3章
第48話 傷跡は癒えぬまま
「リッ君、流石にちょっと休みましょう? ぶっ続けじゃないっすか」
「先に戻って良いよ、ダグラス。俺はもう少し探索していく」
「はぁぁ……ったく、了解ですよリーダー。付き合います、ホント頑固っすね」
そう言いながら、旧市街を歩き回る俺とダグラス。
以前の戦闘で腕を斬り飛ばされた彼だったが、聖女様の治療で今では普通に動かせる程に回復していた。
まだ無茶はするなと言われている筈なんだが……なんて事を思いながらも、俺達は歩き回る。
今日も適当な依頼を受けながら、“アイツ”を探していた。
あの日、彼女を失ったその時から随分時間が経った。
だというのに、一向に見つからない。
もう、一年以上だ。
虱潰しに探しているというのに、父さん達ですら見つけられない。
各所にある旧市街を回ったり、森の中を練り歩いてみたり。
時には父さん達の勇者パーティと共に行動したが、どうしても足を引っ張ってしまう為俺達は俺達で動く事の方が多い。
もしかしたら、既にこの街からずっと遠い所に離れているのかもしれない。
何度もそう考えたが、足を止める事は出来なかった。
「リッ君、ストップ。何か居るっすね」
「ミノタウロス、まだ残党が居たんだ」
二人揃って視線を向けてみれば、路地裏で何かを貪っている魔物が目に入った。
目を凝らしてみれば、倒れているのはどうやら人間の様だ。
格好からして、多分冒険者。
周りに死体が見えない事から、ソロか逸れた所を襲われたのだろう。
可哀そうに。
なんて事を思いながら、乾いた瞳を相手に向けてから大剣を抜き放った。
「俺が先行するっすよ。アレじゃ狭くて戦いづらいでしょう?」
「いや、いいよ。すぐ片付ける」
それだけ言って、ミノタウロスまで走り寄った。
相手の背後から奇襲する形で、狭い建物の隙間で。
俺は大剣を“横に”振るった。
当然両サイドの建物に刃がぶつかり、音を立てる。
そこで初めて気づいたのだろう、驚いた様子でこちらを振り返る魔物。
「遅いんだよ、ホント」
家屋も何も関係なし、力任せの一撃。
身体強化もフルに使い、周囲の壁ごと魔物を真っ二つにぶった切る。
相手の上半身は振り抜いた先の建物に突っ込んでいき、座ったままだった下半身がその場に倒れた。
そしてその先には。
「ごめんね、間に合わなくて」
一言呟いて、腹の中が空っぽになっている死体から冒険者のプレートをむしり取る。
縦に振り下ろしていれば、この人も潰してしまう所だった。
女の人だった様だ、だからどうという訳ではないが。
冒険者に限らず、戦う人間というのはあっさりと死に至る。
男も女も関係なく、ふとした瞬間に命を落とす。
それはもう、痛い程実感した出来事。
「ちゃんと報告はするから、迎えが来るまで屍人にはならないでね」
それだけ言って、彼女のプレートに視線を落とす。
これをギルドに届ければ、この人は正式に死亡扱いとなる。
彼女のパーティメンバーが居れば、遺体の回収に来るだろう。
親族や友人が依頼を出せば、他の冒険者が迎えに来るかもしれない。
もちろん俺達が連れ帰れば、何かしらのお礼は貰えるかもしれないが。
「連れ帰ってあげないんすか?」
「彼女の遺体を担いだまま、探索しろって? 流石に無理だろ」
ダグラスから、そんな言葉を頂いてしまった。
確かに冒険者の遺体を発見した場合、緊急性のある依頼じゃない限り“連れ帰る”事が推奨される。
しかしそれは人一人分の重さのある荷物を背負う事を意味する。
そんな状態では当然仕事は進まないし、連れ帰るにしても危険も伴う。
だからこそ、推奨されるだけであって絶対ではない訳なのだが。
「昔のリッ君なら、多分連れ帰ったと思いますよ」
「その結果俺達が犠牲になったら、意味がない」
「……そっすか」
こちらの言葉に納得したのかと思ったが、彼はマントで目の前の遺体を包み始める。
「結局、連れて帰るんだ」
「うっす。リッ君がやらないなら、俺がやります。そんで、遺体の回収しちゃったんで一回街に戻りましょう。少なくとも、キャンプには戻りましょう。斥候二人が居ない状態でこれ以上進むのは、流石に危ないっす」
「それが目的か……」
「半分は、ですけどね」
やけに含んだ言い方をする彼に背を向け、大剣を背中に戻した。
こうなってしまっては致し方ない。
例え彼だけで帰れと言ったところで、聞かないだろう。
最悪先ほどの女性の遺体を担ぎながらでも、ついて来ようとするはずだ。
あの日から、ウチのパーティメンバーは俺に一切単独行動を許してくれなくなった。
常に誰かしらが付いて回り、探索に時間が掛かれば今みたいに「そろそろ帰ろう」と言ってくる。
俺としてはもっと時間を掛けて探し回りたい所なのだが……一人で探索に出ようとすれば、絶対に無理をしてでも付いて来る仲間達。
結局は毎回ため息をついてから、キャンプへと戻る結果になるのだ。
「リッ君はもう少し休むべきっす。野営の時とか、ほとんど眠らないじゃないっすか」
「仕方ないだろ……眠れないんだよ」
それだけ言って、俺達は歩き出した。
どこかの冒険者の遺体を回収してしまった以上、今日はもう帰る事になるのだろう。
結局今日も、成果なし。
あのサキュバスが潜んでいそうな痕跡さえも見つけられず、本日も終わりを告げる。
あぁ、ほんと。
いつになったら、ミーヤさんを取り返せるのだろうか?
