第49話 英雄に挑め


 「エルメリア、そろそろアイツ等が帰って来る頃合いじゃ。飯の用意をしておこう」


 「分かった! けど、どうしよっか。今日はリック達も帰って来るかな?」


 まるで家政婦の様な存在になった私は、アレから毎日家事をして過ごしていた。

 そして、もう一人。

 リック達が拾って来た新米冒険者だった筈のエルメリア。

 彼もまた、この家で私と同じように家事をしている。

 自らが持ち込んでしまった厄介事、そう思って罪悪感があったらしい。

 本人はパーティに加わる事を希望したが、ズブの素人だった彼を加入させる事をリックは拒んだ。

 今では全員がランク3に上がった子供達のパーティ。

 普通なら、新人教育の一つでも経験した方が良い所ではあるのだが。


 「ごめん、今は新人の面倒を見る余裕がないんだ」


 今ではリーダーとなったリックは、乾いた瞳でエルメリアを拒絶した。

 金銭や実力的な余裕がない、という訳ではなく。

 心の余裕がない、ではあったが。

 それでも食い下がるエルメリアに、ドレイクが仕事を与えた。

 私と一緒に、四英雄の家三軒とも面倒を見る事。

 炊事洗濯掃除から草むしりまで。

 裏方として彼等を支える仕事を提案してみれば、エルメリアは翌日には冒険者を辞めて来た。

 それで良いのかと言いたくはなったが、彼自身以前の経験で冒険者は無理だと悟ってしまったらしい。

 そんな訳で、私たちは三軒の家を管理する立場になっていた。


 「子供達の方も、そろそろじゃろう。リックに無理をさせ過ぎるなと、良く言い聞かせてあるからのぉ。どうにか言いくるめて帰って来るはずじゃ」


 「なら、今日は久々に皆揃うんだな! いっぱい作っておかねぇと!」


 相も変わらず少女の様な顔で笑うエルメリアが、ニカッと破顔してみせる。

 リックからパーティ加入を拒否されたというのに、恨み言一つ言わずに彼等を支えるこの子もまた、皆と変らないくらいに強い子だ。

 少々口が悪いというか、荒っぽい言葉遣いをするが。


 「さて、何を作ろうかのう」


 「皆肉食だからなぁ、今からデカい肉とか買ってくる?」


 「聖女から預かったマジックバッグを確認してみるか。帰って来る度、いつの間にか肉が増えとるからな」


 なんて会話をしながら、私たちは久しぶりに大人数分の食事を拵え始めた。

 子供達には、特に栄養のあるものを食わせてやらないと。

 大人組にはツマミも必要だろう。

 色々と考えながら手を動かしていれば、気分が落ち込まなくて済む。

 それこそ、私にエルメリアを付けてくれたのはドレイクなりの心配の現れだったのかもしれない。

 一人でずっと過ごしていれば、自分を攻め続け心を病んでいたかもしれない。

 彼等を待っている間、話し相手が居るだけでも随分と救われているのだ。


 「エルメリア、そっちを頼む。焦がすでないぞ?」


 「わぁってるよ。俺だってもう慣れた、知ってんだろ?」


 「そうじゃったな」


 口元を綻ばせながら、食事の準備を続けていく。

 さて、どれくらい作ってやろうか。

 次から次へと拵えてマジックバッグに放り込んでいく訳だが、もはや何かのパーティーかと言う程の数々の料理が出来てしまった。

 後は様子を見ながら、アイツ等が帰って来るのを待つばかり。

 とかなんとか、思ってみれば。


 「ミサさん、戻った。ただいま」


 「たっだいまぁ……腹へったぁ」


 「お邪魔しまっす」


 「……ただいま、戻りました」


 丁度良いタイミングで、子供達が帰って来た。

 今回も無事帰って来てくれた、誰一人欠けることなく。

 だからこそ、笑みを浮かべながら彼等を出迎える。

 これが、今の私の仕事だから。


 「皆おかえり、怪我はせんかったか?」


