第53話 黒い大鎧
「ダグラス、“目”を集めてくれ。リオ、フレン。周囲からサポート、距離の遠い奴から。一気に片付けるぞ」
「「「了解!」」」
一声上げた後、ダグラスが魔物中へと突っ込んで行く。
大声を上げながらガツンガツンと盾と剣を打ち鳴らし、余裕の顔で相手の攻撃を防いだり避けたり。
ほんと、タンクとは思えない程に自由に動き回っている。
タンクというのは、どっしりと構えて後方に敵を通さない役割だった筈。
だというのに彼は魔物達を弄ぶ様に動き回り、煽り、どんどんと注目を集めていく。
そもそも魔物に囲まれているというのに、何故あんなに回避できるのやら。
俺達の中でも一番巨体とも言える筈なのに、相手の攻撃を最低限の動きで躱している。
「遅いっすよ! こんなの勇者様十人に囲まれた時の方が怖かったっす!」
彼は一体何を言っているのだろうか。
「おっせぇなぁ、腕が鈍っちまいそうだ」
「こうも気持ちよく攻撃が通ると、最強になったみたいに勘違いする」
斥候二人も、余裕の声を洩らしながら着実に仕事をこなしていく。
本当に、皆強くなった。
だったら、俺だって負けていられないだろう。
「ダッジ、行くぞ」
呟いた瞬間、大剣から“回転式刃”が飛び出して来てギュインギュイン音を立てる。
俺が知る限り、殺傷力という意味ではこの形が一番強い。
そのまま魔物大群に向けて振り抜けば、たった一撃、掠っただけでも重症になる。
切断される訳ではなく、細かい刃によって抉りとられる様な一閃。
確かに強い、が。
些か衝撃が強すぎるのと、素早い一撃としては切れ味が悪い。
「切れ味をもっと鋭く、コイツ等なら“回転式”は必要無い」
呟いてみればすぐさま細かい刃は引っ込み、普段以上に幅の広い刃が飛び出して来た。
やけに広い大剣になってしまった訳だが、刃先に行く程薄く鋭く輝いている。
また新しい形に変わった。
なら、試してみる他ないだろう。
「ふんっ!」
目の前に集まった魔物の群れに対して、全力で横なぎの一撃を放ってみれば。
なんだ、これ。
「ちょっとぉ!? そんなモン振り回しながらこっち来ないで下さいねリッ君!」
ダグラスがビビった声を上げるくらいに、切れ味が良かった。
彼に向かって集まっていた魔物の群れの多くを、まるで熱したナイフでバターを切るかの如く切断して見せたのだ。
何体もの体をまとめて薙ぎ払ったというのに、スッと刃が通ってしまった。
こりゃまた、凄いな。
流石は英雄が選んだ大剣の一振りだ。
「すご、切断する時の音がしない」
「風切り音くらいなもんだな、おっかねぇ。流石は魔剣って所か?」
斥候二人からもそんなお声を頂いてしまう訳だが、確かにコレは凄い。
が、やはり。
集団戦において大剣とは煙たがられる訳で。
「ダッジ! 双剣!」
叫んだ瞬間大剣は二つに分かれ、左右の手にやけに長い二振りの剣を握る。
ソレを振り回しながら、ダグラスの後ろについた。
「ダグラス」
「了解。全部集めるんで、攻撃はお願いするっす」
そんな台詞と共に彼はより一層周囲にアピールし始め、防御に徹する。
注目を集め、避け、防ぐ。
時に相手の攻撃を受けながし、タイミングを見ながらパリィを繰り返す。
人為的に作られた隙、何度見ても見事なモノだ。
その隙を逃さないのが、俺の仕事な訳だが。
「うらぁぁ!」
ダグラスの周りを駆けまわるかのように、両手の剣を振るいながら走り抜ける。
まるで初めて組んだ時みたいな連携方法。
あの時よりずっと強くなった、でもあの時と変らない安心感がある。
やはり相性が良いのだろう。なんて、感想を漏らしている間にも魔物の数は減っていく。
昔では考えられない速度で、更には周囲からガンガン数を減らしていく斥候も居るのだ。
一分に満たない程の短い時間。
たったそれだけの時間で、魔物の群れを掃討してみせた。
「おつかれ、皆」
ふぅ、と息を吐き出してみれば「シッ」と口元に人差し指を当てるリオが警戒を促した。
また増援というか、魔物が集まって来たのだろうか?
