第52話 復帰
「行こうか、皆ゴメン。随分時間が空いちゃって」
「たまには、休む事も大事」
「そうっすよ。その間に色々経験させてもらいましたから」
「おう……リック、無事で何よりだぜ……お互いに」
なんだか妙に疲れた表情のリオだけは気になるが、俺達は仕事に復帰した。
目が覚めてみれば二日程眠っていたらしく、数日は健康的な生活を強制的に送らされたが。
その後また数日大剣“ダッジ”に慣れる為の訓練が行われ、今日に至る。
父さんと本気で大剣を打ち合わせるのは、正直肝が冷えたが。
それでも、確かな自信の様なモノが身に付いた気がする。
とにかくトリッキーな戦闘が可能になるのだ、この大剣は。
戦いやすい武器に状況に合わせて次々と切り替え、投げても呼べば帰って来る。
正面から相手の重い攻撃を受けなければいけない時なんかは、刀身が伸びて地面に突き刺さり威力を軽減してくれる程。
まさに“相棒”という言葉がふさわしい武器。
戦えば戦う程俺に合わせてくれる、そんな逞しい武装。
「久しぶりの実戦だ。頼むな、“ダッジ”」
魔剣だなんだと言われていたが、今では思わず声を掛けてしまう程に手に馴染んだ大剣。
コツンと柄を叩いてやれば、可変式の柄がこちらの拳を叩いて来る程。
コイツとは、上手くやれる気がする。
何てことを思いながら、改めて正面を向き直ってみれば。
「おーおー、見ない間にココも随分と賑やかになったじゃねぇか」
そう言いながら、リオが二本のマチェットを抜き放った。
「他の魔獣やら魔物も集まって来てるって聞いてましたけど、こりゃ大量っすね。もう旧市街は新人スポットなんて言えないっすよ」
ガツンッと地面に大盾を突きつけ、ダグラスもゆっくりと長剣を引き抜きながらニッと口元を吊り上げる。
「でも、負ける気はしない」
二本のナイフをクルクルと回すフレンが、犬歯を見せつけながら腰を落とした。
あの、えっと。どうしたんだろうか、ウチのパーティは。
迫ってくのは数々の魔物。
それこそ、ミノタウロスだって結構な数が混じっている。
この数に対して、そんな余裕をぶっこくパーティでは無かったような気がするんだが……。
「リッ君、特に指示が無い様なら好きに行きますね」
「え?」
その一言と共にダグラスが走り出し、敵のど真ん中に突っ込んだ。
いやいやいや! それは流石に不味い。
俺が一緒に突っ込んで背中を守るくらいしないと、一人では処理しきれない数が――
「どらぁぁぁ!」
思わず、唖然としてしまった。
敵の群れに突っ込んだダグラスが、盾と剣を使って全てを“パリィ”していた。
時に移動し、敵同士を盾にしながら。群れの中を練り歩き、数えるのも馬鹿らしい程の数のヘイトを集めていく。
「端から貰うぜ、ダグラス」
「リオっち、よろしく!」
そんな掛け声と共に、群れの外側から相手の首が飛んでいく。
なんだ? アレは?
度々リオが空中を駆けるように走り抜ける姿が視界に映るが、すぐさま見失ってしまう。
ダグラスも凄いけど、リオも凄い。
いつの間にあんなに速く動けるようになったんだろう、今までとは比べ物にならない。
「ダグラス、背中任せて」
「フーちゃん! 派手に頼むっすよ!」
いつの間にかダグラスの背後に回ったフレンが、ナイフを振り回しながらも周囲に魔力の塊を発生させていた。
まるでミーヤさんが使っていた魔弾の様だ。
そんなモノが次々と妹の周りに集まって行き、そして。
「一斉掃射」
スッと片方のナイフを掲げた瞬間、魔弾は様々な方向へと発射された。
貫通し、跳弾し、多くの魔物の命を刈り取っていく。
しかも数が多いのだ。
ミーヤさんが連射していたと表現するなら、妹は準備した魔法をいっぺんに放つ。
その威力は、かつての彼女に劣らない程の殺傷力がある様に見えた。
僅かに残った獲物の首をリオが刈り取り、あっけなく戦闘は終了した。
凄い。俺が眠っていた時間と、鍛錬の時間を合わせてもそこまで長い日数ではなかった筈だ。
だというのに、皆とんでもなく強くなっている。
結局俺は一度も大剣を振るう事も無く、魔物の群れを三人だけで掃討して見せた。
「どうよ、リック」
ニッと犬歯を見せながら、リオが笑ってみせる。
どうよも何も、凄すぎるだろうが。
「俺らもまだまだ、成長してるっすよ」