 「おかえりー! 飯出来てるぜぇ~」


 そこからは一気に賑やかになった室内に、どこか安堵の息が漏れる。

 もう、誰かが減るのは御免だ。

 皆揃っていて、ワイワイガヤガヤと騒がしいくらいが丁度良い。

 いつまでも続くとは思っていないが、彼等がこの家から巣立つその時まで。

 私はいつでも、“おかえり”と言ってあげられる存在でいたいと願ってしまったのであった。


 ――――


 俺達が帰って来たすぐ後、父さん達も帰宅し皆揃って食事をとった。

 とても賑やかな環境、新しい仲間達も加わって以前より騒がしくなったくらいだ。

 だとしても、俺の隣は空席。

 ここに座るべき人が居ない。

 いつまでもメソメソするつもりは無いが、胸に開いた穴は塞がってくれなかった。

 無言のまま食事を済ませ、部屋に戻ろうとしたその時。


 「リック、少し付き合え。武装して、庭に出ろ」


 父さんから静かに声を掛けられ、無言で頷いてから大剣を背負った。

 この時間に、稽古だろうか?

 それくらいに考えていたのだが。


 「食後の運動だ、俺を殺すつもりで掛かって来い」


 庭に出た瞬間、父さんは“鉄塊”を俺に向かって構えた。

 思わず「えっ?」と声が漏れてしまった。

 俺との稽古の際、父さんは一度も鉄塊を使わなかったのだ。

 訓練用の木剣で、俺の相手をしてくれた。

 例え木剣だったとしても、俺の剣が父に通った事は無かったが。


 「どういう事?」


 「目の前で剣を構えている奴が居る。だというのに、呑気にそんな質問をぶつけるのか?」


 次の瞬間、父さんが急接近してきた。

 速い、どころじゃない。

 どうしたらこんなに速く動けるのか。既に大剣は振り上げられ、こちらに向かって振り下ろされる寸前。


 「ぐっ!? くそっ!」


 あの重量を受けとめきれる筈がない。

 背中から大剣を抜き放ち、体を捻じる様にして横に逸らす。

 たった一撃、ただ上段から振り下ろしただけ。

 だというのに掌どころか腕がビリビリと痺れ、地面に激突した鉄塊は派手な音を立てて地面を抉ってみせた。

 アレは、直接受けたら間違いなく死ぬ。

 そんな一撃を、父さんは放ってきた。

 つまりは。


 「本気で相手してくれる気になったって事で良いのかな?」


 ニッと口元を吊り上げながら、こちらも大剣を構え直した。


 「どうかな、お前次第だ」


 ボソリと呟いて、再び接近してくる巨漢。

 怖い。その感想がまず浮かんできた。

 アレだけの巨体が、とんでもない速度で迫って来るのだ。

 動物の本能とも言える恐怖が、腹の奥から湧き上がってくる。

 更に彼は英雄と呼ばれた剣士であり、俺はあの大剣の威力も知っている。

 だからこそ、余計に膝が震えた。


 「ああぁぁぁ!」


 声を上げ、震える膝を無理矢理押さえつけて前に出る。

 今では俺だって大剣使いなのだ。

 だったら、大剣を使う者が嫌がる事は知っている。

 自身の間合いの最も近く、それこそ以前の俺の様な戦闘スタイルが一番やり辛い筈だ。

 張り付かれれば大剣は威力を出し切れず、剣士の方もすぐさま対応する事が出来ない。

 大剣だからこその弱点は、速く動けない事。

 “一般的には”、だが。


 「悪くない判断だ」


 横薙ぎに振るわれた鉄塊を飛び越える様に跳躍で回避して、着地と同時に全力で突いた。

 振りかぶってからでは遅い、その暇があるなら攻撃して隙を作れ。

 相手が少しでも怯めば、今度はこちらが攻撃できる。

 なんて、思っていたのに。


 「雑に突くな、その一撃だって隙が出来るんだぞ。大剣を使うなら、一撃一撃を“殺す一撃”だと思え。連撃に繋げたいのなら、最初の一手は確実に相手の隙を作れる時だけにするんだな」