何てことを思いながら、全員でリオの視線の先を睨んでみれば。
「たす……けて、下さい」
建物の脇から、ボロボロになった冒険者が姿を現した。
負傷者だ、しかもかなりの怪我を負っている様に見える。
片腕は捥げ、足を引きずりながらゆっくりとコチラに向かって来ていた。
「おいアンタ! 大丈夫か!?」
「リオ! 待って!」
助けに向かおうとするリオと、それを止めようとするフレン。
今の所他に敵が居ないのなら、救助に向かうリオ止める必要など無いように思えたが。
「え? ダッジ、どうし――」
正面に構えていた大剣が僅かに振動し、刃の一部が展開したかと思えば、急に正面に向かって射出し始めた。
は? なんて間抜けな声を洩らしている内に、すっ飛んで行った刃の一部が冒険者の胸に突き刺さる。
「ちょっ! リッ君何を!?」
ダグラスが慌てた声を上げるのも当然だ。
ダッジの暴走だったとしても、今この瞬間に俺は誰とも知らぬ冒険者を殺してしまったのだから……。
「兄さんナイス! リオ、戻る!」
何故か賞賛の声投げかけ、リオの首元を掴みながら戻ってくるフレン。
一体何が起こっている? もはや混乱どころか、頭が真っ白になる勢いだったというのに。
「凄く気持ち悪い魔術の気配。それに、あんな大怪我してるのに、全然血が流れて無いのはおかしい」
えらく鋭い視線を冒険者に向けているフレンが、相手の状況を説明してくれた。
確かに、あそこまで負傷しているのに彼から血は流れていない。
服や鎧、そして体には夥しい程の血液が付着しているが……既に、乾いている様にも見える。
しかもだ。
ダッジが刃の一部を叩き込んだのに、先程と変らない様子で歩いて来る冒険者。
胸から背中に向かって貫通しているというのに、全く様子が変わらないのだ。
「たす……けて、下さい」
また同じセリフを、先程と変らない声色で繰り返す相手。
間違いなく普通じゃない。
とはいえ喋っている所を見るに、普通の屍人という訳でもなさそうだ。
だとすれば、アレは一体何だ?
「ネクロマンシー。屍人とは違って、死体をそのまま使っている魔法。要は死体でお人形遊びしてる奴がいる」
今では一番魔術に詳しくなったフレンが、淡々と説明してくれる訳だが。
当然の様にその表情は険しい。
理由を説明するまでも無いが、コレばかりは見ているだけで虫唾が走る。
「ダッジ! “回転式”!」
叫んでみれば相手に突き刺さった刃の一部が変形し、キュィィン! と普段より高い音を上げる。
切断しながら重力に従って下方向へと突き進み、股下まで切り裂いてからこちらへ向かって飛んで来る魔剣。
ガチンッと鉄の組み合わさる音と共に、再び一本の大剣へと戻ったが。
「兄さん、駄目。それじゃ殺せない、肉体を傷付けるだけ。屍人みたいに、頭を飛ばせば大人しくなる訳でもない。下手したら首が無くても襲い掛かって来る」
「だったら、どうしろっていうんだ?」
「相手の魔力供給を切るか、媒体となる陣か何かを体の何処かに持っている筈。それを壊さないと、動き続ける」
まさにお人形遊びって訳だ、本当に趣味が悪い。
こんな事をする奴は、俺が知る限り一人しか知らない。
喋る死体。彼の瞳は薬物中毒者の様に明後日の方向へ視線を向けながら、虚ろな輝きを放っている。
以前バールドの仲間達と似た状態ではあるが、少しばかり様子が違う。
ギリッと奥歯を噛みしめて、大剣を横に構えた。
「とにかく、動けなくすれば良いんだな?」
「ん。解呪は一応習ってるけど、私じゃ時間が掛かる。なら、手足を切り落としちゃうのが一番早い」
では、決まりだ。
「たす……けて、下さい」
「あぁ、今助ける」
思い切り踏み込み、横薙ぎに大剣を振るった。
両手と胴は真っ二つに分かれ、横にすっ飛んでいく。
下半身はそのまま残っている状態になる訳だが、コレでも歩いて来るのなら対処すれば良いだろう。
何てことを思いながら、大剣を肩に担いでみれば。
「まだ来るぜ!? 周囲に警戒!」
リオの言葉に、全員が再び武器を構え直した。
出来れば、さっきので終わって欲しかった。
だというのに、現実というのはいつだって“最悪”というモノを用意してくれる。
ほんと、溜息が零れる思いだ。
「コレ、全部っすか?」
「ん。全部人形」
「たく、趣味悪いぜ……」
そこら中から、動く死体が現れたのだ。
まるで騒ぎを聞きつけて、周りの家屋から住民が顔を出したみたいに。
ある者は路地裏から、ある者はまるで生者の様に扉を開けて。
誰しも同じ様なセリフを繰り返し、虚ろな瞳でこちらを眺めながら歩いて来る。
「助けてくれ」「殺さないでくれ」「帰して」
まるで最期の言葉を繰り返すように、彼等彼女らはブツブツと呟きながら近づいて来た。
あぁ、本当に。“気分が悪い”。
「どうするっすか? リーダー」
「解呪出来たとしても、この数は流石に……」
「端から手足を落すしかねぇか?」
各々苦しそうに呟く中、グッと腕に力を入れて近づいて来た一体を横にぶった切った。
恐らく、彼もまた冒険者。
皮鎧に身を包んでいたし、俺達とそう変わらない年齢に見える。
そんな相手を、叩き斬った。
「彼等はもう死んでる。全員、気を抜くなよ? もしかしたら“アイツ”が近くに居るかもしれない。警戒しつつ、全て処理する」
言いながら返し刃でもう一人をぶった切り、心の中で謝罪した。
死してなお、傷つけられる。
こんなもの、死者に対する冒涜に他ならない。
胸糞悪いし、正直やりたくはない。
でも、やるんだ。
生き残る為に。
「元人間だろうが、操られようが、襲ってくるなら敵だ。出来るだけ綺麗に残してやるつもりではいるけど……殲滅しよう」
「「「了解!」」」
そこから先は、本当に酷い光景だった。
フラフラと歩いて来る人間相手に、一つのパーティが殺戮の限りを尽くしているのだから。
むしろ事態が終ったあとの方が酷いかもしれない。
彼等の死体が魔術で操られていたと証明出来なければ、俺達がこの人達を惨殺した様に見える可能性だってあるのだから。
そんな事を考えながらも、ひたすらに大剣を振り回した。
老楽男女問わず、全ての遺体に対して平等に刃を振り下ろす。
ほんと嫌な気分だ。
なんて事を思いながら、皆で武器を振り回していれば。
「新手だ! 普通じゃねぇぞ! 6時方向!」
リオの警告と共に、そちらに向かってダッジを構え直すと。
「え?」
視界の向こうから、おかしな物がこちらに向かって歩いて来ていた。
真っ黒い鎧の大男、だろうか?