ガツンと盾を叩くダグラスが、頼もしい背中を此方に見せていた。
凄いよ、本当に。
「兄さんはちゃんと休まないから、私達みたいに活躍できない。やーい、ヘタレ。体調管理も出来ない、未熟者」
ベーッと舌を出すフレンが、えらく格好良くナイフを仕舞って見せる。
あぁ、なるほど。確かに、妹の言う通りだ。
俺が眠っている間も、皆は必死で鍛えていたのだろう。
無理して歩き回って、ろくに眠らないで。そんな事を続ければ、いつか限界が来る。
自分でも分かっていた筈なのに、止められなかった。
一人で焦って、頑張ったつもりになって。
停滞している間に、皆はもっと強くなっていた。
“英雄の武器”を手に入れて調子に乗り始めていた俺に、冷や水を被せるには十分過ぎる刺激だった。
「ゴメン皆。今後は、勝手な行動は控えるよ。むしろ俺が足引っ張っちゃいそうだ」
ガリガリと頭を掻きながらそう呟いてみれば。
皆からは呆れたような笑みが帰って来た。
「分かれば、良い」
「なははっ! いつまでも一人だけ強くなった気でいるんじゃねぇよリック」
「強かろうと弱かろうと、心配するのがパーティっすからね」
そんな事を言いながら、皆が俺の元へと戻って来る。
ついでに、ダッジまでもが柄を折って後ろから俺の頭を叩いて来る始末。
魔剣って、結構感情豊かなんだな……とか思ってしまう訳だが、今は放っておこう。
「それじゃ、改めて探索を開始しようか。目的は旧市街の魔物の討伐と調査、サキュバスの探索。魔物の巣がありそうな周囲の森は父さん達が調べてくれてるから、俺達はこっちの調査が主な仕事だ。いいね?」
「「「了解!」」」
なんだか、久しぶりにパーティ行動を取っている気分だ。
いや、違うか。
俺が勝手な行動を繰り返していただけだ。
いつだって、皆は俺の近くに居てくれたのだから。
まだミーヤさんを奪ったアイツへの復讐心は絶えない。
しかし、少しだけ。
ほんの少しだけだけど、心の余裕が出来た気がする。
間違いなく、俺達は強くなっている。
小さな一歩だったとしても、間違いなく“アレ”と戦える準備は整ってきている。
だったら。
「行こうか、仕事だ」
「夜はちゃんと休む、約束」
「今度我儘言い始めたら、ミサ姉さんから貰った香を焚くからな?」
「むしろぶっ飛ばしてでも休ませますからね。英雄に叩きのめされて生活しているパーティメンバー舐めんなっす」
各々言葉を紡ぎながら、俺の後ろに着いて歩き始めてくれる。
未だ、俺をリーダーと認めてくれている。
こんな情けない俺を。
「……ごめん、皆」
小さく溢してみれば、妹から肩を殴られた。
「謝ってばかり、キライ。謝ってほしくてやってる訳じゃない」
そんな言葉を残して、小さくはにかむフレン。
本当に、強くなった。
昔は俺の後ろに着いて来るばかりだったのに。
「ありがとう、皆」
「うい」
「おうよ」
「ういっす」
なんだか久しぶりに、皆で笑いあった気がした。
昔はいつだってこんな風だった、なんて風に思い出した瞬間であった。
――――
「まだ心配? ドレイク」
「まぁ、な」
アルマと会話しながら洞窟内の魔物を殲滅していく。
迫って来るのはゴブリン達。
恐らく昔旧市街を牛耳っていた生き残りだろう。
その為か、成長した個体が多数。
さっきからホブやら何やら、体の大きな奴らが随分と多い様子だった。
「心配するなとは言わないが、心配のし過ぎも良くない。最終的には、目の届く範囲に居ないと落ち着かないなんて状況になるよ? いくら危険な仕事だったとしても、親が職場まで同伴するような関係は異常だ」
呆れた様子のファリアが、氷柱を前方に向かって乱射していく。
それだけでかなりの数のゴブリン達が悲鳴を上げ、洞窟内にこだまする。
「とはいえあの子達は何というか、運が悪いですからね。妙な所でトラブルに見舞われる。ソレを考えれば、心配になるのは分かります。しかし、私たちのパーティと行動を共にするには実力が足りない。こちらが彼等に同行したいと思っても、王命がある。もどかしい所ですね」
哀しそうに呟きながら、セシリーがゴブリンの“おかわり”を平らげていく。
デカいハンマーを振り回し、彼女が先頭を進めば一匹も後ろには流れて来ない。
「なんにせよ、あのサキュバスを俺達が先に見つけてしまえば片が付く話だ。そうすれば、無用な心配はしなくて済む。今の所心配になるのは、あの魔人くらいだからな」
