第54話 化ける大剣
「ここが最深部か?」
「だね、もう残党は居ないよ」
俺の声に答えるファリアが、洞窟の最奥を調べ始める。
アルマが帰り道を警備し、セシリーが生存者の有無を調べ始める。
見た限り、コレと言って何も無し。
普段通りただの魔物の巣というだけだった様だ。
とはいえ、これだけポコポコ巣が生れる事態も異常ではあるのだが……なんて、考えていた時。
「ドレイク、コレを見てくれ」
ハンカチに何かを包んだファリアが、こちらに向かってやけに小さい物を突き出して来た。
何か手掛かりでも見つけたのだろうか?
覗き込んでみれば、白いハンカチの上に乗っているのは赤色の指輪。
ココに人が居たのなら、別になんて事は無い。
攫われて来た人間の装備品、それだけなのだが。
その指輪には、やけに見覚えがあった。
「おい、これって……」
「ドレイク、直接触らないで。術師じゃないと、籠手越しでも影響が出るかもしれない。コレは、呪いだよ」
思わず手を伸ばしてしまったが、ファリアの言葉にため息と同時に腕を引っ込めた。
そして、もう一度彼女の掌に乗っている指輪をまじまじと眺める。
見間違う筈も無い。
コレは、俺が“彼女”に渡した装備なのだから。
「なぜ、コレがココにある」
「当たりを引いたって事だろうね。しかしもはや姿形も無い、逃げられた後だ」
思わず舌打ちを溢しながら、指輪に残った解呪を頼んだ。
せめてこれだけでも、持ち帰ってやらないと。
本人は見つけられなかったとしても、形見は多い方が良い。
とは言え、溜息は零れてしまうが。
「やはりドレイクも最近は冷静じゃいられないみたいだね」
「どういう意味だ?」
「これが彼女の物だったのは間違いない。でも、何故ここにある? 相手はあの子の“遺体”を攫った。それは私達の隙を作る為、もしくは確たる敗北感を与える為。そんな程度で考えていた」
「あぁ」
「もしもその予想が根底から崩れたら、どうする?」
ファリアの言葉に、思わず首を傾げてしまった。
報告では、もはや手遅れの状態だったとミサから聞いている。
毒も呪いもあの子の体を蝕み、いくらスクロールを使っても解呪出来なかったと。
だからこそ、俺達は彼女が……“ミーヤ”が死んだと確信して葬式まであげたのだ。
「あの場から逃げる為だけだったら、そもそも遺体を攫う必要があったのかな? もちろん精神的にキツくさせるってのはあるかもしれない。遺体が無ければ、“送って”あげる事も弔ってやることも出来ないからね。じゃあその後は? 相手が彼女の遺体を手元に置いておくメリットは? 普通に考えるなら、屍人になったあの子を私達にぶつけて動揺を誘う。それくらいしか使い道がないよね?」
「何が言いたい?」
聞き返しながらも、彼女の言葉の意味を考えていた。
ファリアの言う通り、死体まで持ち去った意味は良く分からない。
その行動のせいで此方にも少なくない動揺がある訳だし、リックは特に追い詰められている。
しかしながら、確かに相手のメリットは何だ?