まるで父さんみたいに大きい、そしてなにより手に持っている武器が異様だった。
槍の様にも見えるが、先端が二股に別れ、しかも刃が付いていない。
ロッドの先に、四角の棍棒が付いている様な変な見た目。
その武器もまた、鎧と同じく黒い色に染め上げられている。
あれもコイツ等と同じ、ネクロマンサーによって操られた遺体?
それとも、また別の脅威?
思考が疑問で止まってしまいそうな程、異質な雰囲気を放っているそいつは。
随分と遠くからこちらに“槍”を向けた。
「っ全員散開! この道から離れろ! 直線状には絶対逃げるなよ!?」
叫んでから、建物の脇に飛び込んだ。
こちらに構えられた槍の穂先。
稲妻の様な物が見えたかと思えば、とんでもない勢いで魔力を集め始めていた。
先端の光は大きくなり、“ヤバイ”としか表現できない雰囲気を放っていたのは確か。
「出来る限り離れろ! 合流はその後だ!」
叫んで、自らも全力で走った。
暗い路地裏を、亡者を薙ぎ倒しながら。
良く分からないけど、とにかく不味い。
そんな事を考えた、次の瞬間。
「っ!」
まるで引き込まれそうな程の風圧が、この身に襲ってくる。
踏ん張っていないと、吸い込まれそうだ。
デカい物体がすぐ後ろを通り過ぎたのかと思う程、とんでもない衝撃と空気の流れ。
建物に捕まりながらどうにか衝撃に耐え、背後を振り返ってみれば。
「ははっ、嘘だろ?」
さっきまで走り抜けて来た筈の道が、綺麗さっぱり無くなっていた。
俺の数メートル後ろは、建物すらない。
地面が抉れたように、大きな溝が出来ている。
暗がりだった筈の路地裏に今では光が差し込む程、本当に何も残っていなかったのだ。
今のが、さっきの奴の攻撃?
あんな強力な一撃を放つ相手が、今の旧市街には居るのか?
上級の魔物とか、そういうレベルじゃない。
こんな攻撃ならドラゴンにだって通用しそうだと思ってしまう程の、高火力。
「今度は……一体何なんだよっ!?」
叫びながら建物の屋根に飛び乗ってみれば、再びこちらに槍を構えている相手の姿が。
やっべ。なんて言葉を残しながら屋根の上を移動し始めると、今度は細かい魔弾の数々が襲い掛かってくる。
まるでミーヤさんみたいな戦い方だ。
とにかく手数を増やして、相手を寄せ付けない。
それくらいの魔弾が、こちらに向かって飛んで来る。
確かにこのままでは近づく事すら出来ないが、生憎と俺は一人じゃない。
「でぇぇい!」
建物の影から接近したダグラスが、相手の槍を上空へ向けて跳ね上げた。
「ナイス、ダグラス!」
「一気に、攻める!」
周囲に潜みながら近づいていたらしいフレンとリオも、相手の黒鎧に向かって攻撃を仕掛けるが……。
「かってぇ!」
「鎧の隙間ですら、硬い!」
撤退しようとする二人に、黒鎧は再び槍を構える。
だが十分に隙が出来た、俺だってボケッと見ているだけの観客ではないのだから。
「さっきまで狙ってたヤツを忘れるなよ」
相手の側面から、思い切り大剣を叩き込んだ。
腹に向かって全力の横薙ぎ。
鎧で防げたとしても、かなりの衝撃になっている筈。
内臓や骨には間違いなく異常が出る、なんて思ったのに。
「くそっ! 化け物が」
黒鎧は数歩たたらを踏んだ程度で、持ち直してみせた。
攻撃力も、耐久力も桁違い。
ダッジの一撃を喰らっても、平然と槍を構え直す程。
こりゃちょっと、本気で不味いかもしれない。
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