セシリーと交代し、今度は俺が大剣を振り回しながら突き進んでみれば。
「随分と皆の実力を買っているんだね、ドレイク」
俺の攻撃の隙を埋めるかのように、追撃を入れるアルマ。
こちらの行動を一切邪魔する事無く、流れる様に攻撃を合わせて来る。
「リックに渡した大剣“ダッジ”、アイツは俺よりも使いこなしている。しかも剣の方もリックを気に入った様子だった。緊急時にはリックの意思とは別だったとしても、勝手に守ろうとするはずだ。アレは、そういう“魔剣”だ。だとすれば、この辺りの魔物など相手にもならん。他の者から見れば、ちょっとズルい武器なんだがな」
正直、あの武器を選んだのは意外だった。
そして“気分屋”とも言える大剣が、あそこまでリックを認めているのも。
俺が使っている時は、ほとんど大剣の形のままだった。
極稀に、伸びたり縮んだりするくらい。
だというのに、リックが使い始めてからは形すら自在に変えている。
その時々に応じた形に変形し、使用者を手助けしていた。
リックを大剣一筋に育てなくて良かった。
今ではそう思える。
あの可変式の大剣を扱うなら、様々な武器の使用経験が必要だろう。
特化しているといえるような特徴が、いくつも必要なのだから。
アイツは元々双剣使いだ、そしてトリッキーな動きも平然とやってのける。
俺とは違う、“動ける大剣使い”と言った所だ。
だとすれば今のリックとダッジの相性は、この上なく良いと言えるだろう。
まさに出会うべくして出会った“使用者”と“魔剣”。
俺が使っても大して役に立たなかったあの大剣を、何故コレクションに入れたのか正直よく覚えていない。
しかし今なら、この時の為に取って置いたのではないかと思える程。
それくらいに、“アイツ等”は相性が良かった。
「ま、リック君だけじゃなく他の子達も育ってるよ。ダグラス君なんて、今じゃ結構本気で攻めないと攻撃が通らなくなって来たからね」
どこか自慢げに、アルマがニッと口元を吊り上げて見せた。
アイツ等に対して、各個人が担当する形で教えたんだったな。
俺だけ、数日リックが眠っていた為鍛錬の時間が短かったが……なんか悔しいぞ。
「ソレを言うならリオも中々ですよ? 自らに治癒を施しながら動ける様になりましたから。これまで以上の速度、強度、力強さを兼ね備えて戦える筈です」
些か不安になる台詞と共に、再びセシリーが前に出る。
なるほど、この物理聖女二号が誕生してしまったのか。
自らの体を壊しながら戦うという、正気の沙汰じゃない戦闘方法。
だが実際、セシリーは“ソレ”でココまで強くなっているのだ。
リオ……頑張ったな。
「忘れてもらっては困るな。元々器用な戦い方をするフレンは、今までの戦闘を行いながら魔法を行使出来る程に育て上げたんだ。今のあの子は、長距離から近距離まで、そして一対多にも対応できる万能型だよ? 間違いなく一番活躍してるね」
フフンッと胸を張るファリアが、セシリーの獲物まで奪って一掃していく。
誰も彼も、自らが育てた子供に対して自信をもっている様だが。
ちょっと妙な空気になってしまった。
「言いますねぇ、ファリア」
「こらセシリー、今は仕事に集中。とはいえ、一番活躍していると断言されると、俺もちょっと物申したいなぁ」
お前等本当に仲良いな。
今でこそ、こんな感想しか漏れない訳だが。
「全く、そんな事で喧嘩するな。皆活躍して、無事に帰って来てくれればそれで良い。違うか?」
不穏な空気を遮断するかの如く、ピシャリと言い放ってみれば。
「まぁ、そうだね」
「ですね」
「今はそれどころじゃないもんね」
なんて御言葉を返しながら、皆それぞれ気まずそうに視線を逸らしていた。
全くコイツ等は、良い歳になってもまだまだ子供だという雰囲気が抜けない。
やれやれ困ったものだ、なんてため息を溢してから。
「何にせよ、パーティリーダーはリックだ。今頃ダッジと一緒に活躍している事だろう」
うんうん、と強く頷いてみれば。
「「「その喧嘩、買った」」」
パーティメンバーが、一斉に俺に向けて武器を構えるのであった。
何故だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます