第41話 害虫


 「バー……ルド」


 ポツリと呟くソイツの顔面に、剣を突き立てた。

 ろくに反応もせず、スッと動かなくなる。

 あぁ、脆い。

 こんなのが、こんな雑魚が俺のパーティメンバーだったのか。

 考えるだけでも笑えて来る。

 どいつもこいつも、ろくに役立たない程の弱者。

 やっぱり、ランク3以下なんぞゴミばかりだ。

 実力なら俺はランク4以上だった訳だし、今の俺ならそれ以上の存在になっている事は間違いない。

 あぁ、本当に気分が良い。

 魔物を叩き斬る度、人間を殺す度。

 俺の中に“何か”が溜まっていくのを感じる。

 その分強くなっていると感じられる。

 本当に良い物を貰っちまったな、こりゃぁ。


 「コイツがありゃ、どこまでも強くなれる。俺が最強になれる、もう誰にも舐めた口はきかせねぇ」


 口元を吊り上げながら、左手に嵌めた指輪を眺めた。

 真っ黒い見た目のソレは、指に嵌めた瞬間から俺に力をくれた。

 間違いなく、魔道具。

 しかもかなりの高級品だ。

 少し前に俺達のテントに訪れた女から貰った代物。

 やけに色っぽく誘ってくるもんだから、メンバー全員で御相手している内に全員がコレを嵌められた。

 最初は訳が分からなかったが、こりゃぁ良い。

 雑魚共はおかしな形に変異したり、自我の無い屍人みたいになっちまったが。

 俺は、何ともない。

 俺は強い、コイツ等に比べてずっと。

 だからきっと、仲間達の様にならなかったのだろう。

 コレを装備してから、腹の奥から力が漲ってくる様だ。

 しかも殺せば殺す程力が増していく。

 このまま行けば、俺はどこまで強くなっちまうのか。

 考えるだけでも恐ろしい、思わず口元が吊り上がって戻らなくなりそうだ。


 「カッ、カカ! すげぇ、すげぇよコレは! コレがあれば俺は最強になれる。英雄だ何だと謳われている連中よりも強くなれる!」


 そう宣言できる程桁違いの魔力が溢れ、力が漲る。

 もはや怖いものなど無いという程に。

 これだけの力を手に入れたのだ、とりあえず手近なムカつく奴等を殺して回るか?

 なんて、思っていた所で。


 「もう一人居たんでしょ? まだあんまり騒ぎになっちゃうと不味いのよ、早く片付けてくれない?」


 後ろに立って居た女が、つまらなそうに声を上げた。

 俺に、俺達にこの指輪をくれた人物。

 一度は体を重ねた仲だってのに、アレっきりこんな態度だ。

 少々癪に障るが、まぁ良い。


 「あぁ、すぐに見つけてぶっ殺して……」


 なんて事を言っている間に、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 人族ならあり得ない程に発達した俺の耳。

 まだ随分遠いのに、彼等の声が良く耳に響いた。


 「あぁ、また雑魚共が来やがった。ハハハッ! 俺の栄養に変えてやるか……いや、ミーヤとあのガキの妹。あの二人は生意気なアイツの目の前で犯してやるか……カカッ! 楽しくなって来たなぁオイ!」


 「はぁ……コレも駄目かしらね」


 高らかに笑い声を上げながら、仲間の死骸をその辺に投げ捨て、走り出した。

 楽しい、楽しい、楽しいのだ。

 蹂躙するのは、クソみたいなゴミムシを踏みつぶすのは。

 その力が今、俺には有る。

 ほんと、楽しくて仕方がない。


 「待ってろよぉ、すぐ会いに行ってやるからよぉ!」


 今までならあり得ない身体能力で、俺は旧市街を走り抜けるのであった。


 ――――


 「遠回りになるかもしれませんが、まずはグルッと回ってドレイクさん達に合流しましょう。バールドさんも帰還してないって事は、まだ近くに居るかもしれませんし」


 ミーヤさんが呟いてみれば、皆静かに頷いて周囲を警戒し始める。

 普段以上に周囲に注意を払いながら、魔物どころか人間さえも避けて通る。

 簡単に言ってはいるが、コレは結構大変だ。

 リオとフレンは今まで以上に神経をすり減らしながら恐る恐る進む様な状態だし、俺達だってすぐ戦闘が始められる様に進んで行く。


 「焦らず行きましょう。不安要素は多いですが、どこまでが言葉通りなのか分かりません。ちょっと言い方は悪くなってしまいますが」


 「でも、本当にその通り。人間パニックになれば、色々な物が怖く見える」


 「ま、全部本当だったとしても合流できればこっちの勝ちだな。あの人達が居れば怖いモンとかねぇし」


 「リッ君とフレンちゃんのお父さんって、そんな強い人なんすか……?」


 各々呟きながら、ゆったりしたペースで旧市街を歩いていく。

 いつもよりずっと進行が遅くなっているのだが、それでも着実に進んで行く。

 とはいえ、これは中心地に行くまで何日か掛かるかな?