――――
「ごめん、リオ。今起きた」
「おはよ、飯も出来てんぞ」
眠い目を擦りながらテントから這い出してみれば、笑顔のリオがこちらに向かってスープを差し出して来た。
もうご飯を作る様な時間になってしまったのだろうか?
流石に眠り過ぎた。
「ごめん、こんなに眠るつもりなかったんだけど……」
そんな事を言いながら器を受け取り、一口啜ってみる。
あぁ、美味しい。
何だかんだミサさんに一番懐いていた彼は、彼女から料理も教わる様になった。
野菜の旨味を十分に生かし、鼻に抜ける香りはとても柔らかい。
前まで料理なんて全然興味なかった筈なのに、一生懸命練習している所を度々目撃した。
それも、ミーヤさんの死に打ちひしがれていたミサさんを慰める為なのかもしれないが。
「別に良いって、昨日はリックに付き合って夜通し探索したんだろ? 仕方ねぇよ」
「ん、ありがと。でも、そろそろ兄さんも休ませないと……」
「ウチのリーダーは家に帰った時しかまともに眠らねえからなぁ。昨日も二時間くらい眠っただけか? 本当に眠ったのかも分かんねぇけど」
そうなのだ。
あの日から、兄さんは常に体を動かし続けた。
特に、仕事に出ている間は。
あんなんじゃいつか倒れる、パーティとしても問題がある。
そう言って説得しようとしたのだが。
「皆は休んでて、一人で行ってくるよ。俺が戻らなかった時は、死んだと思って行動して」
なんて台詞を残して、一人で探索に出ようとする始末。
思わずふざけるなと叫んでやろうかと思った。
勝手な事をするな、今はパーティ行動中なんだと。
でも、兄さんの瞳を見た瞬間言葉が引っ込んでしまった。
どこまでも乾いていたんだ、どこまでも冷めていたんだ。
確かに以前より強くなった、お父さん程とまでは言わなくとも大剣を振り回せる様になった。
でも、自分自身を大事にしていないのが伝わって来る瞳をしていた。
もしも私が「パーティの事を考えろ」なんて言ってしまえば、多分兄さんはパーティを抜けてしまう。
たった一人で、ろくに休まず何日も“アイツ”を探し続けるだろう。
そんな事になったら、間違いなく帰って来なくなる。
だからこそ、それが分かったからこそ。
私たちは未だにパーティ行動を続けている。
それも、随分歪な形になってしまったが。
「リオ……辛かったら、他のパーティに移っても良いんだよ? 今の私たちはパーティって言うより……」
「リックのストッパーって所だな。確かに変な感じだよな、最近殆どアイツに対して誰か一人が付いていくだけ。それでもちゃんと魔獣やら魔物は倒せてるんだから、本当に強くなったよリックは。俺のサポートなんかいらないくらいに」
そう言いながら彼は焚火に串焼きを近づけ、調味料を振りながら少しだけ表面を炙っていく。
その光景をぼうっと眺めながら、スープを啜っていれば。
「そうだったとしてもさ、妙なパーティになっちまってたとしても。俺は今更抜けたりしねぇよ。リックは勿論、お前等だって心配だし。俺だってミーヤさんの仇は取りたい。あの時何にも出来なかったのは、アイツだけじゃねぇんだ。それこそお前等を忘れて他のパーティに行くなんて、冗談ポイだぜ」
なんて言葉を放って、彼は笑って見せた。
心配しているのは、私だけじゃない。
今の状態の兄さんを止められなかったとしても、着いて行ってくれるのは一人じゃない。
それだけで、随分と心強いと感じたんだ。
いつかはこんな事止めさせなきゃいけないけど、多分兄さんの心の整理がつくまでは続くのだろう。
いつになるのかは、分からないが。
だが愛する人を目の前で失ったのだ。
多分その傷は、私たちよりもずっと大きくて深い。
だからこそ、止めろとは言えなかったのだ。
言った瞬間に、兄さんが離れて行ってしまう気がして。
「ごめんね、リオ。ありがとう……あと、冗談ポイって何? 初めて聞いた。それから、串焼き焦げてるよ」
「うぉぉっ!? やべっ! 炙り過ぎた! ていうか、え? 冗談ポイって言わない? そんな冗談ポイッと捨てちまえみたいに、言わない?」
「言わない」
「もしかしてウチの孤児院、田舎者が集まってた? ライア達だって普通に使ってたんだけどな……」
「あの真面目顔でソレを言ってたら、ある意味面白かったかも」