 随分と軽い言葉と共に、父さんは片手で此方の剣の腹を殴った。

 たったそれだけ。

 だというのにゴォンと重い音が俺の大剣から響き、明後日の方向へ切っ先が向かう。

 不味い、突きが外れたとなれば確実に隙が出来る。


 「どうした、終わりか?」


 バランスを崩しながらも父に視線を向けてみれば、片腕で鉄塊を振り上げている姿が見えた。

 あの馬鹿でかい大剣を片手で振るうってなんだよ。

 そんな文句も言いたくなったが。


 「おらあぁぁぁ!」


 相手から外れた切っ先を地面に向け、刺さったと同時に全力で跳んだ。

 前進する力を殺す事無く、地面に刺さった剣先を軸にする様にして。

 ついでに着地と同時に大剣を引っこ抜く際、少しでも相手を傷つけられないかと大袈裟に振り回しながら振り抜いてみた訳だが。


 「やっぱり、そう簡単には届かないか……」


 「いや、悪くは無かったな」


 そう言いながら、自身の鎧を指さす父さん。

 ソコには、ほんのちょっと。

 小指の先程の小さな傷がついていた。


 「さて、次はどうする?」


 「大剣に出来る事なんて、たかが知れてるよ」


 ニッと八重歯を見せてから、再び思い切り突っ込んだ。

 大剣使いは、どこまでも攻撃型なのだ。

 攻撃は最大の防御、なんて言ったりもするが。

 むしろ攻撃を続けないと防御もままならない武器であり、盾の無いタンクなのだと教わった。

 つまり、攻撃を止めることは死を意味する。

 いくら怪我をしようと、いくら体が鉛の様に重くなろうとも。

 生きている限り剣を振り続ける。

 そうしないと生き残れない、非常に不便な武器なんだそうだ。


 「どらぁぁぁ!」


 「踏み込みが甘い! 剣に振り回されても、ソレに対応して見せろ!」


 ガツンガツンとぶつかる二本の大剣。

 もはや剣がぶつかり合う音じゃない。

 ゴォン……と、分厚い鉄板同士がぶつかっている様な衝撃音と、腕に返って来る重い振動。

 このままじゃ腕が痺れて上がらなくなる。

 それくらいに、大剣使いに取って“振り抜けない”事は辛いのだ。


 「決める時以外は止まろうとするな! 全ての攻撃において“次の一振り”に繋げろ! 俺達の剣はいちいち構え直していては後れを取るぞ!」


 叫びながら、父さんが攻め込んでくる。

 俺の剣よりずっと重量があるなんて信じられないくらいに、軽々と鉄塊を振り回しながら。

 不味い、完全に後手に回った。


 「ホラどうした! 防いでばかりでは、そんなモノは扱いにくい盾と変らないぞ!」


 「チッ!」


 まさに仰る通り。

 防御に回ってしまえば、振るまでに時間が掛かるこの武器は反撃に転じ辛い。

 だからこそ余計に、防いでばかりになってしまうが。


 「ソコだぁ!」


 「ほぉ?」


 父さんが鉄塊を横薙ぎに振るった瞬間、大剣は防ぐ姿勢のまま体だけで攻撃を避ける様にして空中に飛び上がった。

 当然その場で踏ん張っていないので、父さんの鉄塊にこちらの大剣が弾き飛ばされる勢いでぶっ叩かれる訳だが。

 その勢いを利用して、無理矢理空中で体を回転させた。


 「ぜぃっ!」


 後退させられながらも、空中で一回転して大剣を相手に叩きつけようと試みてみたが。

 咄嗟の一撃だったにも関わらず、父さんは危なげなく俺の攻撃を避けた。

 それこそ、体を少し逸らす程度の動きで。


 「今のはさっきより良い線いったと思ったんだけど……」


 冷や汗を流しながら距離を置いて、もう一度大剣を構え直してみれば。


 「悪くない、それこそ俺には出来ない動きだ。大剣を振れる力があるのに身軽というのは、お前の利点だ」


 「ハハッ、これでもギリギリなんだけどね」


 薄ら笑いを浮かべながら、父の声に答えた瞬間。


 「だが、まだ初動が遅いな」


 気付いた時には、巨大な剣士が大剣を振り上げながら眼の前に居た。

 まずっ――


 「ガッハ!」


 「覚えておけ、俺達の様な重量武器を使う奴は奇襲に弱い」


 どうにか大剣を横にして防いだが、何だこの威力。

 肩が外れた上に、こちらの剣が曲がった。

 マジかよ、本気で見えなかった。

 本気を出せば、これくらいの動きは平然と出来るって事なのか?

 血を吐く想いで、父の事を見上げてみれば。


 「だが、強くなったな。リック」


 それだけ言って、父はマジックバッグを投げ渡して来た。

 え? これって、いつも父さんが身に付けてた……。


 「好きなモノを選べ、一本だけくれてやる。俺に届くだけの剣が触れる様になったんだ、じっくりと選んで自分に合った物を見つけろ。時には、武器に頼る事だって必要だ」


 この中に入っているのは、間違いなく父の“コレクション”。

 それこそ英雄が実際に使って来た、俺の“身の丈に合わない”としか言いようの無い物品の筈。

 だというのにそこから一本、貰えるらしい。

 いや、え? 本当に?