 なんて思った所で。


 「ミーヤさん? なんですか?」


 「いえ、何となくです。今日も夢を見ましたので」


 そう言いながら、後ろを歩いていた彼女からネックレスを掛けられてしまった。

 以前も一度預かった、銀色の指輪がついたソレ。

 チャリっと音を立てながら、彼女の父親の形見が再び首に掛けられた。

 この指輪のお陰で、以前死にそうになった寸前彼女の言葉を思い出せた。

 俺にとっても、随分とありがたい物というか……感傷深い代物になってしまっている訳だが。


 「良いんですか?」


 「えぇ、また預かって下さい」


 そんな事を言いながら、彼女は微笑んで見せた。

 結局忙しくなっちゃって、アレから進展はない。

 いや、一緒に眠ったりと色々あった訳だが。

 その……なんと言いますか。

 ちょっとだけ唇が触れただけで終わったアレから何も無い。

 色々とモヤモヤする感じは残っているが、それでも彼女との距離はまた一層近づいた気がする。


 「またイチャイチャしてる……」


 「なんつぅか、傍から見るとモヤモヤする距離感っていうか」


 「あ、それは分かるっす。もういっその事腕組んで歩いてくれた方がすっきりするって言うか」


 各々から好き勝手な感想を頂き、思わず顔を赤くしながら彼等の方へと向き直って。


 「そういうのじゃないですから!」


 「別に良いじゃないですか!」


 あれ?

 なんか、若干言葉が食い違った気がする。


 「へ、へぇ……そういうのじゃ、無いんですね」


 不味い、思いっきり何かを間違ったらしい。

 ミーヤさんはしょんぼりしながら視線を逸らしちゃうし、皆からは物凄い眼光が向けられている。


 「兄さん、馬鹿兄! 早く訂正!」


 「えっと、リック? 俺等警戒してっからさ、その辺の建物に二人で入って来ても良いぜ? こういうの長引かせると大変だって、他の冒険者から聞いた事あるし」


 「任せて下さいっす、一匹も通しません。1~2時間くらいなら、その。何も聞えなかった事にして守り切りますから!」


 皆の優しさが辛い、というか痛い。

 後半二人に関しては、完全に“ある事”を指し示しているし。

 止めろ、今すぐ止めろ。

 それ以前の事すら何も済んでないのに、一気に飛び越えさせようとするんじゃない。


 「いえ、ですから今はそんな事をしている暇は……」


 「そんな事」


 「言葉の綾ですからね!? 別に軽く考えている訳じゃありませんからね!?」


 ミーヤさんからジト目を向けられてしまい、言い訳してみた結果。

 妹から飛び蹴りを貰ってしまった。

 思い切り吹っ飛ぶくらいの威力で。

 ひどい、こんなのって無いや。

 俺だって恋人っぽい事はしたい、でも毎日忙しいのだ。

 ゆっくりする時間が無いのだ。

 もはやミーヤさんの睡眠時間を削るのも覚悟の上で、野営中だったとしても時間を貰って話をするべきか?

 いや、そんな事をしたら翌日の行動に支障が……なんて事を考えながら横たわっていると。


 「ホラ、いつまでも寝ころがってないで立ってください。敵地なんですよ?」


 「すみません……」


 呆れ顔のミーヤさんに助け起こされてしまった。

 哀しい。

 なんて事をやっていれば。


 「全員警戒! なんか来るぜ!」


 リオの一言と共に飛び起き、ミーヤさんを背後に隠しながら双剣を抜き放った。

 他のメンバーも武器を構え、周囲を警戒するものの。


 「何も……いない?」


 警戒したままのミーヤさんが言う様に、敵の姿は見えない。

 周囲には静かな空気だけが漂い、音を立てる者は居ない。

 しかし、リオには何かが聞こえている。

 だとすれば、何が?


 「来るぞ……っ! 滅茶苦茶速ぇ! 全力警戒――」


 「リオ!」


 叫んだ彼の肩に、長剣が突き刺さった。

 速い、どころじゃない。

 彼が警告を叫んだ次の瞬間に襲われた事など、今までに無かった。

 一度だけゴブリン上位種の時に後れを取ったが、それくらいに強敵という事なのか?

 などと思っている内に相手はリオの肩から長剣を引き抜き、俺達の正面に着地して見せた。

 その姿は。


 「バールド……? いや、でも、え? 何すかその姿」


 思わずダグラスさんが声を上げてしまうのも分かる程、彼は異常な形をしていた。

 だって、腕が三本あるのだ。


 「カ、カカッ! よう雑魚共、今からぶっ殺してやるから安心して首を差し出しな」


 ケタケタと笑う彼は、既に常軌を逸していた。

 まるで浸食されているかのように片腕から黒い痣が体に向かい、その肩口からは新しい腕が一本生えている。

 片目は血の様に赤く染まり、口元からは笑いながらダラダラと涎を垂れ流していた。

 異常、という他あるまい。

 “これ”は……なんだ?