そんな会話を繰り広げながら、彼の作ってくれた串焼きを二人して齧った。
ちょっとだけ焦げ臭かったが、それでも香ばしい肉の香りとカリッとした食感。
今までは携帯食料ばかり齧っていたので、これだって十分に豪華だ。
外に居たって美味しい物が食べられるっていうのは、結構心の余裕になるものだ。
なんて風に、感じてしまうのだった。
――――
「最近各種魔物の数が異常に増えています。もしかしたら、報告にあったサキュバスが関係しているのかも……」
リタさんの言葉を元に、俺達は一番増えているであろう周辺のオークを調べた。
巣に帰ろうとする奴を付けてみたりもしたが、中々原因を掴めない。
しかし、今のこの現状は異常だ。
それだけは確かに分かった。
「ドレイク、どう思う?」
巣の中に居た攫われた女性たちに、身を隠す布を掛けていくファリアの声。
その声を聴きながらも、振り返らずに腕を組んだ。
「ゴブリンやオークだったとしても、短期間でココまで数を増やすのは異常だ。こう言っては何だが……女を攫って子供を産ませても、短期間で大群にはなるまい。人間の体じゃ、ココまで多く早く子を産めない。それなら、もっと被害者が居る筈だ」
「ドレイク、もう少し言葉選びを……」
チラチラと背後に視線を送りながらも、アルマがそんな声を洩らした。
言いたい事は分かる。
実際に被害に遭った婦女子たちは背後に居て、誰もがこちらに視線を向けてきている頃だろう。
しかし、だからこそ言葉にするのだ。
あやふやな慰めではなく、確かな安心を与える為に。
現実を見据えるための言葉を、俺達は彼女達に語らなければいけないのだ。
「この中にも未だ魔物の子を身籠っている者もいるだろう。セシリー、中絶の魔法を準備してくれ、街に帰ってから生まれてしまっては困る。もしかしたらと思う者は彼女の元で術を受けろ。彼女は高位の回復術師でもある、心配するな」
そう呟いてみれば、恐らくその場に居た全員がセシリーの元に集まったのだろう。
洞窟内から慌ただしい足音がした後は、すぐさま静かになってしまった。
「俺達はこのまま外の警戒かな?」
「あぁ、間違っても今振り向くなよ? 裸を見られるより辛いはずだ、愛する子では無かったとしても。自らに宿る命を捨てている最中だ」
言いながら洞窟の入り口で外を睨んでいれば、背後からは息を呑むような悲鳴が聞こえて来る。
恐らく、生まれた魔物の子を見て悲鳴を上げているのだろう。
例え自らに宿った命だとしても、それは望まれない存在。
しかも母親すらも望まない異形の子となれば、恐怖も叫びも洩らしたくなるだろう。
自分の体内から、化け物が生れて来たのだから。
「セシリー、無理はするな。キツくなったら、街に戻ってから他の者に任せる」
背中を向けたまま、そんな言葉を紡いでみれば。
「いえ、もう“慣れました”。この小さな命に罪は無いとしても、私たちは生き残らなければならない。そして、生き残る為には……」
彼女の声と共に、魔物の鳴き声が聞こえる。
キーキーと、動物の様な産声を上げるオーク達。
「例え愛情は無くとも、化け物の子供だったとしても。目の前で殺してやる事は無いさ」
そう言って、今しがた生まれたばかりのオークをバケツに入れた状態で、ファリアが俺達の横を通り抜けた。
「変わる」
「大丈夫だよ、ドレイク」
「変わる」
ファリアからバケツを奪い取り、洞窟の入り口から離れていく。
こんな場所ではどこに行ったって、断末魔は聞えてしまうだろう。
それでも、己の身から産み落とされた子供の死を目の前で見る事は無い。
何度も言うが、望まれない子供であり魔物の子だ。
だからこそ、この姿を見ただけで母親さえも震えあがるかもしれないが。
「すまん」
小さく呟いてから、彼等を握りつぶす。
キーキーと声を上げるオークの子を、一匹ずつ潰していく。
たとえどんな種族であろうと、良い気分では無い。
コレを残しておけば、すぐさま人を襲う魔物になるだろう。
分かっている、分かっているのだが。
「戦えもしない相手を一方的に蹂躙するってのは……やっぱり気分が悪いな……」
そんな事を呟きながらも、小さな命を摘み取っていくのであった。
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