“染まって”しまえばソレはもう人には戻れない。半端な状態なら染められた部分を切除すれば、解呪も出来るかもしれない。が、“魔王”そのものに染まってしまえば……殺す他ない。あの呪いは、そういう類のモノだ」
つまり、現状を見ると手遅れの可能性が高いと言う事。
もしも間に合ったとしても、今後普通の生活は望めない。
体の一部を切除して、命を繋ぎとめたとしても。
以前の様に皆で一緒にパーティを組むという事は出来ないだろう。
下手したら、普段の生活すら苦労するかもしれない。
魔王の呪いというのは、進化出来ても出来なくても、力だけは与える。
しかしながら、自分では後戻りが出来ない。
侵食され、徐々に自分というモノが無くなっていく。
最終的に兵器として扱われる程に、思考すらあやふやになってしまう。
俺達が討伐した魔王は、そうだった。
魔王の“家族”が、その人物の死を願う程に。
「ミーヤが心も無い兵器に成り下がっていた場合、お前達に殺せるか? 下手に救おうなんて考えれば、平然と全滅する可能性がある。そんな強敵に、お前達の大事“だった”人間に、刃を突き立てられるか?」
この言葉は、もはや諦めに近いモノがあった。
様々な憶測が飛び交うが、一番予想出来る事態。
それが、サキュバスによってミーヤが魔王化を進めている事。
更にこれだけ戦える状態となると……早々に潰した方が良いだろう。
「それが出来ないのなら後は俺達に任せて、しばらく休め。また平和になった世の中で、皆で“冒険者”をやれば良い」
元々“魔王”と言うモノは、現代の様に歪な存在では無かったらしい。
輪廻を繰り返す、“勇者”の称号と同じ様な扱いだったようだ。
称号を持っている者が死ねば、次の世代にその力は託される。
だというのに、魔族はその輪廻を早めようと研究を繰り返した。
新しい魔王が誕生するのを待つのではなく、作り出そうとしたのだ。
その結果生み出された技術が、今回使用されていた様な呪具の類。
どこまでも歪で不安定な魔王が誕生する事にはなったが、それでも魔族にとっては新しい兵器が長い年月を待つことなく手に入る様になった。
魔王が“呪い”として扱われる様になった、最大の理由がコレだ。
これも敵地で調べた末知り得た情報ではあるのだが……。
「だから、お前達はリックと一緒に――」
「多分、無理」
「え?」
諭しながら頭に手を置いた瞬間、フレンからはそんな言葉が返って来た。
「兄さんは、またあの黒鎧を探し始める。そうなったら、私たちは共に歩く。だから無理。ごめん、お父さん。私たちは、無理だと分かっていても、ミーヤさんを助ける為に動くと思う」
「どうしても、か? 相手を殺すしかない事態になっても?」
「その時は、私が殺す。皆にはきっと無理だから。兄さんはもちろんリオだって、ダグラスなら分からないけど……多分皆の意思を尊重すると思う。だから、“そうするしかない”と分かった時は、私が殺す。皆から恨まれる結果になっても、迷わないって約束する」
娘からは、とても強い眼差しが向けられていた。
覚悟決めた瞳、と言った方が良いのかもしれない。
戦場で何度も見て来たその力強い瞳。
自らの死を厭わない様な、仲間の為に命を投げ出す事を決めたような目をしていた。
「そんな目をする子に育てたつもりはないんだがな……」
「ごめんなさい……」
しょぼくれるフレンの頭をガシガシと撫でてから、困り顔のまま笑って見せた。
兜に隠れて、俺のブサイク面など見えることは無いのだろうが。
「だったら、もう一つ約束してくれ。お前も生き残れ、最後まで諦めるな。今後は俺達もなるべく一緒に行動するから、死ぬことを前提に考えた行動だけは止めてくれ。子供は、親より先に死ぬもんじゃない」
「わかった。でも、危ない事もあるかもしれないから、お父さんが守って。ごめんね、いつまでも親離れできない、駄目な子供で。あと、お父さんも死んじゃ嫌だ」
そう言って、俺の武骨な兜にフレンが抱き着いて来た。
全く、どこまでも良い子に育ってしまった。
最近はリックが無理をするから、余計にフレンが頑張っていたのだろう。
本来なら俺が注意しなければいけなかった事なのに、すぐ近くにいるこの子に任せてしまった。
駄目な父親だな。
結局、こんな歳になっても娘を泣かせてしまった。
「もう大丈夫だ、もう大丈夫だから。お父さんも一緒に居るから、泣くな。フレン」
「泣いて、ない……」
ズビズビと鼻を啜りながら、強くて弱い俺の娘は、随分と長い間兜を抱きしめたまま離れてはくれなかったのであった。
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