 「まずはぁ、てめぇだよ! クソガキ!」


 まるで獣の様に、四つ足でこちらに向かって来るバールド。

 速い、しかも態勢が低い。

 だというのに、新しく生えた腕が長剣を握って振り回している。


 「ずぁっ! くっそ!」


 とてもじゃないが行動が読めない。

 攻撃を防ごうとしたが、突進を腹に喰らってしまった。

 その影響で、彼の長剣がこちらの肩を軽く抉る。


 「リック!」


 「兄さん!」


 「すんません! すぐ仕事します!」


 すぐさま斥候二人が切り込み、少し遅れてダグラスさんがバールドを盾で弾き飛ばし、俺の正面で構えるが。


 「カ、カカッカカ!」


 一度距離を置いた相手は、狂ったように笑い始めた。

 顎をカチカチと音がする程震わせながら、こちらを見つめている。


 「気色悪い事この上ないですね! リオさんとリックさんは早く応急処置を!」


 ミーヤさんも魔法を連射しながら俺の隣に付くが、それすら全て回避して見せる相手。

 その行動さえも、虫の様で気持ち悪いが。


 「なんなんだ一体!?」


 肩の傷に布を巻き着け、きつく縛る。

 それから双剣を構えてみるが……どう見ても人間を相手している気分にはなれなかった。

 俺と同じ様に肩に傷を貰ったリオも自分で応急処置をしながら、強い視線で目の前の敵を睨む。


 「カハハハッ! その程度かよお前等! マジで雑魚の集まりだなオイ!」


 ガチガチと顎を鳴らす彼は、気味の悪い笑みを浮かべながら壁に張り付いていた。

 四本の手足に、更にもう一本。

 そして彼の左手には、真っ黒い指輪が嵌っているのが見えた。


 「な、何なんっスかアレは! どうしちゃったんすかバールド!」


 「クズが軽々しく俺の名前を呼ぶんじゃねぇよダグラスゥ! バールド“様”だろうがぁ!」


 もはや話にならない。

 というか、あんな状態になっているにも関わらず話が出来るのか。

 異常も異常。

 どうすれば、人間があんな風になってしまうのだろう。


 「合流前ですが……戦う他ない様ですね」


 「逃げる為に裏路地に入りこんだら、もっと悪い状況になりそうですからね」


 なんて事を呟きながら、俺とミーヤさんが剣と掌を構えてみれば。


 「気持ち悪い、変なの見つけちゃった」


 「とはいえ気を付けろよ、マジで速い上に音が小さい。まるでどっかの害虫みたいだ」


 フレンとリオも、武器を構えて静かに腰を落とす。

 ダグラスさんだけは唖然としていたが、一度深呼吸をした後に静かに盾を構えた。


 「ココまで来ると惨めっすね。何があったか知らないっすけど……もう救えそうにないっす」


 大きなため息を溢しながら盾を構えるダグラスさんの後ろに着いてみれば、相手はゲタゲタと笑い始めた。

 何がおかしい? 他人を笑う前に、鏡を見てみたらどうだ?

 随分と奇怪な姿になっているというのに。

 なんて思いながら、改めて双剣を構えてみれば。


 「向こうも逃がしてくれるつもりはないみたいですからね、致し方ありません」


 ミーヤさんはバッグから腕輪やら何やらを取り出し、ジャラジャラと装備してみせる。

 一時的に魔力を増加させる魔道具。

 消耗品だからと言って、普段は使わない様にしていた筈だが……今日は出し惜しみ無しという事らしい。


 「アイツ嫌い。でも……助けてやる義理も無いけど、腕と指輪を斬り取ってどうにかなるなら、助けてあげる」


 「お優しいねぇ、フレン。ハハッ、マジで笑えねぇ。アイツを助ける云々の前に、俺等がどう生き残るかだぜ」


 そう言いながら、斥候組が低い姿勢で飛び出した。

 それに続く様にして、俺達も一斉に走り出す。


 「バールド……堕ちたっすね。元パーティメンバーとして、尻拭いはしてやるっすよ!」


 ガツンガツンと盾と剣を打ち鳴らし、ダグラスさん真正面から突っ込んで行く。

 大丈夫、落ち着け。

 俺達は戦える、さっきだってギリギリ回避出来たんだ。

 だったら、戦える。


 「全員いつもより警戒してください! 無理に攻め込もうとしないで!」


 「「「了解!」」」


 目の前の怪物へ、全員が敵意を向ける。

 今まで以上に訳の分からない相手だったとしても、強敵だったとしても。

 俺達なら戦えると信じて。

 むしろ戦えない場合は全滅なのだ、戦うしかない。

 だから。


 「ぜあぁぁ!」


 随分と気味の悪い“元人間”に挑むのであった。

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