 なんて、真っ白な思考で父さんを見上げていれば。


 「ドレイク! 何をやっているんですか!? 加減というモノを知らないのですか貴方は!」


 駆け寄って来た聖女様に、父さんがぶん殴られた。

 鉄塊で防御した様に見えたが、盛大に吹っ飛んでいく。

 えっと……大丈夫なのか、今の一撃は。


 「リック君! 大丈夫ですか!? 今治しますからね!」


 えらく心配した様子で、ゴッ! と俺の肩の骨をはめる聖女様。

 思わず叫び声が上がる程痛かったが、それでも動く様にはなった。

 ふぅっと息を吐いてみれば、彼女の治癒魔法がこの身に降り注ぐ。

 今までの痛みは何だったのかって程にすぐさま傷は治り、疲労まで癒えていくようだ。

 やっぱり凄いな、聖女様の魔法は。

 今まで俺の傷を癒してくれた人は、もっとゆっくりと、じんわり治していくような治療法だったから。

 本当にレベルが違う、そう感じる。

 でも。


 「……っ」


 「どうしました? まだどこか痛いですか?」


 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、聖女様」


 頭を下げて、今しがた受け取ったバッグを強く握りしめた。

 俺にとっての治癒魔法は、もっと不便なモノだったのだ。

 怪我をすれば、治るのだって時間が掛かるんだと教えてくれるような。

 とても優しくて、厳しくて。

 そして温かいモノだったのだ。


 「甘えても、良いのですよ。私たちにとって、貴方達は弟みたいなモノです」


 「え?」


 急に投げかけられた聖女様の言葉に、思わず顔を上げてみれば。

 そこには、まさに地母神とも呼べる優しい微笑みを浮かべる女性が立って居た。


 「私たちも、ある意味ドレイクに育てられた様なものです。旅の間色々とお世話になって、様々な事を教えて頂きました。だから、私たちも彼の事を父の様に感じています。“彼女”の事を、思い出してしまったのでしょう? そんな顔をしていましたよ。だったら、そういう時くらい姉に甘えなさい。それが許されるのは、弟の特権なのですから」


 そう言いながら、聖女様は俺を包み込むみたいに抱きしめて来た。

 父さんを殴り飛ばす程逞しい人なのだと忘れてしまいそうな程、柔らかく温かい感触。

 それがより一層、ミーヤさんの事を連想させた。


 「いいんです、今は泣けなくとも。いつかきっと、彼女の為に泣いてあげましょう? 我慢して頑張るのも、男の子の特権です。君は強い男の子です、自慢の弟です。でも、頑張り過ぎないで下さい。少しだけ、心配になってしまいます」


 「俺は……」


 「いいんです、貴方は十分頑張っていますよ。だから、もう少し周りを安心させてください。貴方が休む事で、少しでも気を緩める事で安心する人々も居るのですよ。家族というのは、そういうモノです。頑張っている者を応援もしますが、同時に心配もするものです」


 柔らかい言葉を紡ぎながら、彼女は何かの魔法を行使した。

 次の瞬間から泥の様な眠気が襲って来て、瞼を開けているのも困難になる程。


 「よく出来ました、リック。貴方の剣は英雄ドレイク・ミラーに届いた。素晴らしいです、他の人ではこうはいかないでしょう。だから、一度おやすみなさい」


 遠退く意識の中、彼女の言葉を聞きながら。

 俺は徐々に瞼を下ろしていく。

 まだだ、もっと強くならなきゃ。

 ミーヤさんを奪ったアイツに、大剣を叩き込んでやらなきゃいけないのに。

 俺は、休んでいる暇なんか……。


 「弟を甘やかすのも姉の特権です、今はゆっくりと休みなさい。明日目覚めたら、皆で貴方の新しい武器を選びましょう。私たちには“それくらいしか”してあげられませんが、“それくらいは”してあげたいのですよ。リック、貴方は一人じゃない。それだけは忘れないで下さいませ」


 その一言と同時に、意識を手放したのが分かった。

 最近は眠っても、ずっと“あの時”の光景が繰り返されていたというのに。

 今日だけは、夢も見ない深い眠りへと落ちていくのであった。

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