屍人になってしまえば、コレと言って使い道は無い気がする。
確かに子供達の前に“ソレ”を持って来れば、大きな隙が出来るかもしれない。
だが、あのサキュバスが子供達をそこまで警戒しているとも考え難い。
あの時でさえ圧勝していた相手に、屍人を手元に置いてまで切り札として残すとは考えにくい。
屍人は、生きとし生ける者全てに憎悪を抱くと言われている。
それは人間だろうが魔人だろうが変わらない。
目の前の生きている者に喰らい付こうとするのが、屍人なのだ。
普通なら、魔物より面倒になりそうな相手を飼いならそうとはしない。
「簡単に言うとさ、ミーヤが屍人になったとしても手元に置いておく理由が無い。普通なら殺すか、その辺に捨て置くだろうね。そもそもメリットの方が少ないんだから。そして屍人になった彼女が偶然この場に訪れた、もしくは魔物が生者と勘違いして攫って来た。その可能性はもっと低いと思う」
「何故そう言い切れる?」
大方予想は着いているが、あえて彼女の口から聴きたかった。
俺の様な、魔法や呪いに素人知識の人間ではなく専門家としての意見が。
「そもそも、彼女が死体だった場合……“更に呪う”必要がないんだ。屍人もある種の呪いだと考えられているが、アレは人の魂と肉体が腐ったモノというのが私の見解。生きてもいないからこそ、アイツ等には“呪い”そのものが効かない。更に今この場に残されていた指輪に残っているのは、かなり強力な呪いの残滓を感じられる。ここから考えるに、私は希望でもあり最悪の答えを導き出すよ」
「聞かせてくれ、ファリア」
彼女の瞳を見つめながら、兜の中でスッと目を細めてみれば。
ファリアは辛そうな溜息を一つ吐いてから、静かに瞳を閉じた。
そして。
「ミーヤは、まだ生きているかもしれない。しかし、これ程の呪いが装備品にさえ残る程だ。心身共に正常じゃない可能性がある上に……魔王の残滓とやらも、僅かながら感じる。次に会った時、私たちはミーヤに武器を向けなければいけないかもしれないって事だ」
その言葉に、天を仰いだ。
洞窟の中だから、空なんぞ見えないが。
そうだったとしても、だ。
「もしも神様って奴が居るなら、俺はソイツに大剣を叩き込みたいよ」
「本当にね……どこまで苦しませれば気が済むのか」
二人して苦い言葉を吐き出しながら、他の遺失物が無いかを調べ始めるのであった。
――――
「ぐぅっ!?」
相手の一撃を大剣で受け止めてみれば、勢いを殺しきれず体が浮いた。
そのまま距離を取られると、相手はあの怪しげな槍を此方に向けて来る訳だが。
「やらせない」
「させっか!」
斥候二人が即座に飛びつき、相手の手首や足の筋といった行動に支障が出そうな個所に攻撃する。
だというのに。
「なに、これ」
「いやいやいや! 意味わかんねぇって!」
深く刃を突き刺したというのに、二人からは焦りの声が上がる。
鎧の隙間さえ固いと言っていたが、今度はどんな違和感を持ったのだろうか?
なんて事を考えている内にも相手の槍に紫電が纏わりはじめ、目の前には魔力の球体が幾つも発生する。
しかし当然そのまま攻撃させる事などせず、ダグラスが盾で相手の槍の穂先を上空へと打ち上げた。
結果、空に向かって幾つもの魔弾が発射される。
攻撃が通り始めているが、未だ警戒を緩められない事態は継続中。
俺達の攻撃は確たるダメージが与えられないのに、相手の攻撃は一発でも受ければ終わり。
それが分かる程の強力な魔法が、先程から飛び交っている。
「張り付いて防御担当します! リッ君!」
「攻め手は任せろ! リオとフレンは援護! 行けると思ったタイミングを逃すな!」
叫んでからもう一度ダッジを叩き込んでみれば、相手は呻き声の一つも漏らす事無くこちらに視線を向けた。
何なんだコイツ、本当に生き物なのだろうか?
とてもじゃないが、そんな風には見えない。
痛みを感じていないとか、実はゴーレムでしたって言われた方が納得いくってもんだ。
「兄さん気を付けて! 多分普通の生物じゃない!」
「中身は肉だ! それは間違いねぇ! けど……なんか変だ!」
分かんないってば、それじゃ!
なんて事を思いながら、体ごと回転させて相手の背中を大剣でブッ叩いてみたが。
やはり斬れない、それどころか鎧に弾かれる。
「“回転式”!」
叫んでみればお馴染みの回転刃が登場し、ギャリギャリと音を立てながら鎧とぶつかって大量の火花を上げた。
何だって良い、とにかく相手を動けなくする一撃を。
それだけを考えてダッジの回転刃を押し当てて、刃は徐々に相手の鎧を削り、少しずつ刀身を体に埋めていった。
「“槍”はこっちで抑えます! 今の内にどうにか頼むっす!」
「デカ鎧! 動くな!」
「だぁおらぁ! 暴れんじゃねぇ!」
仲間達が必死で大鎧を押さえつけている間、こちらは必死にダッジを相手に押し当てていた。
刃は進んでいる。だったらもう少し、もう少しなのだ。
鎧さえ抜けてしまえば、そんな風に思っていたのに。
「え?」
ダッジの“回転式”が相手の背面鎧を貫いた瞬間、確かに肉を切り裂く様な感触はあった。
だと言うのに鎧の隙間から噴射したのは、真っ黒い液体。
血液? いや、でも。
こんな真っ黒い液体を垂れ流す生物は見たことが無い。
思わずゾッと背筋が冷えて、咄嗟に身を引いてしまった。
その行動が良くなかったのだろう。
取り押さえる仲間達を体に纏わせながら、相手は無理やり武器を振り回してこちらを弾き飛ばした。
結果的に、再び全員の距離が空く形になってしまう。
「何すかね、アレは」
「とてもじゃないけど、人には見えない」
「魔物を狩るのが仕事であって、化け物を狩るのは俺らの仕事じゃねぇぞ」
皆が呟くのも分かる。
弾き飛ばされた俺達の目の前には、あり得ないモノが立って居た。
正直、またかと言いたくなったが。
背中の亀裂から飛び出した肉が無理矢理形を変えたような、ミミズの集合体の様な三本目の腕。
アレを腕と呼んで良いのか分からない醜い見た目だが、黒い肉の塊が明らかにコチラに敵意を向けながら生えていた。
前に戦ったバールドを思い出すが、アレでも今の相手よりマシな見た目をしていた気がする。
ちゃんと人の腕の形をしていたし、ココまで醜悪な外見はしていなかった。
しかしながら、直感というか確信めいた何かが全員の頭の中によぎった事だろう。
今、俺達が相手にしているのは。
間違いなく“元”人間であり、あの“サキュバス”が関わっている。
何も情報が得られなかった毎日よりずっとマシだが、急にこんなのが出て来るとは思わなかった。
流石にどうしたものかと悩んでしまいたくなる事態ではあるが、もはや選択肢はない。
コイツを倒すか負傷させないと、俺達は生き残れない。
逃げた所で、先程の様な高威力の魔法を放つ事だろう。
近づいた所で攻め切れるのかと言われれば自信も無いが。
それでも、戦うしかない。
「ビビるな! さっきと同じ手順を繰り返すぞ! ダグラス、槍を注意! フレンとリオは隙があれば攻め込め! 生えて来た腕は……俺が切り落とす!」
叫んでから、思い切り地面を蹴った。
進め、とにかく前に出ろ。
逃げても駄目なら、相手の懐に飛び込め。
好き放題に攻撃させてなるものか。
「うらぁぁ!」
雄叫びを上げながら、こちらに向かって来る触手とも呼べる腕を全力で切り落とした。
ブチョッと嫌な感触を残しながら、真っ黒い液体をまき散らして吹っ飛んでいく三本目の腕。
それ自体に痛みも何も感じてない様子の黒鎧が、再び槍を構えるが。
「ダグラス!」
「了解っす!」
俺を追い抜いたタンクが、相手の槍を再び空に向かってパリィする。
がら空き。そう言って良い程の隙が生れ、相手の脇腹に大剣を叩き込みながら背後に移動する。
ガァンッと派手な音が鳴っただけで、やはりほとんど効いている様子はない。
だったら、また“回転式”で。
大剣を構え直し、刃の形を変えようとしたその時。
『リック……』
「……え?」
俺の意思に答えたダッジがギャリギャリとけたたましい音を上げる中、その声は確かに耳に届いた気がした。
今の声、間違いなく聞いた事があったはずだ。
もう聞く事が出来ないと思っていた筈のその声が、鎧の中から聞こえて来た。
「ミー……」
「兄さん! 避けて!」
最後まで呟く前に、巨大な槍で引っ叩かれた。
ゴキゴキッと各所から骨が折れる音が聞えたのは気のせいじゃない。
右腕と、肋骨が何本か持っていかれた。
それくらいに本気の打撃。
大剣も取り落とし、盛大にその場から吹っ飛ばされていく。
未だ落ち着かない心と一緒に、体中から激痛が襲ってきた。
地面に伏せながら視線だけ上げてみれば、巨大な黒鎧と仲間達が戦っている姿が見える。
武器も持たぬまま、這うようにしてその場に戻ろうとするが、痛みがそれを邪魔してくる。
あの声は、さっき聞こえた声は。
聞き間違いじゃない、間違う訳がない。
鎧の中からくぐもった様に聞こえたソレは、俺がずっと待ち望んだその人の声だったのだから。
「や、やめ……」
仲間達に声を上げようとしても、大きな声が出なかった。
さっきから息苦しい。
いつもこうだ、肝心な時に怪我をして役に立たない。何も成長してない。
それでも、必死に腕を伸ばした。
傷付く仲間達へと、あの中に居るであろう“彼女”へと。
「やめて、止めてくれ……頼む」
もはや“どちらに”声を掛けているのか、自分でも分からなかった。
それでも、俺は声を上げる事しか出来ない。
誰の耳にも届かなくとも、自然にそんな言葉が漏れた。
仲間達は必死で黒鎧を制圧しようと動いているし、相手も相手で仲間達を全力で殺しにかかっている。
なんで、なんでだ? どこでおかしくなった?
俺達は、ただ生きていただけだ。
“冒険者”として、普通に生きて来ただけだ。
だというのに、何故。
俺は仲間と共に、何故“彼女”と戦っているんだ?
「ダッジィィィ! 力を貸せぇぇぇぇ!」
腹の底から、雄叫びを上げた。
今すぐにでも、“アレ”を止めなければ。
仲間を殺そうとする黒鎧と、俺達の“元リーダー”を殺そうとしている仲間達を。
勝っても負けても、どっちに転んでもいけない。
どちらも守る対象で、どちらも仲間で。
俺には、大事な存在なのだから。
だから叫んだ、腹の底から相棒の名を。
もう、どうしようもないから。
戦うしかないと分かっているのに、どちらも救いたいと願ってしまったから。
我儘で、子供が思い描く様なハッピーエンドってヤツを願ってしまったからこそ。
ただただ、叫んだ。
仲間達が皆笑っていて、“あの人”もその輪の中に居て。
そんな未来を、もう一度想像してしまったからこそ。
「全力で“全員”を止める。お前の本気を、俺に貸してくれ! あと数分だけでも良い、俺を動ける様にしてくれ!」
俺には分不相応な“英雄の武器”に、全力で縋るのだ。
助けてくれと、情けなく懇願するのだ。俺の全力の願いをぶつけるのだ。
そんな事を願いながら、無事な方の左腕を前に突き出した。
「ありがとう、ダッジ」
まるで当然だと言わんばかりに、取り落とした筈の大剣は戻って来た。
ものすごい勢いで目の前の地面に突き刺さり、さっさと抜けと言っているみたいに。
本当に魔剣だ、間違いなく意思を持っている。
でも今は、その事実に感謝しよう。
魔剣だからどうした、俺に何かしらの影響があるかもしれないとか、どうでも良い。
ヨロヨロしながらも立ち上がり、柄を握った。
「頼む、皆を……止めさせてくれ」
呟いた瞬間、大剣からは針金の様に細くなった刃が負傷した右腕に突き刺さっていく。
痛いどころじゃない、普段なら泣き叫びながら悲鳴を上げてしまう程の激痛。
皮膚を破り、筋肉を貫通し、骨に突き刺さる。
しかし、その痛みに耐えてみれば。
ギチギチと音を立てながらも、右腕が動くようになった。
更には鎧の様に右腕に巻き着いて、内側からも外側からも無理矢理動かしてくれる。
お陰で刀身はいつもの状態より随分細くなってしまったが。
「ふぅぅぅぅ」
しっかりと両手で剣を構えてから、静かに息を吐き出した。
多分、本当にあと数分くらいしか動けないだろう。
体中がズキズキと痛むし、右腕は今でも出血を続けている。
動ける間に決め手の一つでも叩き込まないと、多分詰む。
「でも……一握りでも可能性があるなら、それに賭ける。それすら無いというのなら、俺達が“逝かせて”やるんだ。頼むぞ、相棒」
ガシャンッ! と僅かに変形しながらダッジから返事が返ってくる。
行ける、俺達なら何とかなる。
そう言いきれれば良かったのだが、些か俺が貧弱過ぎるのだ。
だからこそ、出来る事をしよう。
「全力で頼るぞ、ダッジ! 魔剣の底力見せてくれよ!?」
情けない台詞を吐きながら、俺は全力で戦場へと再び踏み込むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます